第137話




 クリファレスにて内乱発生との報告が、ヴェルシュにも届いていた。

 その報告を受けて、此方も軍を国境沿いから多少指示を出してておく。

 こうしておけば、内乱の原因は此方ヴェルシュの策略だ、なんて言われないだろう。

 まぁ内乱になる様に扇動したから、強ち間違ってはいないんだがね。

 後は、終息するまで放置するだけで、あの国の国力はガタガタになる。

 そうなれば、あとは簡単に落とす事が出来る。


「大賢者様、準備の方が整いました」


「はいはい、その状態でしばらく待機させといて」


「今動く方が楽なのでは?」


 『大賢者』である俺専属になっている兎獣人の女性兵士が、不思議そうに聞いてくる。

 俺は手にしていたカップを、ゆっくりと机に置いた。

 確かに、各地が混乱している今、クリファレスを攻めれば、打倒する事は可能だろう。

 だが、此方も相応の被害を受けてしまう事になる。

 ヴェルシュとクリファレスの戦争を調べると、今のクリファレス王になってから、ヴェルシュは各地で苦戦を強いられている事が分かった。

 その原因が、各地に配置された兵士達の実力が、現王になってから上がっている事に起因している。

 それまでは、指揮官や将軍と言った職を、コネや血筋と言った物で決めていたが、現王になってからは実力があれば平民からでも採用されるようになった。

 他にも、各地に補給地点を増やしたり、防衛陣地を構築させていたりと、ヴェルシュ側が苦戦するような政策で、例え攻め落としたとしても、必ず奪還されてしまっている。

 向こうの王様は目先の勝利では無く、結果的に勝利すれば良いという考えのようだ。

 こう言う手合いは非常に厄介だ。

 獣人と言うのはぶっちゃけ、脳筋の集団に近くて、相手を真正面から叩き潰すのは得意だが、搦め手を使う様な相手だと非常に苦戦する。

 勿論、策略が得意な獣人もいる事にはいるが、そう言う奴等は軒並み発言権が低い。

 これは獣人自体の問題だから、短期間で意識を変えるのは難しいだろう。


「今は動かない方が得策なのさ。 何せ、このクーデターが成功すれば、次の王は性格に問題がある第二王子、そうなれば前王がパッと見ただけじゃ分からない隠れた防衛力の意味も分からないだろうから、その段階でこっちの秘密兵器を投入すれば、楽に進軍出来るのさ」


 もし失敗したら、前王のやっている隠れた防衛力の意味を正しく理解している王太子が王位に就く事になるから、非常に面倒な事になるんだけどね。


「成程、愚王をワザと放置して、国力を落とさせるのですね」


「まぁそれ以外にも、陛下の要望もあるから、そっちの方でちょっと手間取ってるんだよね」


 陛下の要望ってのは、単純にこの大陸を統一する事だが、その為にはクリファレスを攻め落とせたとしても、バーンガイアが残る事になる。

 しかも、そのバーンガイアには、人類最強とも言われている『龍殺し』と言う貴族がいて、陛下が言うには、ヴェルシュにいる『城壁崩し』と渾名が付けられた、象の獣人と殴り合って勝利した事があるらしい。

 この『城壁崩し』って獣人だが、その渾名の如く、クリファレスにあった難攻不落と言われていた城壁に囲われていた砦の一つを、城壁をその圧倒的なパワーで粉砕した事でそこが突破口となり、攻略した事で付いた渾名だ。

 巨大なタワーシールドと分厚くて短い鉈の様なショートソードを使用し、文字通り敵を粉砕していく重装兵士。

 そんな奴と真正面から殴り合える時点で、本当に人族か?と思ってるんだが、どう調べてもただの人族なんだよな。

 まぁそんな奴が相手にいるから、それ対策にとあるモノを用意したんだけども、コレを運ぶのが一苦労。

 その材料を運ぶだけで大型馬車を何台も使ってるんだが、馬鹿正直にそれだけを積んでたら流石にバレるから、偽装の為に商品も一緒に運んでいる。

 お陰で、現段階で半分程度しか運べていない。

 ただ、バーンガイアで活動させてるスパイから、クリファレスに近い場所で新しい町が造られているって情報の中に、城壁の出来る速度が異常に早く、大量の収納袋が使用された形跡がある、と言うのがあったが、収納袋自体、それなりに手に入れるのが面倒なのに、それを大量に使うなんて有り得ないだろう。

 収納袋は、基本的にダンジョンでしか入手出来ない。

 偶に、『付与エンチャント』で魔法使いが作ったりするが、それにしても町の城壁クラスの資材を運べる量ともなると、それだけの量を集めるだけでも、相当な数が必要になるから有り得ないだろう。

 どうせ、前々から運んであったのを見逃していたってオチだろう。


 まぁクリファレスのクーデターが終わり、愚王が立って国内の防衛力をボロボロにしてから動く予定だから、輸送は予定通りと言えば予定通りなんだがね。


 すっかりカップの中身が冷たくなってしまったから、中身をゴミ箱に捨て、彼女に新しい物を淹れさせる。


「それ以外に何かある?」


「……それでは、研究所の方からなのですが、あのはいつまで置いておくつもりですか?」


 ゴミ?

 あぁ、エンゴが見付けたあの錬金術師か。

 確かに、あの錬金術師が作ったって言う魔法陣は、雑ではあったけどかなり有用だったし、アレのお陰で本格運用出来るようになったけど、あの程度の腕で作れたのかどうか、とても怪しい。

 実際、研究室の一室を使わせていたが、未だに何の成果も出ていない。

 もう好い加減見切りを付けるべきだな。


「アレはもう用済みだから、適当に投薬実験にでも使っていいよ。 あぁ、エンゴの奴にも一応、有用だったから謝礼出しといて」


「畏まりました」


 彼女に指示を出した後、窓から外を見る。

 本格的に動くのは、多分、夏かそのくらいになるんじゃないかな?

 そんな事を考えつつ、新しく淹れて貰った紅茶を飲み干した。




 研究室の有る地下施設より更に下、何かが腐ったような腐臭、澱んだ空気が充満している部屋の天井の一部が開き、そこから何かが

 床に落ちた際、ベシャリと音を立てるが、ソレはピクリとも動かない。

 投げ込んだ獣人達が、動かない事を確認している。


「よし、廃棄終了っと」


「おい、確認したらさっさと締めろ、クセェだろ」


「鼻が良いってのは辛いねぇ、鼻栓してもクセェってよ」


 徐々に天井の窓が閉まっていく。

 そんな声を聞きながら、床に落ちた男は混濁する意識の中で必死に考えていた。

 何故こうなったのか、何故こんな所にいるのか、何故何故何故……

 体を動かそうにも、指先一つ動かせず、言葉も出ず、視界は歪んで上手く周囲を見る事も出来ない。

 ただ分かるのは、自分がになったから捨てられた、と言う事だけだ。

 こうなる前、研究室にいた獣人の一人が食事を持って来て、それを食べた後、急激な眠気に襲われて、気が付いたらこんな状態になっていた。

 多分、何かしらの薬を使われたとは思うのだが、混濁した思考では答えに辿り着かない。

 そうしていると、部屋の隅からズリッズリッと何かが擦れて移動する音が聞こえて来る。

 だが、落下してきた天井の窓が閉じられた事で、部屋は完全に暗黒になり、何がいるのかすら分からない。

 充満する腐臭、冷たい床、それだけでここにいるのが何かなんて、直ぐに分かりそうなものだが、男はそんな事を考える事は無い。

 ただ何故、と考え続けるだけだった。

 にゆっくりと足先から飲み込まれ、その命が消えるその瞬間まで。

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