第150話




 剣聖殿から、当時の報告を聞いたのじゃが、まぁ勇者はもうクソ野郎じゃな。

 第三王子と王女様達が逃げられたのは偶然じゃが、もしも勇者の奴等に捕まっておったら、文字通り酷い目にあっておったじゃろう。

 それと、テイマーの浅子殿じゃが、その王女様達に同行しておって、諜報ネズミがクーデター軍が王城の隠し通路を利用して攻めて来た事を知り、王城内のネズミを総動員し、剣聖殿がピンチになった時点で王族を避難させる事を決め、王都におったグリフォンやテイムしておった魔獣を動員して、協力者達を逃走させた。

 その後、剣聖殿を乗せたグリフォンと協力者達と合流し、王族達と共に難民としてここに逃げて来たらしいのじゃ。

 まぁ密かに王都に戻り、勇者によって悪用されかねぬ会社の全権を一時的に商業ギルドに預けたり、生き残っておるネズミから新たな情報を集めようとしておったり、浅子殿は精力的に働いておる。


「参ったのう……」


 ワシが思わず呟いたのじゃ。

 外から見る限り、クリファレスが勇者によって乗っ取られた、と取れる訳じゃが、コレは明らかに勇者だけで考えた事では無かろう。

 あの勇者がこんな土壇場で、クーデターの乗っ取りなんぞ出来る訳が無い。

 しかも、真相を知っておる第二王子は死亡、剣聖殿が生き残っておっても、否定する前に悪人に仕立て上げ、それに教会が賛同した上で、クーデターによって被害を受けた所に教会の連中が施しを行っておるらしい。

 クーデターを完全には防げなかったが、失敗させたとして勇者と教会の株は爆上がり、現在は立て直しの為に動いておるようじゃ。

 その間にヴェルシュが動きそうなものじゃが、その予防策として、クリファレスがやったのが『赤旗』を発動させたのじゃ。

 国際法をちゃんと学んでおれば、そんな事は出来ぬと分かる物なんじゃが、あの勇者じゃから『発動させておけば攻撃されない便利な物』とでも思っておるんじゃろうな。

 そして、そんな事が通ってしまったという事は、それを指摘する者がおらぬと言う事じゃ。

 つまり、勇者暴君の周りにおるのが全員イエスマンばかりで、どんな事でも通ってしまうという事になるのじゃ。

 独裁者より質が悪いのう。


「それで、魔女様に質問があるんですが……」


「魔法回路じゃろ? お主が寝ておる間にある程度は調べたんじゃが、結論から言えば、勇者と同じ方法では止めた方が良いぞ?」


 剣聖殿の質問は予想が出来るのじゃ。

 勇者が魔法を使える様になったと言う事は、自分も使える様になるのでは? と思ったんじゃろうが、その方法が『寄生虫』と言うのはオススメ出来ぬ。

 それを説明し、実際に瓶詰にした寄生虫を見せたのじゃ。

 糸屑にしか見えぬが、コレによって魔法が使える様になるのじゃが、代わりに体内を喰い荒らされた上に、血液を吸われ続けるというデメリットがあるのじゃ。

 しかも、ワシの予想じゃが、一度寄生されてしもうたら外科的な手術でも取り除く事は不可能になるじゃろう。

 と言うのも、魔法を放つ場合、当然じゃが頭でどういう魔法を使うかを考えてから放っておる訳じゃから、あの寄生虫は、にも入り込んでおると、ワシは予想しておる。


「まぁしばらくは療養する事じゃ、それに強くなりたいのであれば、兄上に訓練でも付けて貰えば良かろう」


「おい、勝手に俺の予定を決めるな」


「どうせ暇じゃろ?」


 ワシの言葉で兄上が唸っておる。

 ノエルとバートがおらぬから、訓練も無くて暇になっておるのを知っておるんじゃぞ。

 何せ、ベヤヤは訓練時間が無くなって暇になったんで、時間の掛かる料理の研究しておるし……


「ハァ……取り敢えず、訓練するにも治療が終わった後だが、今のうちにやれる事はやっておくか」


 寝たままの剣聖殿が出来る様な事?

 そう思って見ておったら、兄上がマナと精神力の使い分けの事を剣聖殿に説明しておる。

 成程、マナと精神力を感じ取って分離する訓練であれば、寝たままでも出来るからのう。

 最初は剣聖殿も訝しんでおったが、ワシもちゃんと説明して、使い分けが出来るように訓練するのは効果的である事を保障したのじゃ。

 精神統一しながら、マナとは違う力を感じ取る方法じゃが、まぁコレは簡単じゃが肉体的には苦しい方法と、肉体的には楽じゃが難しい方法があるのじゃ。

 と言うのも、他人に体内のマナを動かして貰い、それを感じ取る方法と、自身でマナを動かす方法になる訳じゃが、最初の方は他人に操作される関係で、気分を悪くして嘔吐したりする訳じゃ。

 で、剣聖殿の状態で他人に操作させる方法を使う訳にもいかぬので、剣聖殿には僅かにマナを動かして感じ取って、訓練して貰う事にしたのじゃ。

 まぁそれだけでも気分を悪くしてしもうたんじゃがな。



「所で聞きたいんだけど、俺には魔法回路が無いのに、体内にはマナがあるって言うのはどういう事なんだ?」


 剣聖殿が蒼い顔をしながら聞いて来たのじゃ。

 まぁ確かに、そこが疑問になるのは当然じゃのう。


「まず、大前提として、魔法を使う為の魔力マナと言う物は、そこら中に漂っておるし、あらゆる物の中に含まれておる。 当然、日常で摂取しておる食事にも含まれておるし、なんなら空気中にも漂っておる」


 剣聖殿の見舞いの為に、3人娘が持って来ていた果物の籠から、リンゴの様な果実を一つ手に取る。

 当然、この果実にもマナは含まれており、食べる事でマナが体内へと入り、排泄で一緒に出ていくのじゃ。

 そうして、マナがどんどん体内に入ってくるので、魔法回路が無くとも、一定量のマナは体内に溜まっておるという訳なのじゃ。

 魔法回路が無い為に、通常は体内のマナを放出する事は出来ぬが、近接職の場合、本来は精神力を消費してスキルを使用するのじゃが、体内にあるマナでもスキルを使う事が出来てしまう。

 しかも、集中して集約させる必要がある精神力よりも、体内にあって簡単に使えるマナの方が楽である事で、いつしか精神力よりもマナでスキルを使う様になり、戦いの中で中途半端に精神統一をしたりする為に、ゴッチャゴチャに混ざった状態で使っておるので、精神力とマナが干渉し合って威力が落ちてしまっておるのじゃが、精神力のみで使う者が圧倒的に少数である為に、その問題に誰も気が付いておらぬ。

 恐らくじゃが、『勇者』には『精神力を強化する』とか、そう言った精神力を増幅させる様なスキルもあるんじゃなかろうか。

 そうでなければ、あの『勇者馬鹿』が、いくら反応速度や反射神経が良くなっておるとはいえ、歴戦の猛者の騎士団長より強いという説明が付かぬし。


 そこら辺を剣聖殿に説明し、兎に角、安静にしておる間は体内の精神力とマナを明確に分断する訓練を続ける様に、アドバイスをしておいたのじゃ。


「……もし、それで強くなれるのか?」


「それはお前次第だな」


 剣聖殿の問いに対して、兄上がそう言い残して部屋を出て行ったのじゃ。

 それは当たり前の事で、いくら強くなれる下地があっても、怠けておれば強くなる訳が無いのじゃ。

 剣聖殿の職業クラスの『剣聖』も、真面目に訓練しておれば、『勇者』にも匹敵する強さを得られる筈じゃ。

 それこそ、死に物狂いで訓練しておれば、『剣聖』から『剣神』と言う更に強い職業にもなれる筈じゃ。

 『剣神』と言うのは、近接職の最上位職である『勇者』並に強力な職業であり、武器種が『剣』に限定されてしまうのじゃが、『剣』であれば『勇者』をも超える強さとなるのじゃ。

 あらゆる近接武器に万能な『勇者』に対し、『剣』限定じゃが最強の『剣神』。


 まぁ『剣神』になるには、文字通り死に物狂いで訓練する必要があるのじゃが、回復した後、兄上による地獄の猛訓練が待っておるから、生き残るか、心が折れなければなれるじゃろう。

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