第151話
俺の目の前には、あのちっこいのが入れるような巨大な鍋が鎮座している。
その中は、大量の野菜に牛の骨、屑肉、俺が作ってるハーブの茎とかの余った部分を縛った物とかが大量に煮込まれている状態だ。
更にその隣では、何日も前から仕込んでいたとある物も、ちっこいのが入れるくらいの箱の中で吊るされている。
炭の量を調整して、鍋の火力を安定させつつ、箱に付けられた窓を調整して、内部の温度を調整していく。
うむ、どっちからも凄まじい香りがして、このまま喰っちまいてぇ。
だが、ここは必死に我慢だ。
ここで失敗したら、準備から何日も掛けたこの料理が駄目になる。
鍋は沸騰する寸前で、ボコリと気泡が偶に出る程度、箱の方は若干、熱いと感じる程度の温度を保持。
アイツ等との訓練が無くなったんで、こうして時間が掛る新しい料理が出来る。
今回は、マチの方でちっこいのが見付けて来た料理のレシピ本から、気になった料理を作っている。
普段は、アイツ等の訓練があるんで、こういった時間の掛かる料理は作れないんだが、それが無くなった事で挑戦する事が出来る。
実は、挑戦は今回で3回目。
一回目はこの程度なら大丈夫だろうと油断して、盛大に沸騰させてしまった事でとんでもなく濁ってしまい、二回目は沸騰させない様に注意して成功したかに思えたが、材料をケチったらあまり美味くは無かった。
そして、今回、材料は一切ケチらず、用意出来る最大量を使ってやっている。
ちっこいのから大量の紙も貰って、気が付いた事や注意点を書き留めつつ、次に使う物を準備して、使い終わったまな板やらザルやらを片付ける。
箱の前では、クモ吉が箱を見上げている。
コイツ、この箱を隠れ家か住処だとでも思ったのか、中に入り込んでちょっと騒ぎになり掛けた。
まぁ始める前に気が付いて大丈夫だったが……
「グァ(危ねぇぞ)」
次にやるのは、事前に窯の中でハッコウさせて仕込んでおいたパン種を取り出して、膨らんだパン種を千切って形を整形したり、ヒゲモジャに注文した型に丸めて入れたりして、薪を追加して温度を上げた窯の中に並べて焼き上げる。
今回は、
焼き上がったら粗熱を取って、ちっと焦げすぎた奴はそのまま俺等の腹に収まり、残りはそのまま収納袋に入れておく。
この収納袋もちっこいのが作った特別な奴で、入れた中身が分かる様にパンの絵が描いてある。
数週間分のパンが焼き上がった後は、パンでの料理実験だ。
クモ吉がちっとコゲたパンを齧っているのを見つつ、別の収納袋から使う物をどんどん出す。
その間にも、鍋と箱に注意を払って、炭を追加したり窓の調整も行う。
まずは、パン種に数種の野菜を混ぜ込み、順次焼き上げて、それを食べて味を確認する。
美味ければレシピに書き上げて、ちっこいの達の食事に出るが、微妙だったりする奴は更に改良するか、そのままボツになる。
まぁ流石に普通のサイズで作ったら俺でも喰えなくなるんで、俺からすりゃ一口以下のサイズで作ってるんだが、その中でもいくつか美味い奴が出来たからレシピとして書き留める。
意外だったのは、『トモロシ』と言う名前の粒々した野菜だ。
混ぜ方も、バラ付かせるより、中央部に並べて焼き上げた方が味も良い。
ふむ、これなら焼き上げた後に乗せても……いや、それだと零れるか……
なんかで纏められりゃ出来るか?
そんな事を考えつつ、色々と試していく。
いくつか新しく採用したパンのレシピを書き上げ、遂に最終工程に移る。
鍋を竈から外し、俺サイズに作って貰ったお玉を使って、ゆっくりと漉し布で漉していく。
チョロチョロと音を立てて、漉されたスープが鍋の中に落ち、香りが辺り一面に広がる
量が量だから時間は掛かるが、ここで妥協したらまた失敗してしまう。
ゆっくりと、確実に、間違いなく、慎重に……
そうして、最後の一滴まで漉し終えると、鍋の中に残るのは、うま味が出切った野菜や骨や屑肉。
対して、漉されたスープはまるで黄金色。
コレを一旦冷まし、浮いて固まった脂を取り除いて、塩やスパイスを少々加えて完成。
小さい皿に漉したスープを静かに注ぎ、香りを嗅いだ後、飲む。
うむ、とんでもなく美味い。
箱の方は……うむ、後は一晩くらい置いておけば馴染むんだったな。
取り敢えず、晩飯はこのスープと出来合いのパンに、適当なおかず作っとけば良いか。
ウサギに調合したスパイスを掛けて、皮をパリッと焼き上げた後、ひっくり返して酒を少々掛けて蒸し焼きにする。
他にも、畑から数種の野菜を採って冷水で洗い、サラダを作ってドレッシングはスパイスとちっこいのから貰った出汁と醤油やみりんを混ぜて一煮立ちさて冷やした奴を用意しておいた。
まぁこれで良いだろ。
時間の掛かる料理を作っておるとは聞いておったが、まさか、異世界で『コンソメスープ』が飲めるとは思わなかったのじゃ。
コンソメスープは、フランス語で『完成されたスープ』と言う意味なのじゃが、兎に角作るのが面倒なスープじゃ。
大量の野菜や牛骨、スパイス等を一緒に長時間煮立てて、そのエキスを抽出するのじゃが、この時に手順や温度をミスすると、一気に濁ってしまって、コンソメスープとは呼べぬスープになってしまうのじゃ。
この異世界にも『ブイヨン』はあるのじゃが、コレに更に香味野菜やら脂肪分の少ない肉を追加して更に煮込み、味付けした物がこの『コンソメスープ』なのじゃ。
しかし、確か『コンソメスープ』は卵を使ってスープの中にある小さいアクやらカスを吸着させた筈なんじゃが、まぁ異世界じゃし細かい所は気にしたら負けかのう。
「で、あの瓶は?」
兄上の言う通り、ワシ等が食べておる机とば別の離れた机に、琥珀色の『コンソメスープ』が入って蓋がされておるそれなりのサイズの瓶が二つ置かれておる。
あの瓶、確か少し前にベヤヤに頼まれて『時間停止』の魔法陣を刻んだ物じゃった筈。
しかも、何やら折り畳まれた紙が縛り付けてあるのじゃが……
「ガァグ(弟子に送る用)」
成程、ヴァーツ殿の所の料理長と、王城の料理長に送るんじゃな?
挟んでおる紙は、手紙かの?
なぬ、途中まで手順を書いたレシピとな?
最後まで書かんのか?
「グァゥ、ガゥァ(アレは俺のレシピ、参考にしかならねぇよ)」
この料理熊、結構考えておるのう。
レシピを確認したら、所謂『ブイヨン』までは書かれておるが、『コンソメスープ』の作り方は書いておらん。
つまり、『コンソメスープ』は料理長達の手探りで作れって事じゃな?
ワシの言葉にベヤヤが頷いて、自分の皿に乗っていたパイクラビットの肉を口に放り込んでおる。
この後、町の冒険者ギルドで瓶を入れた収納袋を、王城と領主邸の料理長宛に配達依頼を出したのじゃ。
確実に届かぬと困るのじゃが、そこ等辺は依頼を受けてくれる冒険者の技量次第になるのじゃ。
『真面な冒険者が受けてくれると良いのう』なんて思ってたんじゃが、対応してくれたのは、まさかの副ギルドマスターじゃった。
なんでも、黄金龍殿との戦闘結果を受けて、ワシは登録しておらんが、王都のクラップ殿が『必ず最上級で対応するように』と指示を出しておったらしい。
ここの冒険者ギルドには、まだ『スレイプニル』はおらぬが、それでも、高ランク冒険者チームと早馬を出して対応してくれるそうじゃ。
その冒険者達はランクとしてはB目前のCクラスで、依頼達成率も高く、依頼人からの評価も高いというのじゃ。
それなら問題はないのう。
そうして、ベヤヤの作った『コンソメスープ』が、弟子達の元へと届けられる事になったのじゃ。
あ、それ以外にも、ベヤヤが箱で作っておったのは、ベーコンやらソーセージやらの『燻製品』じゃったが、此方も非常に美味じゃったよ。
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