第112話
魔女様から渡されたロープで、落下したグリフォンとそれに搭乗していた兵士達を拘束していく。
普通ならグリフォンはロープ程度では拘束など出来ないが、拘束に使っているロープは魔法で強化されているらしく、グリフォンが暴れても引き千切れない程の強度があるらしい。
失神している兵士達は、飛行中グリフォンからの落下対策で、腰のベルトと鞍が金具で繋がれているので、拘束する際にそれを外す必要があるのだが、かなり頑丈に固定されているので、ベルトを切断して外している。
大急ぎで全員を拘束し終え、もう一度、師匠と勇者の戦いを見るが……
「何と酷い……」
聞いた話によると、勇者は力、剣速、反応と全てが高い水準にあって確かに強いと聞いていた。
なので、魔女様もぶつけるのは、師匠かルーデンス卿のどちらかで迷っていたくらいだ。
最終的には、柔軟な対応が可能と言う事で、師匠をぶつける事にして、剣聖はルーデンス卿に相手をしてもらう事にしたのだが……
しかし、実際に勇者を見てみれば、どれもこれも酷いとしか言い様が無い。
攻撃は無理矢理剣を振り回しているだけで、防御に関しても、本来なら剣を巧みに使って受け流したりするのに、師匠の随分と遅く振られた剣に反応して大袈裟に回避したりしている。
フェイントもしているが、明らかにフェイントと分かりやすく、逆に師匠がワザと隙を作ると、見事にそこに喰い付いてくる。
「こりゃどうしたもんかのう……」
そんな事を言って、魔女様がベヤヤの背に乗ってやってくる。
相手を包み込む様に部隊を動かして、包囲殲滅するのが、作戦ではあったのだが、最初に勇者がやった剣からマナを放出して広範囲を攻撃する方法があると、下手に部隊を動かす事が出来ない。
最初のは師匠が対処したが、あんな事が出来るのは、この場では師匠以外だとルーデンス卿くらいだろう。
炎の魔剣を使うイクス殿も出来そうではあるが、それでも流石に厳しいだろう。
しかし……
「魔女様、あの勇者なのですけど……」
「ありゃ確かに酷いもんじゃのう……」
私の言葉に、魔女様が同意している。
最初は、此方を油断させる作戦か?とも思ったのだが、師匠が本気で相手をしていない以上、勇者の実力は、噂程高くは無いのか?
「冒険者なら、Bランク前後って所か?」
「良いトコ、Cの上位くらいでしょ」
「……どっちにしろ、冒険者なら中堅」
勇者の動きを見ているイクス殿とハンナ殿がそんな事を言って、ジェシー殿が返答に困る事を言っている。
冒険者で中堅と言うのは、『弱くは無いが強くも無い』と言う微妙なラインなのだ。
「もしかしてアレか? 最初から強いからって、ずっと何もしてなかった勘違い野郎だったのか?」
イクス殿が腕を組みながらそんな事を言っている。
私はその言葉を聞いて、訓練中に師匠が言った事を思い出した。
『
『どんな職業であれ、訓練を怠ればそれだけ弱くなる』
『悩んだら、剣を振り、走り、鍛え続けろ、敵は自身の常に上を行くと思え』
実際、師匠は常に何かしらの訓練をしている。
重い剣で素振りをしたり、器具を使った運動をしたり、山の中を重りを付けて駆けたりしている。
数日間厳しい訓練をした後、休憩と称して禅を組んでいるが、果たしてそれで休憩と呼べるのかは微妙だ。
私とバート殿も同行したりするが、大抵は最後まで付いてはいけない。
大抵は途中で動けなくなって、心配した魔女様によって派遣されたベヤヤに回収されている。
魔女様にも協力して貰い、最近ではマナと精神力を分けて使用する事も学び始めている。
そもそも、最初はマナと精神力は別の物だと説明されても、理解出来なかったが、師匠達は、本来は近接職は精神力を糧にして技を使い、魔法職がマナを使って魔法を使っていたのだが、マナでも技が出せた為に、扱い辛い精神力よりマナの方が楽であった事で、いつしか二つは混同され、今では誰もが精神力とマナが混ざり合った状態で使っている、と考察していた。
当然、精神力とマナは別の物であり、混ざり合った場合、互いに干渉し合って威力は落ちる。
実際に師匠が見せてくれたが、同じ基本技である『スラッシュ』でも、混ざり合った方は分厚い壁に傷を付けたのに対し、純粋な精神力だけの場合、見事に壁を真っ二つに両断していた。
なので、精神力とマナを分ける為に、私も師匠と並んで禅を組んでいる。
最初は違いが分からなかったが、最近は分かる様になってきた。
最も、戦闘中に安定して分離させた状態を維持するのは、かなり難しいのだが。
今の目標は、訓練で師匠に一太刀でも有効打を入れる事だが、未だに一歩も動かす事すら出来ていない。
「取り敢えず、警戒しながら前進し、敵部隊を軽く包囲してみるのじゃ」
魔女様はこのまま左翼の方に行くらしい。
そして、警戒していた最初のマナ放出による攻撃も、勇者が剣を手放している為にそう連発は出来ない様だ。
と言うのも、あの剣を作った鍛冶師のドワーフと魔法陣を刻んだエルフから、勇者は魔法が使えず、疑似的に魔法に似た攻撃をする為に、外部から剣にマナを貯め込んで任意で放出する、というのがあの攻撃の正体だったらしい。
つまり、あの剣を手にしていない限り、あの攻撃は出来ないという事だ。
だが、何があるか分からない相手である以上、ゆっくりと進軍させるとしよう。
レイヴン殿に頼まれて勇者の相手を代わったのだが……
何なのだこの『勇者』と言うのは?
「クソッ! さっきから吹っ飛ばしまくって卑怯だぞ!」
そんな事を言われても、儂は普段通りに剣を振っておるだけだし、何なら、剣聖殿は同じ攻撃でもちゃんと受け流しておったぞ?
それに対してこの勇者は、儂の剣を受けたら受け流す事もせず、吹っ飛んでは体勢を立て直しているばかり。
攻撃に関しても、剣筋は滅茶苦茶で、まるでドが付くような素人が剣を振り回しているような感じだ。
ただ、職業が『勇者』である為に身体能力が高い。
コレがただの兵士同士の戦いなら分かるが、一流以上の相手ともなればこれは異常だ。
もしや……
「……勇者殿、確認なのだが、普段訓練はしておるのか?」
「あぁ!? 何で勇者の俺がそんな事しなけりゃいけねぇんだよ!」
儂の問い掛けに勇者が答えるが、そうか、訓練はしておらんのか……
それなら、この弱さにも納得出来るし、レイヴン殿が儂に代わってくれと言ったのも納得じゃ。
そもそも、儂とレイヴン殿が戦った場合、勝率としては半々と言った所だろう。
儂がレイヴン殿の動きを読み切って短期決戦を仕掛ければ儂が勝つし、逆に読み切れずに長期戦となれば体力的に若いレイヴン殿の方が勝つだろう。
だが、他人から見れば、老いた儂より、若いレイヴン殿がほぼ勝つと思われているだろう。
つまり、勇者から見れば『老いた儂の方が弱い』と思っておるのだろう。
「さっさとクタバレよクソジジイッ!」
勇者が叫んで突っ込んでくるのを、冷静に見てから下から剣を掬い上げ、勇者の右手に持っておった短剣を弾き、左手に持った短杖をガラ空きになっておる腹に打ち込む。
真面に直撃し、勇者から『ぐえっ』と声が漏れて、再び吹っ飛んでいった。
ううむ、ここまで一方的にやっておると、まるで儂が弱い者いじめをしておるように感じてしまって、罪悪感が凄まじいのう。
「グッ……クソックソクソクソッ! どうなってんだよ!」
勇者が腹を抑えながらフラフラと立ち上がっておるが、はっきり言って、碌な訓練もしておらんのでは、勇者であっても脅威でも何でもない。
これがもしも、真面目に訓練をしておったら、かなりの強さになっておっただけに、残念でならぬ。
「……こうなったら……お前等、全軍突撃しろぉっ! 一人でも多く道連れにしてやれ!」
勇者の馬鹿がトンでもない命令を出しおった。
その命令で、今まで後方で混乱しておった敵部隊が前進を開始する。
更に、その命令を出した勇者自身は、兵士の一人から新たな剣を渡されて手にしておる。
「特にそこのクソジジイと、クソ生意気な黒髪野郎は絶対に殺せ!」
その命令を受けて、敵部隊の中から3人のローブ姿が飛び出してきた。
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