第149話




 大火傷と斬られたダメージにより、剣を杖にしてその場に膝を突いてしまう。

 その様子を見て、浅子のグリフォンが俺の前に移動し、守る様に立ち塞がっている。

 誠一郎が魔法らしきものを使ったのも問題だが、切断された右手があっさりと再生された方も問題だ。

 ポーションでも最高レベルの物であれば、部位欠損を修復する事が出来るらしいが、魔法にそんな魔法があるとは聞いた事が無い。

 さっきの『リジェネレート』と言う魔法も、『傷を治す』と言う魔法であって、部位欠損まで治せた訳じゃなかった筈だ。


「おい、この見た目はどうにかならねぇのかよ」


「後で研究させましょう」


 剥き出しの筋肉状態の手を見ながら、誠一郎が悪態を吐くと、教会の奴等がそんな事を言って見ている。

 グリフォンに隠れて隠し持っていたポーションを使うが、傷が回復しない?

 それどころか、意識を保つのも辛くなってきている。

 

「しかし、魔法ってのは便利だよなぁ、こうやって不意打ちにも使えるし、使えねぇ奴が可哀想だぜ」


 そんな事を言っている誠一郎も、前までは使えなかっただろ。

 だが、何故急に魔法が使えるようになったんだ?


「どう言う事だ……俺達は魔法回路が無いから使えない筈じゃ……」


「あぁ、そういや、お前はまだ使えねぇんだっけか」


 誠一郎が笑いながらそう言うと、手の平の上に炎を出している。

 確かに、あの炎は魔法に見えるが、俺達は魔法回路を持っていないし、国の研究員達からは『後から魔法回路を作るのは無理です』と言う報告が来ていた。

 その報告を聞いて、誠一郎がキレて研究員達をクビにしようとしたが、コレばかりは彼等に責任は無いので、『どうしようもない事だ』として諦めさせていた。

 俺らが知らない技術があるのか?


「何ならお前も協力するか? そうすりゃ考えてやっても良いぜ?」


「断るっ! 少なくとも、お前のやってる事は間違ってる!」


 俺の言葉を聞いて、誠一郎が大きい溜息を吐いている。

 当たり前だ。

 クーデターで国内を混乱させ、王城の隠し通路を使って攻めて来るなんて、碌な事をしない相手に協力してる時点で、協力するなんて論外だ。

 クーデターをする時点で、彼等の目的は一つしかない。

 王国の乗っ取り。

 となれば、この後誠一郎が向かうのは、陛下達の場所だ。

 何とか阻止しようと思っても、最早立ち上がる体力も無い。


「じゃぁ、邪魔だから死んどけや」


 誠一郎が剣を振り上げる。

 あの剣の威力は、グリフォンでも耐えられない。

 振り下ろされる瞬間、そんな誠一郎の頭にボトリと黒い物体が落ちて来た。


「あ?」


 誠一郎がそれをむんずと掴む。

 それは、この異世界にもいたネズミによく似た小型魔獣で、肉も毛皮も使い道も無いのに、繁殖力が凄まじい為、定期的に冒険者ギルドや城の騎士や兵士達が駆除を行っていて、国の財政にも赤字にしかならない、と考えられている害獣だった。

 ただし、それは俺等やこの世界の人達だけの認識だった事を、この時思い知らされた。


「ギャァァァッ!?」


「来るなっ、来るなぁぁっ!?」


 教会の連中が急に騒ぎ出すのと同時に、その足元から大量の黒い物体が走り抜けて行く。

 まるで、黒い絨毯が広がっていくような程の数で、走り抜ける以外にも、ローブを駆け上るネズミもいれば、天井から降ってくるネズミまでいる。

 後で知った事だが、このネズミ達は浅子が城の地下下水道にいた数匹をテイムし、そこから秘密裏にどんどん増やしていって、王城のそこかしこに潜ませて諜報員として情報収集していたらしい。

 今回、誠一郎がクーデター軍を率いて隠し通路を使った事で、浅子の元に諜報ネズミから連絡が行って、グリフォンを派遣したが、俺がピンチになった事でネズミを嗾けたらしい。


「あぁっ!? なんだコイツ等!」


 ネズミが誠一郎に大量に纏わり付いて、その牙で噛り付く。

 たまらず剣を振り回し、振り剥がそうとしているが、剥がれた傍から新たなネズミが纏わり付いていく。

 それを見て、グリフォンが俺をその背に乗せて窓から飛び立とうとするが、俺は目の前に転がって来た誠一郎の右手を掴んで収納袋に押し込んだ。

 窓から飛び立った瞬間、先程までいた場所で巨大な爆発が起きて壁を吹き飛ばした。

 誠一郎がキレて周囲への影響を考えず、魔法を暴発させたようだ。




「クソッ逃げられたか」


 ネズミ共の焦げ臭い臭いが鼻に付くが、俺が見上げる先には、進藤の奴を乗せたグリフォンがいる。

 これだけ離れちまうと、まだ狙えねぇから諦めるしかねぇ。

 振り返れば、俺の魔法に巻き込まれた教会の連中が何名かいるが、まぁコラテラルダメージって奴だ。

 作戦の為の必要な犠牲って奴だよ。

 死んでねぇみたいだし、別にいいだろ。


「勇者様、ジャックス様がお待ちです」


「分かってる、すぐ行くから待ってろ」


 体に付いた煤を払いながら、教会の奴にもう一度治療させながら、先を歩かせる。

 そうして、一つの部屋に到着した訳だが、そこはすげぇ事になっていた。

 ぶっ壊れたソファやテーブル、床に落ちてるシャンデリアに砕け散った額縁。

 そして、何人もの兵士が倒れている中央に、あのクソ王と第一王子とか言っていた男が倒れ、その前には血がべっとりと付いている剣を持ったジャックスがいる。

 血塗れの床を見る限り、既にくたばっている様だ。


「勇者様! 此方は予定通り終わりましたので、この後は新しい王を内外に示すだけに……」


「あぁ、それなんだが、ちょっと予定変更になったんだわ」


 ジャックスの奴がクソ王の頭から王冠を手に取るのを確認し、俺がそう言いながら、ジャックスに近付く。

 コイツジャックスも馬鹿な奴だ。

 どう考えても、クーデターで王になっても、民衆が支持してくれる訳ねぇだろ。

 そんな事も分からないから、


「は?」


 ジャックスが不思議そうに振り返った瞬間、ジャックスの胸に、俺の剣が突き刺さった。

 刺さった後、忘れずに捻って確実に致命傷にする。


「ゆ、勇者様、何故……?」


「悪りぃな、お前は王にはなれねぇんだわ」


 剣を引き抜くと、ドバドバと血が噴き出し、ジャックスが目を見開いたまま、その場に崩れ落ちた。

 剣を振って血糊を飛ばして鞘に納め、転がった王冠を手に取った。

 まぁちっと汚れちまったが、別に問題ねぇか。


「よし、クーデター軍の首領は、この勇者が討ち取った!」


 俺の掛け声にその場にいた連中が勝鬨の声を上げる。

 この後は簡単だ。


 勇者は、第二王子ジャックスがクーデターを引き起こす可能性を知り、ワザと全員の前から姿を消して密かに潜伏し、第二王子の周辺を調査していたが、クーデター軍が秘密裏に城へと攻め入ると知って急行したが、裏で第二王子と繋がっていた剣聖の妨害を受け、王と王太子の救助に向かおうとしたが間に合わず、王と王太子は第二王子の凶刃に倒れてしまった。

 第二王子は討つ事に成功したが、剣聖には逃げられた為、国際指名手配を掛けた。

 そして、この国の次期国王だが、この国にはあと一人、第三王子が残っているのでソイツが継ぐ事になるんだが、現在、クーデター軍の被害を受けた村を慰安するという名目で、王女達と王城から離れている。

 なので、俺が一時的に『代理王』として王位を預かって、第三王子が戻り次第、王位を渡す事になるんだが……


 もしも、そうなる前に第三王子にが起きたら、俺が正式な王になっても仕方無いよなぁ?

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