第125話




 バサリと翼を動かし、大空を一直線に突き進む。

 我の手には、巫女により新たな力を得た我が『器』を握られている。

 ここまで『器』に神力が満ちているのも初めての事だ。

 いつもはこれの半分も満ちていれば良い方だが、はち切れんばかりに充填されている。

 我の今の器も、この『器』と比べればその神力の量は雲泥の差、コレに移る時が楽しみになる。

 

 寝床に戻り、地面に穴を掘ってそこに新たな『器』を置き、その上に寝転ぶ。

 これで盗まれる事は無いだろう。

 外に出る必要がある場合は、他の眷族に見張りを命じるか、頼みたくは無いが、白銀に頼めば良かろう。


『黄金、やっと戻ったのですね』


 そんな声が上から聞こえて来たので見上げると、光を反射して煌びやかな白銀の龍が降りて来ていた。

 若干、その言葉に怒りの感情を感じ取れる。

 むぅ、流石に留守にし過ぎたか。


『すまんな白銀。 だが、その見返りはとんでもない物だったぞ』


『眷族の一部を失い、両手の爪に、牙と角を一本ずつ無くした以上の収穫ですか?』


 白銀に言われた通り、我の両手の爪は半ばから折れ、片方の牙と角は根元から折れて無くなっている。

 ……これには深い理由があるのだ。




『コレは想定以上だ……』


 巫女が神力を充填すると言うので、ほぼカラの『器』を作り、巫女が手を添えてどんどん神力を送り込んでいるのだが、その量が尋常ではない。

 我ですら、コレまで『器』の半分も到達した事も無いのに、今回の『器』は巫女の手により、はち切れんばかりまで、貯める事が出来ている。

 盗まれた『器』と比べても、この『器』は余裕で数個分に匹敵する。

 次にこの『器』に移った時、凄まじい強さになるだろう。


「うむ、ちょーっと入れ過ぎたかもしれんが、足りぬよりは良いじゃろ」


「何が『入れ過ぎた』だ。 この後どうするつもりだ」


 巫女と、その兄と名乗った若者が何やら言い合っておるが、我は満足だ。

 しかし、これだと我にだけ得がある状態になってしまうな。

 ふむ、それなら……


『巫女よ、この『器』は思っておるより遥かに良い物だ。 それに、我のせいで多くの者に迷惑を掛けてしまった。 人間の世界では、迷惑を掛けた相手には何か侘びの品を渡すのであろう?』


 『器』を地面に置き、我の両手の爪を噛み千切る。

 ペッと吐き出し、10本の爪を老いた男の前に置く。


『まずは、我が眷族が掛けた迷惑に対し、我が爪を渡そう』


 確か、爪でも龍の物は相当な価値になったはずだ。

 10もあれば、十分だろう。


『次に、巫女の兄に対してだが、我が鱗を砕く一撃は見事だ、褒美として我が眷族を渡す訳にはいかぬが、代わりに我が牙を渡そう』


 バキリと片方の牙を折って、巫女の兄の元に置く。

 牙も別に時間が経てばまた生えて来るので、別に問題は無い。


『最後に、巫女に対してだが……巫女には『器』の事もある。 故に、我が角を渡すとしよう』


 我の頭には後ろに向けて伸びている角が2本ある。

 その片方を掴み、一気に圧し折る。

 牙を折るよりもかなりの痛みがあったが、巫女を殺し掛けたのだから、この程度の痛みは我慢する。

 ズキズキと折れた所が痛むが、我慢しながら、黄金の角を巫女の前に置いた。


『それでは、迷惑を掛けた。 今代の巫女がいる限り、我等はここの人間には手を出さぬと誓おう』


 そう言い残し、我は『器』を大事に抱えて、空へと飛び立ち、竜山にある寝床に戻ったのだ。



 そして、今に至る。

 そう白銀に説明したのだが、白銀の奴が盛大に溜息を吐いている。

 なんだ?


『貴方は馬鹿ですか? 女神様から信託も無いのに、巫女が産まれている訳が無いでしょう』


『しかし、コレを見よ。 神力を扱えるのは巫女だけだ』


 我の新たな『器』を見せると、白銀が目を見開く。

 何度見ても驚くべき物だ。

 神力を扱えるだけでなく、人の身でありながら、我の『器』を完全に満たせるというのも脅威的なものだ。

 もしこれで巫女で無い、というのであれば、あの小娘は人の形をした神の一柱であろう。


『しかし、信託が無いというのは……』


『うっかり忘れておるだけかもしれんであろう。 神と言えど完璧ではないのだ』


 『神と言えど完璧ではない』、我等が神獣として最初に女神様より言われた事だ。

 何でも、我等が暮らすこの世界は、過去に神の犯した間違いにより、一度滅んだと言われ、現在はその神を更迭して、現在の女神が立て直した世界なのだという。

 故に、女神であっても全幅の信頼をせずに、自分自身で考えて行動をする様にと言われている。

 今回で言うなれば、あの小娘が神力を使い、熊の神獣を従えている以上、今代の巫女なのであろう。


『取り敢えず、我は『今代の巫女である』と考えて行動をする事にしておる。 白銀も気を付けよ』


 説明はしたが、白銀も神獣の一体である以上、盟約により攻撃を仕掛ける事は出来ぬ。

 まぁその内、巫女に紹介するのも良いだろう。

 取り敢えず、新たな『器』に我が神力を必要がある。

 しばらく、我は『器』の上で眠るとしよう。

 もし、何かあったら白銀よ、頼んだぞ。




 さて、ワシ等の目の前には、黄金龍殿から侘びとして爪10個に牙1本、角1本が置かれておる。

 爪に関しては、ヴァーツ殿と剣聖殿に1個ずつ渡し、残りの幾つかを冒険者ギルドを通して売買し、防衛に参加した面々と、大量の資材を放出した商業ギルドに支払い、それでも余った分は……どうするんじゃろ?

 そう思っておったら、ヴァーツ殿は、竜の移動により被害を受けた場所はワシ等だけではない筈として、ヴェルシュ帝国にも幾分か支払って、それでも余るじゃろうから、そこはワシ等にも爪の状態で渡し、個人でどうするかは自由にするとべきだろう、と言うのが、ヴァーツ殿の考えなのじゃ。

 しかし、ワシと兄上は爪より遥かに価値が高い牙と角じゃからのう……

 取り敢えず、兄上はどうするのじゃ?


「……剣でも作れるか?」


 ううむ、龍の、それも神獣のこれだけ立派な牙で作るとなると、相当な業物になるのじゃが、加工は相当難しいのう。

 少なくとも、コレはワシだけでは作れぬ。

 となれば、町の方におるドワーフ達に協力して貰わねばならぬのう。


「で、お前の方はどうすんだ?」


 ワシの方は、まぁ色々と使い道があるからのう。

 削って杖の素材の一つにしても良いし、武具に使っても良いし、それこそポーションの素材にもなる。

 取り敢えず、ワシの方は杖の強化に使って、他にも色々と使う予定じゃよ?

 流石に、黄金龍殿がくれた物じゃから、ちゃんと使わねばの。



 結局、冒険者ギルドのクラップ殿が『コレだけで十分過ぎる!』と爪を4個持って行き、残り4個は商業ギルドにと思ったら、商業ギルドは1個だけで残りは辞退し、ヴェルシュ帝国に1個送る事になったのじゃ。

 最終的に、2個余ったのじゃが、コレはヴァーツ殿と剣聖殿に進呈する事にしたのじゃ。

 流石にワシ等は牙に角と言う破格の物じゃから、コレに爪まで貰う訳にはいかぬよ。

 そう説明し、剣聖殿にはドワーフの職人により、新たな剣と防具一式を作る事にし、ヴァーツ殿は防具を作るだけで、爪の一個は領都で保管しておくらしい。



 そして、冒険者ギルドが発令した赤旗に関してじゃが、最低でも半年は効果が残り、その間はバーンガイアへは何処も侵攻出来ぬという訳で一安心なのじゃ。


「それで魔女様、黄金龍殿と戦う前に言っておった『アレ』とは一体なんなのですかな?」


 安心しておったら、ヴァーツ殿がそんな事を聞いて来たのじゃ。

 そう言えば、そんな事も言っておったのう。

 まぁアレに関しては、ワシが寝てる間にテストも終わっておるじゃろうから、そろそろヴァーツ殿達にも話して協力して貰った方が良いかの。

 それでは、それぞれやる事が終わったら、ワシの自宅に集合じゃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る