第121話
まさか、今代の巫女が現れていた等と、我は聞いておらん。
と言うより、この状況は非常に不味い。
知らずとはいえ、今代の巫女を死なせてしまったら、古き盟約を破った事になってしまう!
『えぇい、だとするならば、死なせる訳にはいかぬ!』
我にとっても死活問題となる。
眷族達に攻撃を止めて離れる様に指示を出し、ゆっくりと地面に降り立って巫女の近くにおる熊の神獣に近付く。
ううむ、我は新たな神獣が送られた等、聞いておらんのだが……
『よく聞け、その巫女を助けたければ我の言う通りにするのだ』
我は巫女と契約しておらんから、直接の手助けが出来んから、指示を出す。
まずは、お前と巫女には神力で繋がりが有る筈、それを集中して探れ。
何? そんなの分からんだと?
契約しておるなら、分かるはずだ。
そう、巫女と繋がっておる部分が分かれば、そこから少しずつ神力を送り込むのだ。
絶対に一気に送り込むんじゃないぞ?
そう、それをしばらく続けておれば、取り敢えず命は助かるだろう。
後は、巫女自身の回復力に期待するしかあるまい。
「よし、ベヤヤはコイツを瑠璃の所に連れて行って休ませてやれ、ヴァーツ殿、剣聖と馬鹿を回復させて同じ様に」
「レイヴン殿はどうするのだ?」
「……交戦の意思が無いのなら、黄金龍と話しをしておく」
ふむ、この黒髪の男は巫女と似た雰囲気を持っておるな。
熊が巫女を浮かせ、慎重に運んでおるが、アレはあの熊の能力か?
老いた男も、最初の一撃で吹き飛んだ男を回復させている様だが……
「さて、さっきまでこっちを殺そうとしていた筈だが、一体どういう事だ?」
『我等には、必ず守らねばならぬ『古き盟約』がある』
我等神獣は、女神よりこの世界に産み落とされた際、いくつかの『決まり』を定められている。
その一つが、どのような理由があっても神獣同士での戦闘の禁止だ。
我が言うのも何だが、我は強い。
我に匹敵する他の神獣もいる。
そんな神獣達が、本気で互いの生死を掛けて戦闘を行った場合、簡単にこの世界は崩壊の危機に瀕してしまうだろう。
故に、女神によって神獣同士での戦闘を禁止されている。
そして、巫女。
神獣と契約出来る唯一の存在であり、女神より選ばれる為に滅多に現れぬ。
前の巫女がいたのも、何百年前だったか?
その時も、契約しておったのは我では無く、犬っころと契約しておった。
女神により選ばれた巫女を、我等神獣は率先して守る事を定められている。
そんな巫女を、我等神獣が殺害してしまうと、女神の意思に反してしまう事になる。
それが事故であれ故意であれ、巫女を殺害してしまった、という事には変わらぬのだ。
我等が『古き盟約』を違反すれば、神獣は神獣としての格を失い、唯の獣となってしまう。
『つまり、あの神獣がここにおる以上、我は手出しが出来ぬ上に、巫女がおるならば余計だ』
「……その神獣ってのはベヤヤの事か?」
黒髪の男は察しが悪いのか?
それとも、あの熊が神獣だと気が付いておらぬのか?
「まず、大前提だがベヤヤは魔獣だ。 エンペラーベアと言う魔熊なんだが、魔獣は進化したら神獣になるのか?」
『そんな事はありえん、魔獣は何処までいっても魔獣のままだ。 神獣は女神よりこの世界に産み落とされた時から神獣なのだ』
この男は一体何を言っているのだ?
あの神獣が元魔獣だと?
「取り敢えず、そこら辺はアイツが回復したら確認だな……それよりも、改めて聞きたいんだが、この地に来たのは、『器』とか言うのを探しに来たと言っていたが、その器ってのは一体何なんだ?」
『『器』は『器』だ。 我等神獣が今の器の生を終えた時、新たな器へと魂と神力を移す。 その為に、我等は新たな器を生み出し、長い時を掛けて神力を注ぎ込んでおくのだ』
「……つまり、死んだ時に、魂がその器とやらに入る事で、新たな生を得られる……人で言う所の『転生』に近いのか? そもそも『神力』ってのは何だ? マナとは違うのか?」
人間の転生とは違うだろうが、概ねそのような感じだな。
違うのは、我等は新たな器に入っても、知識も記憶も完全に引き継いだ状態になる、と言う点だ。
『神力とは混ざりの無いマナの事だ。 通常、マナを持っている者は、地火風水を含む何かしらの属性に染まっているが、そのどれにも染まらず、純粋無垢なマナの事を我等は神力と呼んでいる』
「で、今回、その『器』が盗まれて、ここでその反応を感じ取ったから報復に来た、と言うのは分かったが、大前提としてここに来るまでに、最低でも人間の足じゃ半年以上掛かる上に、龍以上の移動速度を出せる従魔もいない以上、考えられる事はいくつかあるが……」
ふむ、確か、巫女も同じような事を言っておったな。
「取り敢えず、これ以上はアイツが目覚めないとどうにも出来んな……『器』探しには協力しようとは思うが……どのくらいの大きさでどんな形状をしているんだ?」
うむ、我の器は、楕円状の球で、大きさとしては……そこの男が入れる程だな。
「ヴァーツ殿、剣聖は治療出来たのか?」
「剣聖殿は回復出来たのだが、不味い事が分かった……勇者が何処にもおらぬ」
勇者と言うのは、最初に不意打ちをしてきたあの雑魚の事か?
あんなのが勇者とは……先が思いやられる。
それなら、この男共の方が余程勇者に相応しいだろう。
「何処にもいないってのは?」
「多分だけど、鎧の防御魔法が全て破壊されたから、逃げたんじゃないかと思う」
老いた男に肩を借りておるのは、あの雑魚と共に吹っ飛んだ若者か。
相当な怪我をした筈だが、もう回復しておるのか。
「防御魔法?」
「発動させると、鎧に装填してある魔石が砕けて、即死に近いダメージを受けても肩代わりするって言う防御機構だよ、 転がった時にバリンバリン音がしてたから……」
剣聖と呼ばれておる若者が説明しておるが、そう言えば、この若者からはマナを感じられぬ。
もしや、偏屈な場所に住んでおるという古き民か?
「……となると、さっさと国に今回の顛末を報告した方が良いだろう。 あの馬鹿の性格を考えれば、自分に都合が良い事しか報告しないだろうしな」
人間とは欲深い生き物だ。
自分の手に余る物に手を出し、それによって被害を受ければ、他者に責任を押し付けようとする。
あの勇者とか言う男はその典型であるだろう。
「それなら、こっちの部下にテイマーがいるから、彼女に手紙を持って本国に飛んでもらえば、誠一郎より早く付ける筈だ」
「……信用出来るのか?」
「誠一郎の件があるから、信用出来ないかもしれないが、彼女なら大丈夫だ。 元々、彼女は戦争も今回の件にしても反対していたから」
そう言って、老いた男と剣聖が町の方へと歩いて行った。
さて、こうなれば後に残るのは……
『巫女が目覚めるまでは、待機させてもらうとしよう』
「あっちにいる眷族は帰って貰いたいんだが?」
『問題は無い、生き残った眷族は既に撤退の指示を出しておいた』
倒された眷族に関しては仕方がない。
我等は弱肉強食。
それに、半分以上は生き残っておるから、ゆっくりと帰れば良い。
怪我をした個体も、数日様子を見れば回復するだろう。
む、何を溜息を吐いておるのだ?
「いや、単純にこの場に残られたら、面倒事が起きそうだと思っただけだ」
ふむ?
我は別に気にせぬが?
そう言ったら、この男、また溜息を吐きおった。
我が何か間違っておるのか?
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