第114話




 兄上が一瞬で勇者馬鹿の懐に飛び込み、その首目掛けて剣を横薙ぎに振るうが、ワシの張った対物理結界で首の薄皮一枚を斬っただけで、何とか止める事に成功したのじゃ。

 と言うか、この時点でやっと勇者は攻撃された事に気が付いたんじゃが、遅過ぎるのう……

 取り敢えず、両方に追加で拘束魔法を使って動けぬ様にした後、ヴァーツ殿に緊急事態が起きた事を知らせるのじゃ。

 一応、倒れておる3人にも拘束魔法を使っておく。


「3つ鐘に赤旗ですと!?」


 ヴァーツ殿もワシの連絡に驚いておる。

 それほど、3つ鐘に赤旗と言うのは恐ろしいモノなのじゃ。


「クソチビ! さっさと魔法を外せよ!」


「おい、まずはこの拘束を解け」


 兄上がそう言うが、解いた瞬間に斬り飛ばしたら駄目じゃぞ?

 一応、緊急事態なんじゃから、そんなんでも役には立つじゃろ。


「誠一郎! さっきのは一体どういうつもりだ!」


 ぉ、剣聖が何か怒っておるが、まぁさっきの攻撃はヴァーツ殿が防がねば、全員危険じゃったからのう。

 まぁ怒って当然じゃな。

 

「足手纏いのお前が悪いんだろうが! さっさと逃げとけよ!」


「お前って奴はっ!」


 あーそう言うのは後で自陣で好きなだけやって欲しいのじゃが……

 そうこうしておったら、八本脚の馬に乗った革鎧を来た兵士風の男がやって来たのじゃ。

 兵士の見た目は、深い緑色の髪を短く切り揃え、見た目は……年齢は50代くらいかのう。

 ただ、鉢金に面頬を付けておるから、見た目より上下するかもしれん。


「戦闘行為を停止せよ! 冒険者ギルドより赤旗が掲げられた! 双方は戦闘行為を停止せよ!」


 そんな兵士が、良く通る声でワシ等より少し離れた所から警告するのじゃが、相も変わらず、勇者は騒いでおる。

 『邪魔するな』とか、『俺の手柄が』とか喚いておるが、いや、赤旗が出とるのに攻撃を継続したら駄目じゃろ。

 と言うか、相変わらず勇者がやかましく騒ぎまくっており、いい加減五月蠅いから黙らせようと思ったのじゃが、もしかして……


「のうお主、もしかして赤旗が何か知らんのか?」


「あぁ!? んな事知るかよ! それよりもさっさと解放しやがれ!」


 マジかー、ある意味、この『赤旗』は世界的にも一番大事な事なのに、まさか勇者が知らんとは……

 あ、剣聖が呆れておる。

 どうやら、剣聖は赤旗がどういう意味なのか分かっておる様じゃな。


「取り敢えず、此方からはヴァーツ殿と兄上にワシが参加じゃが、そっちからは……」


「何が赤旗だ! どうせ負けそうになったからグルになって妨害しようってんだろ!」


 ……もうこの阿呆は麻痺魔法で黙らせておいた方が良いんじゃなかろうか。

 そんな事を考えておったら、馬に乗った兵士がこっちにやって来たのじゃ。

 

「……冒険者ギルドの赤旗を無視すると言うのが、クリファレス側の総意と判断するが良いのか?」


「ウゼェんだよ! どうせそいつ等とグルなんだろうが!」


「少し黙ってろ誠一郎! 此方も直ぐに戦闘行為を停止する!」


 ギャーギャー喚く勇者を無視して、剣聖が後方の部隊に停止命令を出しておる。

 さて、八本脚の馬に赤旗とはかなりの緊急事態じゃのう……


 と言うのも、八本脚の馬は『スレイプニル』と言う駿馬の魔獣で、とても個体数が少なく、冒険者ギルドが保護しており、その為に冒険者ギルド以外では所有が認められておらぬ。

 そして、冒険者ギルドが二つの赤旗を掲げ、3度鐘を鳴らすというのは、緊急事態の中でも特定の事を知らせる国際法で認められた方法なのじゃ。

 その特定の事と言うのが、『大規模な魔獣による大災害が起きた、もしくは起きうる可能性がある場合』、つまりは『スタンピード』が何処かで発生した場合か、発生する危険性が確認された時なのじゃ。

 この国際法は『対魔獣法』とも呼ばれておるんじゃが、これはどの国も調印しており、何なら、国に属さぬ少数民族も調印しておる。

 もしも発動した場合、解除されるまで調印したすべての国は、紛争を含むあらゆる戦闘行為を停止して事態の収拾に協力する、と言う物なのじゃ。

 今回、もしも勇者馬鹿の言動により、クリファレスに赤旗を守る気が無い、と判断された場合、クリファレス王国の領土内でスタンピードが発生しても、何処からも協力が得られず、何ならその混乱に乗じて領土を侵略されても文句は言えないのじゃ。



 実際、かなり昔にクリファレスとヴェルシュの境目にあった小さい国が、ヴェルシュにあった迷宮が溢れてスタンピードが発生し、冒険者ギルドから赤旗が掲げられた際、紛争状態だったクリファレス側も戦闘行為を停止し食糧や治療薬を送り、ヴェルシュがスタンピードの対応に追われている所で、いきなりヴェルシュに対して宣戦布告。

 あっという間に近くの領地の殆ど掌握、自らを『獣王国の獣王』と呼称し、ヴェルシュがスタンピードを終息させるまでに国土の半分を侵略したのじゃが、獣王軍は帝都を目の前にしておきながら急遽反転。

 なんと、獣王国の国内でスタンピードが発生し、獣王国にあった冒険者ギルドが赤旗を発令したのじゃ。

 獣王国は終息の為に動いたのじゃが、当然の如く、クリファレスとヴェルシュも行動を開始したのじゃ。

 最も、どちらも救援では無く侵略じゃけどな。

 結果的に言えば、スタンピードが終息するまでに獣王国は消滅、クリファレスが獲得した領土は、そのまま現在の教会の総本山となっておる。

 獣王もヴェルシュ側に捕らえられ、『赤旗が発動していたのに侵略された!』と裁きの場で叫んだのじゃが、『先の我が国が同じ状況になった際、獣王国は赤旗を無視して我が国の領土を侵略した、つまり、獣王国は対魔獣法に調印していても、それは無効と言う事だ』と黙らせ、スタンピード中に侵略した事と、クリファレスに領土を奪われた事を理由に、獣王はそのまま極刑となったのじゃ。


 これを教訓に、赤旗が発令されたら絶対に守らねばならぬ、と言われておるのじゃ。



 ノエルにも『国際法の中でも、コレは絶対に覚えておかねばなりません!』と言われ続けたのじゃ。

 他にも、いくつか国際法として覚えねばならぬ事はあるのじゃが、『各ギルドが〇旗と鐘を鳴らす』と言うのが基本になっておる。

 で、取り敢えず、冒険者ギルドからの使者なのじゃが、どうやら数人で来ておるらしく、クリファレス側にもスレイプニルが走っていくのが見えたのじゃ。


「ルーデンス殿、この度は災難ですな」


 そんな事をスレイプニルに乗っておる兵士が言っておるが、知り合いかの?

 ヴァーツ殿の方を見れば、短杖を腰のベルトに戻してこちらに歩いて来ておる。

 そして、その兵士の事を見て『おぉ久しいな!』と言っておるし。


「随分と前に奥方が快癒したとは聞いていたので、挨拶に伺おうと思っていたのですが、少々厄介な仕事が立て込んでおりまして……」


「何、厄介と言う話は部下から聞いておるよ。 なんでも、迷宮らしき物が見付かったのだったな」


「取り敢えず、ヴェルシュ側の複数の町から緊急連絡が来たんでな、こうして大慌てでやって来たのだ」


「あぁ魔女様、この者は王都冒険者ギルドのサブマスターで……」


「クラップと申します。 噂は聞き及んでおりますよ」


 面頬を外すと、左頬に大きい傷跡があり、皺が刻まれておる事から、相当に苦労をしておるんじゃな。

 何より、冒険者ギルドのサブマスターってそれなりに偉いんじゃから、こんな場所に来たら不味いのではなかろうか?

 そんな事を思っておったのじゃが、何でもここまで来るのに日数も掛かる上に、その間に緊急連絡用の魔道具を稼働させられるだけのマナ量を持っておったのが、動ける面々の中ではクラップ殿だけじゃったらしい。

 なので、クラップ殿を筆頭に、スレイプニルのパワーとスピードに耐えられる様に馬車を改造して、大急ぎでやってきたらしいのじゃ。


 さて、聞きたくないが話を聞くしかないのう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る