第115話




 そうして始まる緊急会議。

 参加者は、バーンガイアからはワシ、兄上、ヴァーツ殿、クリファレスからは勇者馬鹿、剣聖、ノールデンと言う名の部隊長、冒険者ギルドのクラップ殿。

 全員が中央の机に広げられた世界地図を見ておる。


「1週間ほど前、ヴェルシュのノーザンにある冒険者ギルドから、竜山より大量の竜が移動するのを確認し、それから複数の町で竜達の移動経路を観測した所、大凡の目的地がこの場所ではないかと予測されている」


 クラップ殿が、粘土で作られたチェスの駒をヴェルシュの外れにある山に置き、それを少しずつ動かしては止めて、また動かしてと繰り返す。

 何度か止めておるのは、恐らく、その場所で進行方向を観測したのじゃろう。

 複数の場所から観測した結果という事は、三点観測に近い事でもしたのかのう。 


「報告では、途中途中に村や町があるのだが、竜達はそれを無視、もしくは迂回している事から、普通のスタンピードでは無く、何かしらの目的があるとは思われるんだが……」


「ほぼ一直線だな」


「うむ、と言う事は、やって来ておるのは飛竜か……」


 兄上とヴァーツ殿が唸っておる。

 ふむ、飛竜、つまりはワイバーンじゃな。

 まぁ随分と前に仕留めた様な奴では無く、普通サイズなんじゃろうが……

 それなら何とかなりそうじゃな。


「……いや、信じられんかもしれんが、飛竜が地竜を抱えて飛んでおるのが確認されている」


「なんだと!?」


「それに、その中にらしき個体も確認されている」


「……その真龍のは?」


 クラップ殿の言葉に、ヴァーツ殿が聞いておるが、色と言うのは、所謂『黒龍』とか『赤龍』とかの事じゃろうが、真龍と言うのはなんじゃ?


「あの、真龍と言うのは?」


「バーカ、真龍ってのは、本当の龍って事だろ?」


 剣聖の言葉に勇者が何か言っておるが、そんな単純な訳なかろう。

 もしそれが本当なら、真龍以外の龍種は全部偽物って事になってしまうじゃろうが。


「真龍と言うのは、分かりやすく言えば長く生きておる『古き龍』の総称で、冒険者ギルドでは大抵は色で脅威度を判断している」


 クラップ殿がそう言って説明してくれたのじゃが、『古き龍』には前にヴァーツ殿が倒した事がある黒龍以外に、赤龍、青龍、白龍、緑龍、銀龍、金龍と多くおる。

 ただ、龍は最初から脅威的な強さを誇るという訳では無く、歳を重ねていく事でその力を増していくのじゃ。

 ヴァーツ殿が倒した黒龍も、真龍の中では比較的若い個体だったようじゃの。


「そして色だが……かなり高度を飛行していたのではっきりとは確認されていないが金、それも黄金らしい」


「黄金だと!?」


 その言葉に、ヴァーツ殿とノールデンの顔から血の気が引いて行くのが見えるのじゃ

 黄金龍とは、全ての龍の頂点であり、龍の中でも最強の個体と呼ばれているが、今まで『竜山の奥深くにいる』と言われておっただけで、実際に確認された事は無い。

 ふむ、その黄金龍が多分、神獣の一体である『神より生み出された最古の龍エンシェントドラゴン』じゃな。


「……直ぐに全軍撤退と住民の避難を開始しましょう」


「じゃが、相手の目的が分からぬ以上、避難してものう……」


 そもそも、ここが龍達の目的地なのかも分らぬし、もしも、特定の誰かを探しておるなら、逃げるのはずっと追われ続ける事になり、避難先にも迷惑を掛ける事になるので悪手じゃ。

 まずは、相手の目的を知るのが最優先となるんじゃが、交渉とか出来るんじゃろうか?


「あぁ? 戦わねぇのかよ? ドラゴンなんて勇者の踏み台だろ?」


 何を言っておるのかこの勘違い勇者。

 兄上とヴァーツ殿に勝てもせぬのに、龍相手に勝てる訳なかろう。

 それなのに、何をもって『踏み台』等と言っておるのか……


「ヴァーツ殿、この中では龍と実際に戦った事があるのはヴァーツ殿だけじゃから、参考程度までに戦った場合の予想はどうなるか分かるかの?」


 ワシの質問にヴァーツ殿が腕を組んで少し考えておる。


「そうですな……まず、この場におる全部隊で戦った場合、単体ならともかく、スタンピードともなれば、短時間で壊滅するでしょうな」


 ヴァーツ殿の言葉で、その場が静まり返る。

 実際に戦った事のある者の言葉じゃから、説得力が違うのう。


「そうなるのは、クソジジイ共が弱いからだろ、俺が本気を出せば」


「儂が倒したのは、比較的若い個体の黒龍だったが、それでも、バーンガイア全兵士の4割が死亡、3割が負傷しておる。 若い個体1体でコレなのだ。 もしも、本当に伝説の黄金龍で、更にスタンピードまで同時に相手をするとなれば、勝ち目は無いだろう」


 改めて説明されてみれば、最早絶望しかないのう。

 しかし、今から神社に向かって瑠璃殿経由で童女神殿に連絡し、そこからエンシェントドラゴンに連絡をして貰う様な時間は無い。

 そもそも、神が下界の事に協力出来るのは、その原因に神が関わっているかもしれん、と言う場合だけじゃから、今回も手を貸してくれるかは分からんし。


 勇者がギャーギャーと騒がしいが、そんな中で考える。

 まず、直接対決は絶対に無理じゃ。

 ワシと兄上が本気を出したとしても、相手出来るのは黄金龍だけで、スタンピードの方は相手出来ぬ。

 かと言って、勇者馬鹿をぶつけるなど論外じゃし、スタンピードの相手も無理じゃろう。

 そして、移動しておるワイバーンの総数は300程らしいのじゃが、それが全て地竜を運んではおらんじゃろうから、相手の総数で言うなら500体程はおるじゃろう。

 500体程度と侮る訳にもいかんのが、若い地竜一体でも数人の熟練兵が必要になる様な相手じゃから、それが群れで来ておるとなると、相当に厄介じゃ。

 何より、ワイバーン自体も問題となる。

 ワシの『グラビトン・レールガン』なら簡単に撃ち落とせるが、アレはかなり燃費が悪いんじゃよなぁ……

 この魔法、一発撃つごとにワシのマナの7割から8割を持っていかれておる。

 今は圧縮した岩塊を使っておるが、マナ消費を抑える為に強化ミスリルで砲弾を作っておくかのう。

 しかし、ワシは兄上と共に黄金龍の抑えに回る予定じゃから、ワイバーンの相手をする様な余裕は無い。

 となれば……


「のう、ヴァーツ殿にクラップ殿、一つ聞きたいのじゃが、黄金龍に限らず、真龍と言うのは知能はどの程度なのじゃ?」


「知能ですか?」


「ふーむ、儂が聞いた事があるのは、真龍である地竜の一体が怪我をしておるのを発見し、治療した相手に礼を伝えて自然災害で被害を受けた所を救助した、と言う事があったらしいですが……」


 なんでも、採掘場の近くで怪我した地竜を作業員達が発見し、治療をした後に礼を言われ、しばらくした後に大地震で採掘場が崩壊し、坑道内に閉じ込められてしまった際、その地竜が地面を掘り返し、作業員達は助かった、と言う話があるらしいのじゃ。

 つまり、真龍であるなら対話は可能、と言う事じゃな。

 となれば、何とか交渉出来れば被害を抑える事も出来るし、目的も探る事が出来る。

 目的が分かれば、協力する事も出来るじゃろう。


「そうとなれば、何とかその黄金龍と交渉するしかなかろう。 どの道、相手をしても勝ち目はないじゃろうし……」


「……大丈夫なのか?」


「大丈夫か大丈夫じゃないか、と聞かれれば大丈夫じゃないんじゃが、それ以外に方法が無いじゃろ?」


 兄上の言葉にワシが答えるんじゃが、この場合、もう何とかするしかなかろう。

 そもそも、コレは黄金龍が此方との交渉の場に付いてくれる、と言う前提で話しておるが、もしも交渉の場に付いてくれなかった場合、どうにもならん。


「取り敢えず、その交渉の場には……ワシ等3人と、クリファレス側からは……剣聖殿が参加して欲しいのじゃ」


 クラップ殿は町に行って、教会に町を守る為に結界魔法を張る様に依頼して欲しいのじゃ。

 普通ならあの教会が素直に従うとは思えんが、教会も国際法にはサインしておるから協力はするじゃろう。

 そして、万が一を考えて、ベヤヤは神社に行って瑠璃殿に連絡して欲しいのじゃ。


「何でコイツなんだよ! ここは勇者である俺の方が適任だろうが!」


 そうして纏まりかけておったら、やはりと言うか、突っ掛かってくるじゃろうなぁと思っておった勇者が騒ぎ始めたのじゃ。

 いや、この人選は当り前じゃろう。

 今回は交渉して、何とか引いてもらおうと考えておるのに、何でこんな喧嘩腰の相手を連れていかにゃならんのじゃ。

 そこら辺をやんわりと説明したのじゃが、勇者は理解出来なかった様で、『失敗して後悔しても知らねぇからな!』と言い残して行ったのじゃ。

 本当は監視付きで閉じ込めておきたいのじゃが、何処も手が足りぬから大人しくしておれーと祈るしかないのじゃ。

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