第152話
クリファレスのクーデターが成功した、と報告を受け、机に広げていた地図上の駒を一つ取り除いて、黒い駒に置き換える。
これでクリファレスを長く守っていた賢王はいなくなり、愚王になった筈。
そう思ったのだが、部下の報告を聞いて唖然としてしまった。
あの脳筋で馬鹿の『勇者』が代理王として、クリファレスを預かるなんて、なんの冗談かと思ったが、考えによってはアリだ。
何せ、あの『勇者』は、この異世界での法則に気が付いてない。
この異世界には、向こうと違って魔法があり、それを支える燃料であるマナがある。
そして、そのマナは訓練する事で、人体を構成する体組織を強くしてくれるのだ。
まぁ人族よりも、獣人の方がその上昇量が高いんだが、それに気が付いてるのは、この異世界でも『大賢者』である俺だけだろう。
何せ、実験データは全部破棄して、それに関わった奴等も全員、不幸な事になっちまったからな。
詳しいデータは俺の頭の中だけ。
陛下にも報告していないから、気が付いてもいないだろう。
つまり、最初は強いが訓練もしていない『勇者』なんて、今じゃただの雑魚だ。
ぶっちゃけ、俺が強化を施した獣人兵なら、『勇者』相手でも十分勝機がある。
その後、全員反動で死ぬだろうが、『勇者』を仕留められるなら戦果として十分だろう。
それに、アイツ等は全員元奴隷だから、死んだとしても心は痛まないし。
「それで、準備は?」
「クリファレスの方は組み立ては終わり待機状態ですが、もう一ヵ所が遅れています」
「遅れの原因は?」
「病気です。 何でも領全体で皮膚病が蔓延し、治療薬の輸送に商会も協力させられているそうで……」
流石に人道的支援である以上、商会に協力を拒否する事は出来ないか。
つまり、それでパーツの輸送に遅れが生じている訳か。
どのくらい遅れてんの?
「大凡ですが、二週間程です。 ただ組み立て作業を急がせれば……」
「それやって、気が付かれたら元も子もないでしょーが」
獣人ってのは、脳筋揃いだから困る。
秘密裏に仕掛ける予定なのに、急がせてバレたら意味が無いんだよ。
ただ、二週間か……
バッテリーが持つかどうか微妙な所だな。
アレ作るの面倒なんだよなぁ……
「取り敢えず、陛下にはこの遅れは止むを得ない事として報告するしかないな」
ちゃんとした理由であれば、陛下も理解してくれる。
部下を下がらせ、盤上の駒を見ながら今後の動きを予測する。
作戦が開始されれば、クリファレスを支配しているのが脳筋の『勇者』なら、理解も出来ずに大被害が出るだろうが、この作戦の本当の目的はまた別にある。
だが、もしもコレが失敗したら、ヴェルシュは若干苦しくなってしまう。
まぁちゃんと逃げ道は用意してあるから問題は無いが、今後の活動が難しくなる。
最も、ソレで動けなくなったとしても、あの技術があれば作戦が失敗したとしても、ヴェルシュ一強の状態になるだろうしな。
そう考えつつ、陛下には状況によって作戦行動が遅れている事を説明した所、帰って来た答えは『そうか』の一言だけだった。
結局、全ての準備が整ったのは、それから一ヶ月後で、これ以上はバッテリーが持たないだろうと思っていた矢先の事だった。
そして、俺は自分の部隊を連れて、クリファレスとの戦場へと向かった。
クリファレスの代理王となってから、俺の元には色々な貴族共がやってくる。
大半は、代理ではあっても王になった俺に媚びる為であり、そう言った貴族共は手土産を持ってくる。
それ以外の奴等は、早急に第三王子を探して王位を渡す様に要求してくる奴等で、『全力で探索させている』と答えを濁してから、領地に帰るまでに、盗賊や事故によって不幸な事が起きてしまっている。
まぁちゃんと王子は探させている。
何せ、生きていたら俺の王位が消えちまうからな。
「で? 見付かったのか?」
俺が白い手袋を付けた右手を擦りながら、目の前にいた兵の一人に聞く。
この手袋は、進藤の奴に斬り飛ばされた後、再生はしたんだが、皮膚が何時まで経っても再生されないので、取り敢えずの間に合わせとして用意した物だ。
まぁ痛みとかはもう無いんだが、さっさと治らねぇと、見た目が微妙に不気味だから不便なんだよな。
「追えたのは国境沿いまでで、それ以降の足取りは今の所……」
「チッ、使えねぇな……それじゃ、浅子の奴がやってた事業の接収は?」
「商業ギルドに確認した所、全権がギルド預かりになっておりました。 なので、現時点では手出しが出来ません」
「何でだよ、仲間である俺が引き継ぐってだけだろ!?」
「そう申されましても……向こうは、正式な手順で移譲されたらしいので、コレを解消するには水月様がおりませんと……」
商業ギルドにある俺達の資産の大半は、浅子がやってた運送業で稼いだ物だ。
だが、ギルドから『凍結してるから使えない』って言われたんで、浅子の奴がやってた事業を国で管理するから、金を使わせろって兵を送ったが、帰って来た答えは『浅子が居なければ無理』と言う事だった。
それ以外にも、クーデターで焼き払われた食糧の補填や、怪我をした兵士の治療を教会へ依頼したり、各領の税収の低下など、問題点が続々と出て来るが、どいつも碌な対策を出さねぇ。
結局、殆ど何も決まらないまま、この日の議会は終了となった。
「クソッ! どいつもこいつも使えねぇ……明日までに対策考えておけよ!」
俺が椅子から立ち上がり、部屋から出て行く。
そうして、今日はどの手土産を楽しもうかと考えながら通路を歩いていると、遠くの方から数人の兵士が走ってくるのが見えた。
慌ててるようだが、何かあったのか?
「勇者様! 緊急事態です!」
「『勇者王』、な? で、緊急事態って何があったよ」
その兵士が敬礼してから、その内容を話した。
なんでも、ヴェルシュが遂に攻めて来たらしい。
攻めて来るって『赤旗』を振らせてた筈だろ!
「とにかく、防衛の為の兵士を送りませんと……」
「相手はどの程度の数なんだよ」
「それがその……」
「先頭を歩いているのはゴーレムです。 数は数体と少ないのですがかなり巨大で……」
その兵士の言葉を聞いて、肩の力が抜けた。
なんだよ、巨大
なんでそんな慌てる必要があるんだよ。
「あー、それなら魔術師共に足を狙わせりゃ終わるから、緊急でも何でもねーよ」
巨大二足歩行兵器ってのは、ただの雑魚だ。
地球じゃアニメとかで出て来るメカとかを、現実に存在させたら?って話とか考察があって、その殆どが『現実にあったらただの的』って事だった。
なんでも、巨大二足歩行兵器ってのは重量に関節が耐えられず、末端の速度は音速を超えるんで、動きはドン亀みたいにクソ遅く、関節は動かす関係で装甲も付けられない。
だから、素早く動ける兵器からしたら、遠距離から一方的に攻撃を仕掛ける事が出来るというただの的。
だから、巨大二足歩行兵器はいつまで経っても作られない。
それは、この異世界でも同じだろうから、誰も作らなかったんだろ。
それが俺の認識。
下半身を集中的に狙わせればただの雑魚だから、援軍なんて必要が無いと兵士共に伝える。
そうして、俺は今日の手土産で楽しむ為に、部屋の一つに向かった。
その数日後、俺の元に報告が上がって来た。
『ヴェルシュのゴーレム兵により、防衛砦陥落、被害多数、 ゴーレム健在、魔法効果無し』
その報告を受けて、『ハァ!?』と俺は叫んでいた。
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