第122話




 クソクソクソクソクソクソクソッ!

 ふっざけんなっ!

 なんだよあのバケモン!

 進藤の奴が光る球の爆発で吹っ飛んで、大怪我してやがった。

 『剣聖』の防御スキルを使ってたのにだぞ!?

 あの大怪我じゃ、どうやっても助からねぇ。

 寧ろ、あのバケモンが治療なんて時間くれる訳ねぇ!

 そして、あのクソガキがトンでもねぇ魔法使って、光る球を全部撃ち落としてやがった。

 あんな魔法、見た事もねぇし、あのクソガキがもしかして『大賢者』か?

 でも、話じゃ大賢者は帝国にいるんじゃなかったか?

 ……そうか、帝国にいるってのは、俺達を騙す為の偽情報だったんだな!

 で、あのクソガキがバケモンの注意を引いてくれたんで、即行でここから離れる。

 運よく、最初に使った姿隠しのマントは無事だからな。


 『勇者』のクラスを選んで、身体能力も上がったんで、この場から離れるのは簡単だった。

 唯一の問題なのは、あの場に剣を置いてきちまった事だ。

 流石に回収する暇が無かったし、鎧の防御魔法が全部砕けちまったから、もし、あの攻撃を喰らったら、勇者である俺までやられちまう。



 かなり離れた所で、走ってきた方角を見る。

 今頃、あのバケモンに全員やられちまっただろう。

 そう思った瞬間、ガクガクと膝が震え始める。


「……あ?」


 足にまるで力が入らず、その場に膝を付いちまった。

 そして、ダクダクと体中から汗が噴き出し、口からガチガチと音が聞こえる。

 なんだよ、何なんだよ!?

 こんなんまるで……まるで勇者の俺が怖がってるみてぇじゃねぇかよ!?




「あーらら、ありゃもう駄目なんじゃね?」


「どんな状況なの? 『千里眼』」


 そんな勇者である誠一郎を遠くから見ている3人組がいた。

 蒼白いローブ姿で、一人は『千里眼』と呼ばれ、かなり高い身長に、妙に浅黒い腕を出して、額に手を当てて見ている。

 もう一人は、同じローブを着ているが小柄で、気だるそうに岩場に腰掛けている。

 その二人とは離れた場所に、同じローブ姿のもっと小柄な者が立っている。


「んー……散々調子に乗ってたけど、現実を知って心折れた状態って感じ?」


 その言葉を聞いて、小柄な方が溜息を吐いている。

 そして、ローブの下から望遠鏡を取り出して、それを覗き込んだ。


「何アレ、ただのガキじゃん」


「だから言っただろ、もう駄目なんじゃね?ってよ」


「……ハァ、あんなのでも、教皇陛下が御所望なのだが……アレではなぁ……」


「アレを見る限り、当初の計画では駄目だな」


 『千里眼』が腕を組み、むむむむ、と唸る。

 そして、何か思いついたのか、ポンと手を叩いた。


「駄目なら、俺等で育てちまえば良いじゃねぇのよ」


「……一理あるが、どうやって協力させるって問題はあるでしょ?」


 呆れた様に小柄な方が言うが、チッチッチと『千里眼』が指を振る。


「育てるってのも、別に真面目に訓練とかしてやる訳じゃねぇよ」


「……成程、アレを使うのか」


「丁度良いだろ? どうせなんだしよ?」


「一応、教皇陛下に確認は取るがな、それでは『跳躍』は借りるぞ」


「ちょちょちょーぃ待ち、俺っちにアレを追い掛けろってのか?」


 『千里眼』が慌てた様に言うが、『私はコレから国に戻って許可が出れば、クリュネ枢機卿様の所に行ってから、王都に行くのだが? 私にその距離を歩けと?』と言われて黙らされた。

 そして、二人の姿はそこから消えた。


「ハァ……だりぃ……まぁ最悪、行く場所を見てから、のんびり追い掛けりゃ良いか……」


 そう呟いた『千里眼』は、遠くで震えている誠一郎を呆れた様に見ていた。




 一方、クリファレス王は勇者に対しての苦情に頭を痛めていた。

 それ以外にも、勇者によって貴重な迷宮産業を一つ失い、最高の技術を持っていたドワーフ達も消えた。

 王国としては大損害であり、本来であるなら拘束して牢へとぶち込みたいのだが、勇者の強さがそれを不可能にしている。

 クリファレス王国最強の前近衛騎士団団長が、殆ど手も足も出ず、同じ異世界人である『剣聖』ですら勝てないのだ。

 殲滅を覚悟して、騎士団を全部投入すれば拘束は出来るだろうが、そんな事をしたら帝国との戦争に負けてしまう。

 だが、今回の件で最早、勇者を自由にしておく訳にはいかなくなった。


 怒れる龍を説得で静められそうだったのに、勇者の不意打ちにより大激怒させて大被害を受けた、と言うバーンガイア国からの苦情と、冒険者ギルドの赤旗が出されていたのに、それを無視して戦闘を続行しようとしたと、冒険者ギルドからの警告。

 そんな筈はと調べさせようとしたら、異世界人の従魔師である水川殿が、剣聖である進藤殿と『龍殺しのルーデンス』から連名での書面が届けられた。

 それには今回の事の経緯と、勇者をこれ以上野放しにしていたら、国益を損なう以上に危険過ぎるとあり、同じ異世界人ではあるが、『隷属の首輪』で行動を縛った方が良い、と書かれていた。


「陛下、いえ、父上、どうするのですか?」


「……お前か、何、勇者の被害と国益を考えれば、普通は国益を取るべきなのだが……」


 目の前にいる若者は、第一王子である王太子の『ニコラ』。

 聡明ではあるのだが戦争反対派の筆頭でもあり、勇者に対しても懐疑的で、度々、勇者の強さを崇拝している第二王子とは衝突を繰り返している。

 その第二王子はニコラと違って好戦的で、捕虜は条約に則ってはいるが、それ以外では非道な実験もやらせている。

 そして、一方的に王太子であるニコラを敵視しており、引き摺り下ろそうと色々と水面下で動いているという情報も上がっているが、証拠を残さぬ為に処罰出来ない上に、証拠が見付かっても第二王子まで辿り着けない。


「……帝国との戦いを考えれば、今、勇者を手放す訳にはいかぬ。 だが、このままだと国そのものが危機に晒される事になるが、首輪で縛ると柔軟な行動が出来なくなるという問題があってなぁ……」


 そして、表立って問題にはなっていないが、迷宮で死亡した遠藤殿の残した書き物から、『ジュウ』と『バクダン』に関する情報を調べさせているのだが、まるでスライムが這った後の様な文字ばかりで、解読させてはいるが殆ど進んでいない。

 戦争で使える技術だと勇者が言っていたので、研究するように命じていたが何処にあるのやら……


「……父上、国益を考えれば勇者だけでなく、帝国との戦争も見直すべきです。 戦争で国は疲弊し、民も裕福な者は一部だけで、末端では貧困が広がっています」


 ニコラの言う通り、長い戦争で裕福になっているのは、戦争需要に係わっている武器商人の貴族ばかりで、末端の民は貧困に喘ぎ、教会の救済を受けている者が多い。

 だが、帝国との戦争に負けてしまえば、民全員がの奴隷となってしまうだろう。

 それだけは、何としても避けねばならぬ。


「……陛下、獣人はそんな事はしません。 彼等もこの地に生きる者なのですよ?」


「そう思っておるのはお前だけだ、あの獣付き共はいつか必ず、人族に牙を剥く」


「それは、互いに相手の事を知らな過ぎるからです、まずは休戦し、互いに納得出来る形で徐々に手を取り合えば……」


 二人の話は何処まで行っても平行線にしかならず、いつも結局、喧嘩別れに近い形で終わってしまう。

 ただ、この日は最終的にクリファレス王が折れる形で、『勇者をこれ以上好き勝手させては、国そのものが無くなる危険性がある』、『勇者が国に戻り次第、手段は問わず隷属の首輪を使用して行動を縛る』と言う事になった。




「父上もクソ兄貴も、勇者様を何だと思ってんだ!」


 そう言って爪をガリガリと噛んでいるのは、第二王子である『ジャックス』。

 先程、第二王子である彼の所にも、『勇者を発見したら誘導して捕らえる』と言う指示が来ており、下手に匿う事が出来なくなっていた。

 このままだと、勇者が勇者でなくなってしまう。

 しかし、それに抗議しても、王太子であるクソ兄貴の意見が優先され、第二王子である自分の意見は大抵が不採用になる。

 どうするべきかと考えていたら、扉がノックされた。


「誰も入れるなと言った筈だ!」


 自分の指示を無視されたと思い、怒りが込み上げて来るが、一向に返事も何もなく、扉の下から折り畳まれた紙が差し込まれているのに気が付いたのは、しばらく経ってからだった。

 その差し込まれていた紙を引き抜き、広げてみる。

 そこには、このままでは勇者様が亡き者にされ、クソ兄貴の政策で国が倒れてしまうから、自分が国王となり、勇者と共に帝国を打倒して欲しい、その為の協力は惜しまないので、手始めに勇者を救助して匿って欲しい、と言う事が書かれており、匿う秘密の場所がいくつか指示されていた。

 かなり胡散臭い内容だが、自分が勇者様を救う事が出来るのと、次期国王になる事が出来ると言うのは魅力的な提案だ。

 取り敢えず、紙に書かれている内容を信じ切る訳にはいかないが、勇者様がしている場所に、私設の騎士団を秘密裏に派遣し、勇者様を救うべきだろう。

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