第136話




 クリファレスの王都シルヴィンド。

 日も落ちかけた頃、その郊外にある演習場の一つに、一体の魔獣が降り立った。

 巨大な翼と鷹の頭に獅子の体を持った、『グリフォン』と呼ばれる魔獣であり、クリファレス軍では貴重な航空部隊として、勇者達が多く確保した魔獣である。

 そのグリフォンの背から、一人の青年が降り立ち、グリフォンの背に一緒に乗せていた荷物を大事そうに外した。


「はぁ……誠一郎の奴、何処行ったんだ……」


 バーンガイアの新しい町『シャナル』に、誠一郎の我儘に嫌気が刺し、この国から逃げたドワーフ族とエルフ族を連れ帰るという指示を受け、部隊を率いて向かったのだが、誠一郎が相変わらずの我儘っぷりを発揮して交渉は決裂、戦闘になったんだが冒険者ギルドから国際法の『赤旗』が振られて、急遽戦闘は中断。

 誠一郎は真面目に勉強してなかったから、『赤旗』が何なのか分からず、戦闘継続しようとしたけど慌てて止めて、向こうの領主様達と協力する事になったんだが、相手はまさかの龍。

 龍とは、この異世界での最強種族でもあり、基本的に人が敵うような相手じゃない。

 まぁ、結果的には助かったけど被害は甚大、『赤旗』で戦闘続行も不可能と言う訳で部隊は撤退。

 戦闘中に誠一郎が逃げた事を伝える為に、浅子に手紙を持たせて先に帰国させたのだが、3ヶ月経過した現時点でも、誠一郎は戻って来ていない。

 何処かで何かあったのかもしれないと、部隊の一部と共に探し回っているのだが、今の所、手掛かりは無い。


 グリフォンを厩舎に戻して餌と水を与え、自室で寝る為に屋敷に向かう。

 この屋敷は、俺達が自由に弄れるように浅子が購入した物だ。 

 いや、一応、国から与えられた屋敷はあったんだが、連日連夜、誠一郎が女を誘い入れた上に、自身の趣味全開で調度品を集めたから、俺等が住むのが辛くなったんだよな。

 だから、浅子が新しい屋敷を購入して、使用人達も個別に雇っている。

 屋敷の目の前に来ると、騎士の一人が俺を見て敬礼した。


「御苦労様です! お手数ですが、陛下と王太子殿下がお呼びになっておりますので、王城までおいでください」


「着替えたり……は無理だな、分かった、直ぐに向かう」


 こんな時間まで待っていたと言う事は、それなりに緊急の案件なのだろう。

 一応、使用人の一人に、戻りはしたが王城に呼ばれているから行ってくる、と伝え、伝令の騎士と共に王城へと向かう。




 王城で陛下と王太子殿下が、執務室にて待っていた。


「剣聖、進藤お呼びとあり参りました」


「疲れているのに呼び立ててすまないな」


 王太子であるニコラ様が労ってくれるが、一体何の為に呼ばれたのか……

 そう思っていたら、椅子に座る事を勧められる。

 コレは断る方が失礼に当たるので、『失礼します』と断ってから椅子に座った。

 そして、執事が俺の前にカップを置いて紅茶の様な物を注いでくれた。


「急に呼び立てたのは、勇者に付いてなのですが、実は奇妙な報告が上がっているのです」


 ニコラ様が、そう言いながら壁に掛けられていた地図を指差す。

 その報告と言うのが、随分前に第二王子であるジャックス様が私兵を派遣したのだが、その理由が、盗賊騒ぎがありその沈静化の為と言う物だった。

 ただ、国はそんな報告は受けておらず、派遣先も、盗賊が狙う様な比較的大きな街道が少ない場所で、派遣した私兵の一部が戻って来ていないらしい。

 ジャックス様にその話をしても、『一部が残って追跡調査を行わせている』『別に問題は無い筈だ』と言われて逃げられている。

 それを不審に思った騎士の一人が、派遣された場所に赴き、独自の調査をした所、その付近にあった村で、若い娘達が行方不明となり、そうなる前に、黒髪の男が近くに来ていた、と言う事が分かった。

 ただ、その人相は騎士が知る勇者のと違っていたので、もしかしたら別人かもしれないが、その調査報告をニコラ様に上げた事で今回の件が判明した訳だ。


「聞きたいのは、先の黄金龍との戦闘中、勇者は顔面に怪我を負ったのかと言う点です」


 そう聞かれて、あの時の戦闘を思い出す。

 顔面に攻撃を受けて、それを治療すれば人相は変わるだろうが、あの戦いでは怪我なんてしていなかった筈だ。

 確かに、大ダメージを受ける様な攻撃は多かったし、最後の攻撃なんて直撃していたら致命傷だったろうが、それも鎧の防御機能で防いでいた。


「俺が知る限り、そんな事は無かったと思います。 ただ、逃げた先で怪我をしたとかなら、俺にも分かりません」


 そう正直に答えると、陛下とニコラ様が溜息を吐いている。

 実は、ここ最近、ジャックス様と教会がこれ以外にもキナ臭い動きをしているらしく、水面下で武器や食料を集めているという報告も上がってきているらしい。

 ヴェルシュとの戦争は、現状停滞状態になっており、武器や食料は既存の量で充分足りているので、追加で新たな武器や食料を集める必要はない。

 追加で集めるとしたら、それを扱う兵士達なんだが、此方は一朝一夕で増やせるものではない。

 それなのに、そんな物を集めるなんて……


「一体何を考えておるのか……」


 陛下の呟きに、ニコラ様が頷いている。 

 今やらなければならない事は、誠一郎を探してどうにかして連れ帰る事だ。

 ただ、確実なのは誠一郎が大人しく捕まるなんて事は無いという事で、その為に、『シャナル』で新しい武具を作って貰ったのだ。

 それこそが、黄金龍から得た爪を使って作った新しい剣と盾だ。

 誠一郎が迷惑を掛けたゴゴラと言うドワーフ族に頼んで、作って貰ったのだが当然最初は渋られた。

 だが、レイヴンと名乗った青年が説得してくれた事で、新たな剣と盾が誕生した。

 性能は従来の剣や盾に比べて遥かに強く、強靭に仕上がっていて、何とそこそこの威力の魔法なら斬れる。

 なんでも、材料となった黄金龍の爪自体が強力なマナの塊である為、魔法のマナに干渉して破壊出来るのだと言われた。

 原理はサッパリだが、ある程度の魔法と言うだけで、詳しい事は分からないので、気休め程度に考えた方が良いだろう。


 しかし、もしもジャックス様が私兵を送った先で誠一郎を発見したならば、発見したという報告があっても良い筈だ。

 それが無い上に、教会は武器や食料を秘密裏に集めている。


「……ニコラ様、聞きたいのですが、ジャックス様は勇者をどのように考えていましたか?」


 俺の言葉に、ニコラ様がキョトンとした表情を浮かべた後、ジャックス様がどういう風に誠一郎を見ていたかを教えてくれた。

 ニコラ様曰く、ジャックス様は『勇者を崇拝していたが、若干狂信者に近い』と言う感じがしたという。

 それを聞いて考える。

 もしも、ジャックス様が狂信者気味で、崇拝していた対象が危機に陥っていれば、確実に救援を送るだろう。

 だが、それなら発見、保護したという報告がある筈だがそれが無い。

 そして、水面下で行われている謎の行動。

 これらか導き出される答えは……


「……もしかしたら……ジャックス様と教会は誠一郎を使って、クーデターを引き起こすつもりでは……」


 俺の言葉を聞いて、二人の顔からは血の気が引き始めていた。

 もしも、それが本当であれば、クリファレスはヴェルシュと言う外の敵と、クーデター軍と言う内の敵を同時に相手しなければならなくなってしまうという事だ。

 こうなってしまうと、国家存亡の危機となってしまう。

 例え、クーデター軍をどうにか出来ても、ヴェルシュによって外から崩され、ヴェルシュをどうにか出来たとしても、クーデターが成功してしまったら意味が無い。


 そして、陛下は直ぐにジャックス様の一時拘束を命じ、ニコラ様と第三王子であるアレス様に対して直営の護衛を増やし、王女様達に関しても浅子が従魔を派遣する事を決定した。


 だが、ジャックス様がいる筈の屋敷には誰もおらず、懸命の捜索を嘲笑うかのように、数日後、クリファレスの各地で火の手が上がった。

 それの対応に軍が差し向けられるが、扇動した首謀者は見付からず、それどころか、民衆による武装蜂起が続いて行った。

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