第148話




 一気に跳び退り、首元をガリガリと掻き毟っている青年。

 その見た目は、確かに誠一郎なのだが、髪は長く伸び、肌は病気でもあるかの如く青白くなり、その眼は充血を通り越し、血の様に赤くなっている。

 更に、肌に浮き上がっている血管が蠢いている様にも見える。

 どう見ても普通じゃない。


「ったくよぉ、こっちの予定が押してるってのによ」


「誠一郎……なんだよな? 今まで一体何処にいたんだ?」


 俺の言葉を聞いて、誠一郎がニヤァと笑みを浮かべる。

 ルーデンス領から消えた後、一切の痕跡を残さず、これまで全然姿を見せなかった。

 と言うより、この場で騎士達を殺害したという事は……


「……どうして、お前がクーデター軍なんかに協力しているんだ……」


「クーデター? 違うんだなぁ、俺達がなんだよ」


 そう言って、赤黒いオーラを纏っている剣を見て、血が付いていたままなのに気が付いたのか、振って血を弾き飛ばしている。

 しかし、姿を消す前に、あんな剣を持っていたという覚えは無い。

 ロングソードと呼ばれる長剣で、そこに施された細工は地味に見えるが、纏っている赤黒いオーラを見ていると不安が湧き上がってくる。

 何よりも、俺の持つ黄金龍から得た爪を素材にしている剣と、真面に打ち合ったのに刃毀れしていない。


「どういう意味だ?」


「相変わらず、察しの悪い奴だな、この国のオウサマは、俺が強くなるのが怖かったんだよ、だから俺が強くなるのをトコトン妨害してたんだよ」


 誠一郎が言うには、陛下達は誠一郎がこれ以上強くなり、民の求心力が陛下から勇者に移るのを警戒し、適当な事をさせて強くなる事を妨害していたらしい。

 だから、誠一郎は強くなる事が出来ず、ルーデンス領で大恥を掻かされたのだと思っているようだ。


 いや、普通に誠一郎のコレまでの行動を振り返れば、どう足掻いても民衆から求心力なんて得られないと思うんだが……

 ただ、それは口には出さず、油断せずに剣を構える。

 と言うのも、騎士達を切り捨てた際の動きを目で追えなかった。


「まぁ結果的には、サイコーな結果になったんだけどよぉ」


「勇者様、早く行きませんと……」


 誠一郎の後ろから、ゾロゾロと白いローブを着た集団が現れる。

 見た目だけでは分からないが、その手に持っている杖は、先端部に鳥の様な翼を広げた中央に、赤い宝玉を付けた物で、確か教会が支給している物だった筈だ。

 つまり、クーデターには教会も関わっている?


「わーってるよ、じゃ、そんな訳でな」


 誠一郎が剣を構えた瞬間、姿が消えた。

 ゾクリと背筋に悪寒が走り、無意識に悪寒が走った方へ剣を振り抜くと、ガキンと音が響いた。

 誠一郎がチッと舌打ちしたのが聞こえたが、今の攻撃を防げたのは完全に偶然だ。

 そして、今の攻撃で確信した。

 誠一郎は俺を確実に殺す気だ。

 息を深く吐き、僅かでも精神統一する。


「『凪の心』」


 剣聖のスキルである『凪の心』は、攻撃には不向きだが、発動中は動体視力や反射神経が強化される防御向きのスキルだ。

 とにかく、誠一郎の攻撃を防ぐ事を優先する。


「ハッ、相変わらずの臆病者だな!」


 そんな事を言いながら、誠一郎が死角から斬り掛かってくるが、先程と違って動きがちゃんと見えている。

 落ち着いて誠一郎の剣を受け、払い、弾く。

 そうしていると、誠一郎の動きに変化が起き始めた。


「ハァ……ハァ……ハァ……クソが!」


 スキルを使っているから対応出来ていると思ったが、時間が経つに連れて、誠一郎の動きが遅くなっているのだ。

 更に、誠一郎の顔色も青みが増し、浮き上がっていた筋の様な血管がビクビクと動いている。

 一体何が起きてるんだ?


「もう時間かよ……おい、コレどうにかなんねぇのかよ!」


「そうは申されましても、まだまだ未完成な物ですので……」


 誠一郎が教会の奴等に何か叫んでいる。

 そして、一気に飛び退くと、何かの小瓶を取り出して中身を煽る。

 何かの錠剤なのか、ガリガリと噛み砕いている。


「あぁクッソまじぃ!」


 そう叫んだ後、首元をバリバリと掻き毟っている。

 その拍子に、皮膚が裂けてドロリと血が流れ出ている。


「勇者様、この後が控えているのですから、お怪我をするのは……『リジェネレート』」


 教会の奴等が誠一郎に杖を向けて何かの魔法を使うと、裂けた皮膚が治っていく。

 どうやら、あの魔法は怪我などを治癒する為の魔法らしい。

 だが、これではいつまでも誠一郎を無力化する事が出来なくなってしまう。

 こっちのスキルはまだ大丈夫だが、長期戦になると敵勢力がどんどん増えて押し負けてしまう。


「さぁ仕切り直しと行こうぜぇ!」


 誠一郎がまた超加速して視界から消えるが、落ち着いて対処する。

 教会の奴等は、攻撃に直接参加はしないようだが、誠一郎にちょくちょくバフを掛けて強化している。

 今は何とか対処出来るが、このままだと……


「クェーン!!」


「な、ギャァァァッ!?」


 誠一郎の攻撃を受け流した瞬間、教会の奴等が居る側の窓が粉砕され、そこから巨大なグリフォンが突っ込んできた。

 コイツは浅子のグリフォンか!

 多分、浅子がこっちの動きに気が付いて援護に送ってくれたんだろう。

 そのグリフォンが、巨大な鷲の足で教会の奴等を掴んでは、粉砕した窓から外へと放り出したり、翼で叩き潰したりしている。

 よし、これなら……


「アァァァァッ! クッソウゼェェェェッ!」


 教会の連中がグリフォンに襲われた事で、誠一郎に掛かっていたバフが切れたのに気が付いたのか、誠一郎が叫ぶが、こうなればこっちのペースに持ち込める。

 確かに誠一郎は、ルーデンス領で消えた時から比べたら強くはなっているが、俺だってあの後、誠一郎が奴隷にした彼女達を開放し、協力して貰って訓練していた。

 あの頃から比べても、俺も強くなった事で、誠一郎の動きにも何とか付いていけている。

 何より、誠一郎は教会の奴等からバフを受けた上で、何かしらのドーピングもしている関係で、所謂がある。

 先程までは長期戦になればこっちが不利だったが、浅子のグリフォンが合流してくれた事で、長期戦になれば、こっちが有利になる。


「誠一郎、もう諦めろ!」


「あぁぁっ!? 一々うっせんだよ! それになぁ……」


 こうなってしまえば、クーデターは失敗するだろう。

 当然、それに組した誠一郎も教会も、処罰される事になるが、今ならまだ弁明の余地はあるだろう。

 だが、それでも諦めないのか、誠一郎が振った剣を受け止める。

 此処までは先程と同じだが、誠一郎がニヤァと笑みを浮かべ、背筋に悪寒が走った。

 瞬間、誠一郎が剣を握っていた右手を放し、俺の方へと向けてきた。


「クタバレェ!」


 誠一郎の右手の平から、巨大な赤黒い炎が放たれた。

 俺や誠一郎は、魔法回路が無い為に魔法が使えないと言われ、誠一郎が使える様になる為に研究させていたが成果は無かった。

 ここに来て全くの予想外な攻撃な上に、余りにも至近距離だった為に回避が遅れた。

 だが、彼女達の訓練で体にある事を叩き込まれた。 

 体を捻る事で半身はダメージを受けるが、被害を最小限に抑え、更に剣を一閃してのカウンター。

 そのカウンター攻撃で、突き出していた誠一郎の右手を斬り飛ばしていた。


「ギャァァァッ!! ……なんてなぁ!」


 誠一郎が斬り落とされた右手を押さえ、余りの痛みに叫んだかと思ったら、左手で剣を袈裟懸けに振り抜いた。

 左肩に激しい熱を受け、咄嗟に後ろに下がるが、そこで信じられない光景を見た。


 斬り落とした筈の右手の部分から、筋繊維の様な物が伸びて、徐々に手の形を作り出している。

 そして、あっという間に、筋肉剥き出し状態ではあるが右手が再生されていた。

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