第143話
ミアン殿とドミニク殿に頼んだのは、小さい村や町で、常に肌を隠して生活しておる人物がおらんかどうかを調べる、と言う事じゃ。
『変異薬』を使用すると、変異させた部分がどんどん変色してしまう為に、人里で生活しておるなら確実に隠しておるか、極端に人との接触を避けておる筈じゃ。
それこそ、人が少ない場所でひっそりと生活しておると思うのじゃ。
まぁコレは確実な物では無く、もしかしたらヴェルシュに逃げておる可能性もあるのじゃが、多分、逃げてはおらぬと思っておる。
そうして、報告を待っておる間に、クリファレスで動きがあったのじゃ。
クリファレスでのクーデターが成功し、クリファレスの新王として、第二王子が即位。
したと思ったら、王位を簒奪したとして、その第二王子を勇者が討ち、現在は代行として勇者が王位を預かっておると発表したのじゃ。
ただ、その勇者じゃが、クリファレス王代行として最初に命じたのは、第二王子を討つ際に妨害してきたとして、剣聖を第一級の危険人物として国際指名手配したのじゃ。
それ以外にも、国内の混乱を治める為、勝手に自国の兵士に『赤旗』を振らせて駆けさせておる。
いや、『赤旗』はそう言う事には使えんのじゃが……
『赤旗』は冒険者ギルドが、『魔獣被害』が大きくなると判断した際、戦争行為すらも止める事が出来るという特殊な国際法であり、国が勝手にやって良い物では無いのじゃ。
更に、第三王子と王女達を捜索し、第三王子が王城に戻り次第王位を移譲するが、もしも第三王子が戻らなかったり、年単位で発見出来なかった場合は、このまま自分が王となる、と宣言しておる。
あの勇者の性格じゃとどう考えても、第三王子が現れたら亡き者にするじゃろうなぁ……
取り敢えず、兄上達が第三王子達を連れて帰ってくる予定じゃが、しばらくは身分を隠して生活させた方が良いじゃろう。
ミアン殿に相談した上で、ワシとベヤヤがひとっ走りして、ヴァーツ殿に報告して隠れ住む場所を提供してもらうのじゃ。
前のゴゴラ殿達の様な事が無い様に、事前に隠れ家を用意し、仮の身分を用意しておくのじゃ。
「第三王子と王女様達は、王都にあるワシの屋敷に一時的に滞在してもらい、妻の親戚の子として隠れて貰うとしましょう」
「それでバレぬかのう?」
「問題ありません。 何せ、その妻の親戚なのですが……」
聞いてビックリ、その親戚なのじゃがいくつもの鉱山を保有しており、所謂大富豪で嫁さんが現在、両手の指の数より多いのじゃ。
しかも、全員仲は良く子沢山で、子の全員が何かしらの仕事をしており、後継者争いとも無縁と言う珍しい一家なのじゃ。
そんな所に3人増えた所で、『あ、あの家、まだ子供いたんだ』と思われるだけらしい。
実際、一夜の過ちで出来た子供と偽って近付いたら、本当にその子を養子として迎え入れてしまった、なんて話もあったのじゃ。
「はぇー……それは凄いのう」
「あんな事が出来るのは彼だけでしょうな……」
男としては、ハーレムは羨ましいのじゃろうが、実際には無理じゃろうのう。
余程の器量良しでなければ、必ず裏で血の雨が降る事になるのじゃ。
取り敢えず、兄上達が戻り次第、第三王子と王女様達を護衛付きで王都に送り、陛下に保護して貰った方が良かろう。
恐らく、勇者辺りが暗殺者でも差し向けてくる可能性があるからのう。
「あ、それと此方からも報告が一つありました」
ヴァーツ殿が思い出した様に言うと、クリファレスに潜ませておる間者から、勇者が魔法らしき物を使用しておったという報告があったらしいのじゃ。
なんでも、平民の娘を連れて行こうとした勇者の横暴っぷりに、一部の市民と軍人が結託して反抗した際、それを勇者が鎮圧した時に、魔法を使っておったらしい。
それを聞いたワシの考えは、恐らく魔道具を使用したのではないかと思ったのじゃが、どうにもその際の勇者の言動から、本当に魔法が使える様になったのではないか、と考えられるのじゃ。
しかし、それは有り得ぬ。
魔法回路を持たぬ地球人が、魔法職を選ばずに魔法回路を得る方法は無いのじゃ。
そもそも、魔法回路が人体のどのあたりを通っておるかは、詳しくは分からぬし。
ワシが作ったあの機械でも分かるのは、魔法回路が通っている大まかな位置だけじゃ。
じゃが、随分前にニカサ殿が『教会なら調べてるかもしれないね』と言っておった。
つまり、勇者が魔法を使える様に教会が協力した、と言う事なのかもしれん。
「しかし、勇者が魔法、のう……」
ぶっちゃければ、『だからどーした』と言う話なんじゃがな。
正直、あの勇者の実力では、兄上どころかヴァーツ殿にも届かぬし、何ならワシでも勝てるのじゃ。
多少、実力が上がっておったとしても、この差は早々埋められぬ。
何せ、兄上もヴァーツ殿も、日々の訓練を怠らず、暇があれば素振りをしたり瞑想をしておるんじゃもの。
もしも、勇者が真面目に訓練をして、その実力が爆速で成長しておったなら、勝ち目があるじゃろうが、あの性格の勇者が真面目に訓練してるとは思えんし。
「まぁしばらくは、内政やら治安維持やらで忙しいじゃろうから、大人しくしておるじゃろ」
「……そうであれば良いのですが……」
ワシの言葉に、ヴァーツ殿が複雑そうな表情を浮かべておる。
まぁその気持ちは分かるのじゃ。
あの暴走勇者が、絶対、本当に、真面目に、国の運営などやる訳が無いのじゃ。
恐らく、好き放題に引っ掻き回し、内政は部下の貴族に投げるじゃろうから、クリファレスは大混乱に陥るじゃろう。
しかも、勝手に『赤旗』を使っておるから、ギルドも大激怒しておる筈じゃ。
最早、勇者が頭でも打って真人間になっておらぬ限り、クリファレスは地図上から消える事になるじゃろうが、無理な話じゃよなぁ……
取り敢えず、護衛となる者達には、ワシ特製の解毒ポーションと状態異常の耐性を上げる丸薬や簡易鑑定が出来る虫眼鏡を、容量は小さいが収納袋に入れておいて渡しておいたのじゃ。
結果的な話になるのじゃが、案の定、暗殺者によって第三王子が襲撃され、護衛の一人が毒の塗られた短剣に刺され、一時的に危篤状態となったのじゃが、ワシの解毒ポーションで難を逃れたのじゃ。
それ以外にも、料理に毒が仕込まれておったり、部屋で焚くお香に毒が混ぜられておったりしたが、簡易鑑定の虫眼鏡で全て回避しておる。
なお、暗殺者は失敗した時点で全て自害しておる為、黒幕は不明なのじゃが、どう考えても勇者か、勇者の協力者じゃろうが、証拠が無い為に追及する訳にも、隠れておるのじゃから此方から言い出す事も出来ぬのじゃ。
ヴァーツ殿との相談も終わり、ワシは『シャナル』に帰って来てミアン殿に報告したのじゃが、兄上達は無事に第三王子達と合流し、現在此方に戻って来ておる最中らしい。
ただ、その中に国際指名手配されておる剣聖殿がおり、重度の怪我を負っておる、と報告があったらしいのじゃ。
ふむ、クリファレスの情報を得る為にも、剣聖殿は此方で確保した方が良いじゃろう。
「問題は、剣聖が負った怪我なのですが、回復ポーションでは殆ど回復しなかったそうなのです」
ミアン殿が、兄上達に同行しておる部下から送られてきた報告書を見せてくれたのじゃが、そこには合流した際に、剣聖殿の治療を行おうとして失敗し、兄上の持っておった回復ポーションを使用したのじゃが、殆ど回復せんかった、と書かれておった。
兄上が持っておる回復ポーションは、上級が殆どなのじゃが、それでも治らぬというのは異常じゃ。
これは戻ってきたら徹底的に調べねばならぬが、まずはどうして回復せんかったのかを考え、その予測から対策を考えるのじゃ。
そうして、予測を立てて対策を考えておったら、兄上達が戻り、第三王子達はこのまま黒鋼隊が護衛して領都ルーデンスへと移動し、ヴァーツ殿と合流して王都へと向かう事になるのじゃ。
そして、ワシの目の前には、左肩から胸にかけてバッサリと斬られた上に、右上半身に大火傷を負った剣聖が寝ておる。
こりゃ、聞いておったよりも遥かに深刻じゃな。
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