第128話




 トマスエル教会の一室で、机の向こう側に座っているザクゼルム教皇に対して、ガレリィ枢機卿が報告を行っていた。

 

「……つまり、第二王子は勇者を無事に保護、研究所の一つに匿う事が出来たという事ですね?」


「はい、意外と良い仕事をしてくれたようです」


 私の報告で教皇陛下が思案に耽っているが、私が思っているのは『あの勇者は馬鹿だ』と言う点ですねぇ。

 何せ、第二王子が私兵を使って確保した後、逃げた理由が『魔法が使えなかったからだ!』でしたから。

 取り敢えず、戦いの様子を『千里眼』が見た限りの範囲で聞いたのですが、根本的な勘違いをしているようですし。

 その後、『魅力』から教皇陛下とクリュネ枢機卿から許可を得たという事で、ほぼ完成している実験薬の投与が決まっているのだが、まだ副作用はあるらしく、勇者に対してもどのような結果になるか……

 最も、別に勇者がどうなろうとも構わないのですが、我等の目の届く範囲にいて貰わないと困りますからね。


「もう一人の方はどうなっています?」


「『大賢者』の方ですが……やはり、此方を相当に警戒しているようで、未だに接触すら出来ておりません」


 獣人が主体となっているヴェルシュ帝国自体、教会を設置はしておりますがあまり信者としては多くありません。

 これは獣人と言う種族全体が、『弱いのは自らの努力が足りぬからである』と言う、問題に対して解決出来ないのは自分の努力が足りないからだという、昔からの考えを持っており、教会の様な『弱者は神に助けを求める』と言う考えが低いからである。

 そして、件の『大賢者』自身も、何故か最初から此方を警戒しているようで、接触を図っているのですが、皇帝の居城から出る事も殆ど無く、出たとしても護衛に囲まれている。

 奴隷の購入時に接触を図りましたが、応対するのは毎回部下の獣人ばかり。

 あの皇帝自身、フバーレイ枢機卿やシャーイル枢機卿とも接触するのは最低限であり、思考誘導で扇動する事も出来ていない。

 その為、クリファレスやバーンガイアの様に、国を乗っ取る様な裏工作がやり難い。

 あぁ、それと伝えねばならない事もありました。


「それと、バーンガイアで失われた『卵』ですが、どうやら一つは冒険者ギルドが回収しているようです」


「冒険者ギルドが、ですか?」


 コレは予想外の事でした。

 ファインガ枢機卿が駆けずり回り、手掛かりも殆ど無かった状態で頭を抱えていた所、破壊された郊外の墓場を片付けていた冒険者の集団が、酔った勢いで『魔石みたいなのを拾った』と言う話をしていたのを聞き付け、詳しい話を聞き出した所、崩壊した壁の近くで残骸の中に埋まっていた赤い魔石を発見し、冒険者ギルドの方に提出したという事だった。

 冒険者ギルドはどの国にも属さない為に、ある意味で一番手を出しにくい組織であり、下手に突っ突くと此方が痛い目を見る事になります。

 なので、ファインガ枢機卿もこちらに報告したのだが、相手が冒険者ギルドでは馬鹿正直に要求しても却下されるでしょうね。

 一応、申請はしてみてはいるのですが、今の所、返事はありませんね。

 クリュネ枢機卿の所の暗部を使っても良いのですが、下手すると此方の存在がバレて、冒険者ギルドとの全面戦争になってしまいますので、いくら何でもそれは避けねばなりません。


「後は……あぁクリュネ枢機卿が行った魔女の排除ですが、どうやら失敗したようです」


 その言葉で教皇陛下の眉がピクッと反応しましたね。

 あの男が自慢げに言っており、一月ほど姿を見ませんでしたので成功したのかと思いましたが、結局、元気に歩いている所を目撃されたので失敗したようです。

 報告では、大怪我はしていた様で、『ジンジャ』と言う施設に担ぎ込まれていた様です。

 どうやら、このジンジャに対しても、情報を手に入れようとしていたようですが、失敗したようですね。

 まぁ報告会でどんな話が聞けるか楽しみにしておきましょう。




 マズイマズイマズイマズイマズイ……

 まさか、あの龍を相手にして生存するなんて予想外過ぎる。

 『ジンジャ』とか言う施設に運ばれたと聞いて、調べようと暗部を送ったが、敷地内にも入れなかった。


「それデ? どうイウ状況だったノ?」


 執務室にいるのは、吾輩以外には、黒い法衣を着込み、顔にもヴェールと目隠しにマスクをしている小柄な少年と、勇者を監視していた『千里眼』だけだ。

 彼等に『ジンジャ』を探らせたのだが、悉く失敗しているのだ。

 『千里眼』は遠くから中を見ようとした瞬間、片目の網膜が焼かれてのた打ち回り、治療を終えたばかりだ。


「俺が見たのは、此処の尖塔からなんですがね、あの……壁を超えた辺りですね、何か見えた瞬間にまるで焼けたフォークで目ン玉を掻き回された感じですわ」


「何カ?」


「はい、なんか、こう……赤い服着た子供?みたいな人型が見えたんですが、アレがなんだったのか……」


 その人影も気にはなるが、もう一度見れないのか聞いてみたのが、『ジンジャ』に対して能力を使おうとしても発動しなかったらしい。

 一体、どういう事?

 まるで、異能力を封じられている様な感じだが、『ジンジャ』以外では使えるらしい。


「……それで『女王蜂』は?」


 そう聞くと、少年が鞄から取り出した紙を、吾輩の机に置いて何か書き始める。


『蟲何処も入れない、だから入る冒険者に付けた、壁超えたら全部死んだ』


 ……つまり、此方も情報が無いという事になる。

 諜報戦であれば、何処の組織でも『女王蜂』を超える相手はいないだろう。

 『女王蜂』は虫を操作し、その感覚を共有して諜報活動を行う事も出来る上に、毒虫を使えば暗殺する事も出来る。

 今回も、確実に『魔女』を排除する為に、『ジンジャ』に運ばれた後、『女王蜂』には情報を調べる事と、毒虫を使っての暗殺を指示していたのだが、敷地内に入る事すら出来なかったというのは、此方は相手に警戒されているのは間違いないだろう。


「ラカントを呼んデ」


 吾輩の指示で、此処にラカントが呼ばれたのだが、その眼の下にはくっきりと隈が出来ている。

 あの後、破損した結界装置を修復する為に、大半が殆ど睡眠も取れず、ラカントも情報を集める為にあっちこっちに動いていた。


「……クリュネ枢機卿様、一体、何用でしょうか……?」


「すまないネ、『ジンジャ』の事に付いて聞きたいノヨ」


 当然、宗教施設である『ジンジャ』に付いて、この男は調べているだろう。

 そうして、ラカントが調べた範囲では、かなり独特の宗教らしく、偵察も兼ねての今回の『魔女』の治療を提案したが、断られたと言う。

 そして、敷地内に入ろうとしたが、入った瞬間にゾクゾクと背筋が凍る様な感じがして、逃げ帰る事になり、以降、信者を使って監視をしようとしたのだが、何故か誰も『ジンジャ』に辿り着けなかったのだという。

 この町はまだまだ建設途中で、それなりに見通しも良く、目的地に行くのは簡単のハズだ。

 それなのに、信者の誰もが『ジンジャ』に辿り着けず、必ず問題が起きて中断をしているのだ。

 一人は、大通りを歩いていたら、丸太を担いで運んでいた作業員が呼ばれて振り返った際に、丸太が頭に直撃し教会に担ぎ込まれ、調べたが作業員の方も唯の偶然であり、事件性は確認出来なかった。

 もう一人は、別の道から向かったのだが、冒険者ギルドの横を通過した際に、飛び出してきた冒険者にぶつかって弾き飛ばされ、手を付いた所で何故か釘が飛び出しており、それでざっくりと切ってしまい、冒険者ギルドで治療を受ける事になってしまった。


 大小様々だが、必ず何かしらの問題が起きてしまうのだ。

 それ以外にも、最近ではその面々が眠ると悪夢を見る様になり、殆ど眠れていないという。


 まるで、あの『ジンジャ』は見えない力で守られているかのようだ。

 まさか、我等の神以外に、奴等が言っている『女神』とか言う存在が本当にいるとでも言うのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る