第141話




 兄上とイクス殿達が『シャナル』を出発し、ワシはワシでミアン殿の所に来ておる。

 と言うのも、先日、マルクス殿との親子疑惑があった事でちょっと気になったのじゃ。

 まず、マルクス殿は近衛魔法師団の副団長にもなっておる程の実力じゃが、その実力者から一般人である平民の女性が完全に姿を隠して、痕跡も残さずに逃げ切る事など出来るものなのか、と言う点じゃ。

 普通に考えるなら、まず不可能じゃろう。

 平民の、それも女性ともなれば、逃げられる距離など限られておるし、魔法の中には痕跡を追ったりする魔法もあるのじゃから、相当な実力者でなければ逃げ切るのは難しいのじゃ。

 もしくは、実はその女性はトンデモない実力者で、数日間寝ずに走り続けられる様な体力お化けじゃった、とかなら逃げ切れるじゃろうが……ありえんよなぁ……

 それ以外にも、彼女の両親も彼女が姿を消して直ぐに、何処かへ引っ越して足取りが掴めぬらしい。

 普通、娘が居なくなったのであれば、マルクス殿を批難するか、必死に行き先を探すじゃろう。

 他にも、平民の女性が、マルクス殿の様な相手と婚姻話が出たのであれば、それは正しく玉の輿、シンデレラストーリーじゃが、件の女性はまさかの逃亡。


 コレはもう、どう考えても何かしらの裏があると思わねばならぬじゃろう。

 で、何故にミアン殿に会っておるのかと言えば、もしもワシが裏で考えておるなら、マルクス殿の様な相手以外にも、有望そうな貴族の子息を狙うからじゃ。

 そもそも、マルクス殿はアマノリア家と言う貴族の子息ではあっても、その女性と出会った時はまだ近衛魔法師団に入隊しておらぬから、唯の貴族の子息ってだけじゃ。

 つまり、ピンポイントでマルクス殿を狙っていたならともかく、もしも、を狙っておったのであれば、他にも似たような話があったはずじゃ。

 じゃが、貴族としては子息が平民の女性と関係を結んだ上に、その女性に逃げられたなんて事が広まったら、貴族としての品格を疑われてしまうじゃろう。

 つまり、もしも同じ事が起きていた場合、子息持ちの貴族でなければ情報共有されぬじゃろう。

 まぁそこまで多くは無いじゃろうが……



 と言う訳で、ミアン殿に話を聞きに来たという訳じゃ。


「マルクス殿の婚約者の話ですか、一応は聞いておりますよ」


 ミアン殿が書類の決裁をしながら答えてくれたのじゃ。

 なんでも、この話は結構有名な話らしく、子息持ちの貴族家では一時期は大騒ぎになったらしい。

 調べた所、他にもいくつかの貴族家で、同じ様に平民の女性と関係を持っておった子息がおり、早い段階で関係を断つか、逆に妾とかにして囲い込む事にしておったらしい。

 ミアン殿の子息は大丈夫じゃったのか聞いたのじゃが、何でも、近衛騎士団に入隊する為に、軍に入隊したばかりで、女性関係なんて考えておる暇は無かったとのこと。


「魔女様はあの件には何か裏があると、お考えなのですね?」


「まぁワシの親かもしれぬ、なんて言われたら気になるからのう。 それに、マルクス殿は近衛魔法師団の副団長、その妻ともなれば平民であろうが相当にメリットがあるじゃろう」


 まぁストレスは半端ないじゃろうが、それにしても夫となるマルクス殿は支えてくれるじゃろう。

 何せ、逃走した女性を10年以上思い続けておるんじゃから。

 ……若干、ヤンデレとかストーカーの気質があるかもしれんのう……


「確かに、近衛魔法師団の副団長ともなれば、相手が平民女性と言えども文句を言う様な相手はいないでしょう」


「その上でなんじゃが、釣書を預かっておるんじゃが、何処ぞで見ておったりせんかのう?」


「拝見します」


 この釣書、まぁ似顔絵じゃな。

 元々はマルクス殿の私物で、彼女が逃げてしまう前に画家に描いて貰った物らしく、借りるだけでも相当に難しかったのじゃ。

 汚したり紛失したりする可能性がある以上、オリジナルを使う訳にもいかぬので、『コピー』を使って同じ物を複製しておいたのじゃ。

 描かれておる女性は流石にカラーでは無く白黒なんじゃが、見た目は、なんとなくワシを大人にして、ショートヘアーにしたような感じじゃ。

 この風貌じゃと、ワシを子と勘違いしても可笑しくはないのう。

 その女性が椅子に座り、微笑んでおるのじゃ。


「名前は『ミヤ』、髪の色は深い緑で瞳はワシと同じ青色、当時の年齢は17歳じゃから……今は30前半じゃな」


「ふむ、残念ですが、私には覚えはありませんね……」


「まぁそうじゃろうのう」


 そんな早く見付かったら苦労はせぬよのう。

 そもそも、これで見付かっておったら、マルクス殿が見付けておるじゃろう。

 それでも見付けられておらぬと言うなら、相当巧妙に偽装して逃走しておるって事じゃ。

 しかし、この女性の目的が見えぬのう……


「やーっと報告書が纏まったぜ、ったく、面倒ったらないぜ」


 そんな事を言いながら、ドミニク殿が入って来たのじゃ。

 クリファレスで内紛からクーデターが勃発しておるから、情報収集専門の暗部じゃと凄い情報量になっておるじゃろうなぁ。

 その証拠に、ドミニク殿が持っておる報告書の厚さは、タウ〇ページも真っ青と言う程の厚みになっておる。

 そして、纏めたと言うからには元々の報告書はこれの倍以上あったのじゃろう。

 ……コレをミアン殿はこれから読む訳じゃな……


「あぁ、それとちびっ子、ドワーフ連中が妙なモン作ってたが、アレはちびっ子の入れ知恵か?」


「妙な物とな?」


「銅のデカイ鍋みたいなヤツなんだけどよ、なんかドワーフ連中が妙に張り切ってんだ」


 あぁ、もしかして蒸留装置を作り始めたのかも知れんのう。

 前に美樹殿が、酒のアルコール度数を上げる方法としてドワーフ達に説明しておったし、最近は建設作業も落ち着いてきたから着手したんじゃろう。

 じゃが、蒸留した酒はしばらく寝かせんと、確かそこまで美味くはならんと思ったが……

 まぁそこら辺は完成したら説明すれば良かろう。


「って訳で、クリファレスから出て来た冒険者連中が話してた内容を、俺なりに纏めておいたんだが、相当ヤバイ状況みたいだぜ」


 ドミニク殿が簡単に説明してくれたのじゃが、まず、武装蜂起で各地に軍が送られた後、王都に第二王子率いるクーデター軍が襲来、それにより王都周辺は大混乱状態となっているが、騎士団と防衛隊で何とか持ち堪えておるらしい。

 防衛には剣聖殿が参加しておる為、なんとか抑えられておるが、防衛に参加しておった冒険者も逃げておる以上、陥落するのも時間の問題。

 そして、コレに乗じてヴェルシュが侵攻するかと思われたが、戦線を維持しておる為、何かしらの策を講じている可能性が高いのじゃ。

 まぁクーデター中に侵略して占領したとしても、維持するのが大変じゃろうから、恐らく、ヴェルシュが動くのはクーデターが成功するにしても失敗するとしても、その後じゃろう。


「そんな訳だから、これから続々と逃げて来るのが増えると思うぜ」


「……ハァ、聞くだけでも頭が痛い話ですね……」


 ミアン殿がそう言って、こめかみを押さえておる。

 後で疲労回復効果のあるポーションでも渡しておこうかのう。

 ドミニク殿がミアン殿の目の前に報告書を置くと、そこにあった釣書に視線を向けておる。

 そして、その釣書を手に取って顎に手を当てて、『へぇ』と声を漏らしておった。


「また懐かしい奴の釣書だな、コイツが何かやったのか?」


「ドミニク殿はこの女性の事を何か知っておるのか?」


「まぁ会ったのはかなり前だが、坊主の家庭教師が終わった後、俺の所に面倒な魔法薬の注文してきたんでな、それで印象が残ってたんだよ。 で、コイツがどうかしたのか?」


 ワシの言葉に、ドミニク殿がそんな事を言ったのじゃった。

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