第142話
ドミニク殿にコレまでの経緯を説明し、同一人物かどうかを確かめねばならぬ事も説明したのじゃ。
しかし、意外な所で繋がったのう。
「いや、本当に同じ奴かどうかまではわかんねぇぞ? それに10年以上も前だから、今どこにいるかなんて分からねぇし、もう死んでるかもしれねぇぞ?」
「それでも何の手掛かりも無しと言うよりはマシなのじゃよ」
「で、『ミヤ』だったか? 確か、俺のトコに来た時は違った名前だった気がするんだが……」
そこまでは覚えておらぬようじゃが、流石に10年以上前ともなれば、覚えておらぬ方が普通じゃろう。
しかも、会ったのは数回じゃろうから、会った事を覚えておっただけでも凄い事じゃ。
しかし、ドミニク殿が面倒と言う程の魔法薬を注文したと言うが、一体何を注文したのじゃ?
「あー……昔の事だが、流石に顧客の情報を話す訳にはいかねぇよ」
「まぁ当然じゃろうのう。 では、質問を変えるが、その魔法薬と言うのは、自ら使う物か、それとも他人に使う物か、どっちじゃった?」
「まぁそんくらいなら……自分で使う奴だ」
ふむ、それでいて面倒な魔法薬ともなれば、手順が面倒なのか、それとも素材を集めるのが面倒なのかのどっちかじゃろうが……
ただ今回の場合、そこは問題では無く、どうしてそんな物を注文したのかと言う事じゃ。
当然じゃが、彼女は逃亡する関係上、早く身を隠すべきなので、時間を掛けてしまうと追い付かれてしまうのじゃ。
それでも、彼女は魔法薬を求めておった以上、何かしらの緊急的な問題があったと思うべきなんじゃろう。
逃亡する前に妊娠しておったらしいが、それもおかしな話じゃ。
出産の為に必要な魔法薬を注文した、とも考えられるのじゃが、魔法薬と言うのは、どれもこれもかなり強力な効力を持っておるが、その分、とても高価なのじゃ。
それこそ、出産の為に使えない訳では無いのじゃが、貴族でも無い平民の女性が払える額では無いじゃろう。
「それで、その時おったのはシュトゥーリア領なんじゃな?」
「あぁ、坊主の仕事が終わったから、別の領に行こうか考えてた頃だからな」
『まぁ金が無くなって移動もクソも無くなったけどな』なんてドミニク殿が愚痴っておる。
そう言えば、バートの家庭教師の報酬は盗まれたんじゃったな。
しかし、そうなると、彼女は王都からシュトゥーリア領へと移動した事になる。
この後の動きを考えると、逃げられる場所は限られるのじゃが……
「一体何処に逃げたんじゃろうのう……」
執務室の壁に貼られておる地図を見ながら呟く。
シュトゥーリア領は別に他の領から孤立しておる訳じゃなく、それなりに別の領と接点があるのじゃ。
つまり、何処に逃げたかの足取りが、此処で完全に途絶えてしまうのじゃ。
恐らく、マルクス殿もここで追跡が出来なくなったんじゃろう。
と言う事は、ドミニク殿が調合した魔法薬と言うのは……
「ドミニク殿、もしかしてミヤ殿に処方した魔法薬と言うのは、『変異薬』かの?」
その言葉で、ドミニク殿がギョッと此方を見ておる。
『変異薬』と言うのは、ワシがこっちに来て直ぐに使ったような全身を変化させた物では無く、髪の色や瞳の色、顔の輪郭等を僅かに変化させる事が出来る魔法薬なのじゃ。
もしもそれを使われたら、どんなに優秀であっても追跡は出来なくなるじゃろう。
ただ、材料が凄まじく面倒な物が多く、更に、副作用もある為に禁止魔法薬物に指定されておる筈なんじゃが……
「先に言っておくが、俺が作った時はまだ違法指定はされてねぇ時だったからな!」
ドミニク殿の言う通り、『変異薬』が違法指定されたのは6年ほど前。
クリファレスの貴族家の令嬢達が、意中の異性とお付き合いしたいと、この『変異薬』を使用したのじゃが、その副作用によって大変な事になったのじゃ。
その副作用なのじゃが、服用すると、変異させた場所がどんどん黒く変色してしまうのじゃ。
髪色を変えたら髪色が、顔を変えたら顔がどんどん黒ずんでいってしまう。
ただ、この副作用は直ぐには表れず、何年も経過して初めて発覚する為、大騒ぎになったのじゃ。
元々は、小さい部分を変える為に分かりにくかったが、件の令嬢達は顔から体に至るまで、大部分を変えてしまった為、その副作用で大騒ぎとなり、結果的に令嬢達の大半は自死してしもうたのじゃ。
生き残った令嬢達も、治療を受けたらしいのじゃが、多少薄くなっただけで完治はしておらぬらしい。
この結果を受けて、『変異薬』は禁止魔法薬物に指定され、処方する事は出来なくなったのじゃ。
そして、この副作用の原因なのじゃが、魔法薬の原料となる数種の薬草と、木の実、マナを含んだ牙や肝等の魔獣素材が、摂取した際に変異させた部分の体内マナと反応し、それが変異した部分を汚染してしまう事で、どんどん黒ずんでしまうのじゃ。
「まぁソレはともかく、支払いは一括払い、入手が難しい素材もミヤ殿が持ち込んでおった訳じゃな?」
「あぁ、ミストドッグの牙とか、カラーフロッグの肝とか、この足の俺じゃ難しいからな」
ドミニク殿が義足を軽く叩いて、そんな事を言っておる。
ミストドッグは群れで行動し、魔法で霧を作ってそこで狩りを行うという、結構厄介な魔犬じゃ。
一匹ならそこまで強い訳では無いのじゃが、コレがまた30匹くらいで群れを作るんで、中堅の冒険者でも油断しておると、あっさりと返り討ちにあってしまうのじゃ。
そして、カラーフロッグじゃが、まぁぶっちゃければ、カメレオンみたいなカエルじゃ。
湿気が多い洞窟に生息し、壁や天井に貼り付いて表皮を周囲と同じ色に変化させ、虫やコウモリを捕食しておる。
強さとしては弱いんじゃが、問題なのはこのカラーフロッグ自体が毒持ちで、その毒は大型魔獣でものた打ち回る程の激痛を与えるのじゃ。
昔は、拷問等で使われていた時期もあったらしいのじゃが、余りの激痛に自白させる前に発狂してしまって使われなくなったそうじゃ。
ただ、その表皮は良い魔力触媒になるので、冒険者ギルドでは腕の良い冒険者を雇って、専門的に狩っておるらしい。
さて、ここまで聞いて、ワシの中ではある結論に到達したのじゃ。
どう考えても、ミヤ殿はただの平民では無い。
ミストドッグは運良く死骸を見付けたり、冒険者ギルドとかで牙を購入する事は出来るんじゃが、カラーフロッグは手順を間違えれば、全身が毒に汚染されて全て駄目にしてしまうので、特殊な訓練が必要になるのじゃ。
そんな特殊な採取素材を持っておる一般人なんて、どう考えてもおらんじゃろう。
まぁ中にはおるかもしれんけど、逃亡しておる妊婦が持っておるのは、どう考えてもありえん。
しかも、ドミニク殿に依頼した際、別の名前を使っておったようじゃし。
となれば……
「……平民のフリをして、マルクス殿に近付いた理由は何じゃ?」
「相手が重要な位置にいるような貴族であるなら、暗殺や
ミアン殿の言う通り、マルクス殿が近衛魔法師団の副団長の椅子に付いたのは、ミヤ殿が逃亡する前なのじゃ。
それまでは、多少体内の魔力量が多いだけの貴族の子息と言うだけで、アマノリア家も実はマルクス殿が副団長になる前は伯爵家であり、副団長になった事で功績を認められて公爵になったのじゃ。
つまり、ミヤ殿が出会った時は、そこまで重要な位置におる訳でもない。
「で、どうすんだ?」
「まぁ、探して直接聞くしか無いんじゃが、ドミニク殿に依頼した『変異薬』が手掛かりと言えば手掛かりになるのう」
そう言うと、ドミニク殿が不思議そうな表情を浮かべておる。
まぁ取り敢えず、ミアン殿とドミニク殿には引き続き協力を頼む事になるのじゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます