第110話
ヴァーツ殿と兄上が自陣に戻って、残念ながら開戦が決まった、と皆に伝えておる。
これで開戦となる訳だが、戦闘に決まりが無い訳では無いのじゃ。
基本的に、この世界では日が昇っておる日中だけ、互いに戦って、日が落ちた後は戦場で散った者達の亡骸を回収する。
夜襲や奇襲といった作戦も無い訳では無いのじゃが、魔法がある以上、どちらもほぼ成功する事は無いのじゃ。
他にも、捕虜に対する処遇や、降参した相手に対して無駄に嬲る様な戦いは厳禁となっておる。
「で、兄上から見て苦戦しそうかの?」
「………どっちにだ?」
「……言い換えるとしよう、苦戦しそうなのは?」
「……剣聖だな」
いやーヴァーツ殿から事前に聞いておったが、兄上がガチギレしておる。
先程から、日常で使っておる剣を磨いて、チェックしておる。
言動や行動は真面で静かじゃが、表に出しておらんだけじゃな。
まぁ、勇者の自業自得とでも思っておこうかの。
「取り敢えず、ワシとベヤヤは予定通りにやるが、そっちは任せたのじゃ」
「……あぁ」
兄上が磨き終えた剣を鞘に戻し、自陣の天幕から出て行く。
まぁ、ワシ等は割り当てられた役割を果たすのじゃ!
因みに、今回、ドワーフとエルフは御留守番となっておる。
あの勇者が何するか分からんし。
「で、何用なのじゃ?」
ワシがベヤヤと共に配置に付こうと思っておったら、美樹殿に呼び止められたのじゃ。
流石に、今更戦闘を止めて欲しいとか言われても無理じゃよ?
「あの、せいい……じゃなくて勇者に付いてなんですけど……」
「あぁ、そう言えば美樹殿は勇者とは知り合いなのじゃったな、それで?」
意を決した様に、美樹殿が勇者に付いて教えてくれたのじゃ。
勇者の名前は『佐藤 誠一郎』、歳は18で各種格闘技で優秀な成績を修めており、高校を卒業後はプロの格闘家になる予定だったらしいのじゃ。
そして、美樹殿曰く『誠一郎は喧嘩でも試合でも負けた事が無い』と言う程、強いという話なのじゃが……
「ふむ、喧嘩でも試合でも無敗、のう……」
「……はい、だから……」
「まぁ問題無いじゃろ、それにじゃ、喧嘩や試合と、
心配そうに言っておる美樹殿に安心するように言う。
そして、美樹殿には町の壁の中で待機して貰う事になったのじゃ。
ベヤヤの背に乗り、陣営の一番後ろの配置に付いたのじゃ。
うちの陣営は、中央にヴァーツ殿と兄上の主力部隊、右翼にバートの部隊、左翼にノエルとイクス殿達の部隊、そして最後尾にワシ、となっておる。
この配置じゃが、イクス殿達は急遽お願いした形となっておるので、兎に角、相手の攻撃を耐える事を厳命してあるが、出来る事なら無事に終わって欲しいモノじゃ。
で、
先頭に勇者と剣聖がおる部隊、以上!
いや、作戦もへったくれも無いのじゃ。
クリファレス軍は一塊状態で、こちらにぶち当てる様じゃが……
アレは囲まれて袋叩きにされるとは思っておらんのだろうか……
因みに、ワシ等が3000に対して、クリファレス軍は1000程度。
ぇー……本当に
そして、両軍が鬨の声を上げて激突、かと思ったら、勇者が一気に突っ込んできたのじゃ。
持っておる剣は光を反射して輝いておるが、妙に違和感があるのじゃ。
「オラ、ぶっ飛べぇぇっ!」
勇者が剣を振り下ろした瞬間、その剣から凄まじいマナの光が放たれ、兄上達に迫る!
成程、剣にマナを貯め込んで、一気に放出する事が出来るって事かの。
「………つまらん……」
呟いた兄上が剣を一気に振り抜いただけで、そのマナの奔流が霧散しておる。
マナが散り散りになって消えていく。
まぁそうなるじゃろうなぁ……
「は?」
勇者が唖然としておるが、ただ集めたマナをぶっ放しておるだけなんじゃから、マナを凝縮してぶち当てたら耐えられずに散るのは当り前じゃろ。
そして、そんな隙を見逃すような兄上では無い。
一気に勇者に接近し、剣を振り抜こうとするが、それを横から剣聖が阻止。
数瞬の間に数度斬り合った後、互いに後ろに跳んで距離を離しておる。
「大丈夫か、誠一郎!」
「っ、邪魔すんじゃねぇよ!」
おぉ、今度は勇者が兄上に向かって突っ込んでいく。
流石、
凄まじいスピードで剣が振るわれ、それを兄上が捌いておる。
剣聖が援護しようとしておるが、ヴァーツ殿がそれを阻んでおる。
で、兄上達がど真ん中で戦い始めたんで、クリファレス軍の足が止まってしまっておるんじゃが……
いや、向こうはこの後の指示を出してないんかい。
と思っておったら、クリファレス軍の後方から、50騎程のグリフォンの群れが飛び立つのが見えたのじゃ。
恐らく、勇者の思惑としては、最初の一撃でこっちの中央に大ダメージを与えた後、混乱しておる此方に対し、グリフォン部隊で上空から一方的に攻撃して更なる混乱を引き起こし、生き残った残党を倒す、とでも考えておったのじゃろう。
が、最初の一撃はあっさりと失敗し、兄上達によって指示を出す勇者と剣聖は離脱も許されず、追加の指示が出せぬ状態となってしまった。
グリフォン部隊は予定通りに飛び立ったのか、それとも緊急事態として飛び立ったのか分からぬが、こちらとしては好都合。
準備万端なのじゃ!
「では、ベヤヤ、一発ぶちかますのじゃ!」
「ガァ!(おうよ!)」
「『歪曲結界』! 『フルエンハンス・フルレジスト』!」
その場でベヤヤが仁王立ちするのを確認した後、ワシはベヤヤを中心に歪曲させた結界を張り、味方全体に状態異常完全無効の補助魔法を掛けておく。
そして、杖を掲げて繋がっておる葡萄をチカチカと点滅させる。
これはコレから行う事に対して、取るべき行動をするように味方に合図を出したのじゃ。
全員が一斉にその場に蹲り、頭を抱える。
グリフォンを見れば、どんどんこちらへと接近中。
「ベヤヤに対して『
それを確認した後、今回の肝であるベヤヤに対し、『恐慌』と言うデバフを引き起こす魔法を付与する。
これで、準備は完了なのじゃ!
ワシ自身も、ベヤヤの背後に隠れ、両耳を塞いだのじゃ。
「グゴアァァァァァァッ!!」
超至近距離でベヤヤの強力な咆哮を受けると、耳を塞いでいても、とんでもない爆音で鼓膜と皮膚がビリビリと震える。
そして、まるでお椀の様に歪曲させた結界により、ベヤヤの咆哮は上空に接近していたグリフォン部隊へとダイレクトに直撃する事になるのじゃ。
知能が高いグリフォンにとって、それは今までに感じた事のないモノであった。
凄まじい咆哮を聞いた瞬間、凄まじい恐怖心が湧き上がる。
一瞬でこの場から逃げなければ、と思っても体は恐怖で動かず、まるで、巨大な獣の口の中に放り込まれたかのような錯覚さえ覚えてしまった。
余りの恐怖により、グリフォンは一瞬で失神して上空から落ちていく。
当たり前の事だが、グリフォンですらこの状態となっているのに、搭乗していた兵士が無事な筈も無く、グリフォンと一緒に失神していた。
唯一の救いは、高速で動くグリフォンに搭乗する為、背に乗せた鞍とベルトが固く接続されていた事でずり落ちなかったと言う事だろう。
「『マルチ・エア・クッション』!」
ボスボスボス、と地面に落下する前に、グリフォン部隊は空気で出来たクッションで受け止められた。
「皆の衆、さっさと拘束するのじゃ」
そうして、杖を振る幼女の指示により、落下したグリフォンは絶命こそしなかったが、ぐるぐる巻きにされて無力化されたのであった。
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