第109話




 クリファレス軍がルーデンス領の関所を破壊して突破。

 その報を魔鳥で受けた儂は急ぎ、兵士を連れて建設途中の町へと向かう事にした。

 報告の中で、クリファレス軍の目的は、去年にここへと逃げて来たドワーフとエルフを追ってきたらしい。

 一体何処から話が漏れたのか……って別に隠してた訳じゃないから、バレるのは当然だったの。

 そんな事を考えつつ、王都へも緊急として魔鳥を飛ばしたのだが、どう考えても応援が到着するまでにクリファレス軍が町へと到達する方が早い。

 町の壁はほぼ完成はしているが、まだ未完成である以上防衛は難しいが、あそこには魔女様もレイヴン殿もベヤヤもいるから、持ちこたえるのは可能だろう。

 だが、クリファレス軍を率いているのは、あの『勇者』と『剣聖』らしい。

 油断は禁物。


 クリファレス軍が到着する前に町へと到着出来たが、時間的猶予はあまりない。

 急いで魔女様達と合流するが、まずは認識のすり合わせを行う。


「……つまり、向こうの言い分だと、『バーンガイア国に攫われたドワーフとエルフを連れ戻す』と言っておるんじゃな?」


 魔女様が呆れる様に言っておるが、儂も呆れておる。

 他国から攫ったのが一人や二人なら、まぁまだ分かる。

 だが、一気に二つの村の住民を攫うともなれば、大量の兵士を派遣でもしなければ不可能だ。

 しかも、一切の抵抗もせずに攫われるなんて、普通はどうやっても考えられぬ。


「……一体、向こうの指揮官は何を考えておるんじゃ?」


「何も考えてねぇんだろうな」


 レイヴン殿が言う通り、儂も同じ意見だ。

 聞く限り、難癖なんて物じゃ無い。


「それで、ヴァーツ殿はどうするべきじゃと思っておるんじゃ?」


 魔女様が聞いてくるが、正直、真面な指揮官だった場合、ゴゴラ殿やファース殿を同席させて説明するんだが、向こうの指揮官である勇者は相当にな頭のようなので、そんな事は出来ない。

 だが、逆に突っ撥ねて暴れられた場合、果たして抑えきれるかどうか……

 儂が返事に困っていると、魔女様はレイヴン殿の方を見ている。


「……言いたい事は分かるが、やってみねぇと分からねぇぞ?」


「じゃよなぁ……」


「どういう事です?」


 魔女様曰く、関所すら破壊しておる以上、恐らく正当な理由を告げても無駄なので、こちらの最強戦力であるレイヴン殿を勇者にぶつけ、剣聖に対してはベヤヤをぶつける。

 他の兵に関しては儂等の連れて来た兵をぶつけて、魔女様は全体の補助に当たる、と言う作戦。

 コレの問題点は、もしも勇者の強さがレイヴン殿以上だった場合、どんな手を使ってもどうにもならぬと言う事である。

 ただ、魔女様の考えでは『多分、大丈夫じゃろ』と言うが、その根拠に付いては教えて貰えなかった。

 寧ろ、『勇者よりも剣聖を警戒すべきじゃ』と言っているのだが、どういう意味だ?




 ベヤヤの背に乗り、『千里眼』でクリファレス軍が陣を張った場所を見つつ、どうするべきかを考えるのじゃが、こちらの予想通りな所もあれば、予想外の事もあったのじゃ。

 まず、勇者じゃが、凄く目立つ鎧を着ておるのであっさりと見付かったのじゃ。

 いやぁ無駄にキンキラキンの鎧を着ておる。

 あ、近くにおった女性兵士をテントの中に引き込んだのじゃ。

 ……取り敢えず、剣聖の方を探すかのう……

 そう思ったのじゃが、黒髪の青年が兵士達に指示を出しておるから、多分、アレが剣聖じゃな?

 うむ、やはり警戒すべきは勇者よりも剣聖じゃな。


 そこまで確認した後、ワシも自陣の陣営に戻るのじゃ。

 そして、クリファレス軍の状況を伝えたのじゃが、ヴァーツ殿が頭を抱えておる。


「……グリフォンがいたですと?」


「うむ、クリファレス軍の奥に布で壁を作って隠しておったようじゃが、アレはグリフォンじゃな」


 ワシの予想外の一つが、このグリフォンの存在じゃ。

 グリフォンと言うのは、鷲の顔に翼と獅子の体を持つ魔獣で、この世界では渡り魔獣としてクリファレスとヴェルシュで行ったり来たりを繰り返しておる。

 この魔獣が予定外と言うのは、ワシ等の方に対空攻撃が出来る者が魔法使い以外では弓士くらいしかおらぬという点じゃ。

 まぁワシが魔法を連射すれば良いのじゃが、数がそれなりに多い上に、結構素早い動きをするんで、必ず当たるとも言えぬ。

 どうすべきかのう。


「そうなると、上から一方的に攻撃を受ける可能性が高いという事ですね」


 ノエルがそう言うが、戦場で恐ろしいのは上から降ってくる攻撃じゃ。

 上からの攻撃を警戒すると、真正面からの攻撃に対して疎かになり、正面を警戒したら上から攻撃を受けてしまう。

 簡単なのは対空戦力を揃える事じゃが、流石にこの状況では間に合わぬ。

 しかし、ちと気になる事があるんじゃが……


「……グリフォンって知能はどのくらいなのじゃ?」


「グリフォンの知能ですか? 確か、それなりに高い筈ですが……」


 ヴァーツ殿がワシの質問に答えてくれた。

 ふむ、それなりに高いとな……

 それなら、もしかしたらやり様はあるのう。


「よし、作戦変更じゃ」


 ワシが頭の中で作戦を組み替え、それをこの場の全員に伝える。

 まぁ変更点は剣聖の相手をするのが、ベヤヤからヴァーツ殿になっただけじゃ。

 ワシの考えでは、ヴァーツ殿クラスであれば、剣聖でも抑えられるじゃろう。




 開戦する前に、互いの司令官トップが両陣営の中央に設置した天幕で顔を合わせ、戦闘を回避する為の最初で最後の話し合いを行う。

 儂等の方は、儂とレイヴン殿、クリファレス側は、勇者と剣聖が来ている。

 両国からすれば、出来る事ならば損失しかない戦闘行為は回避したいので、互いに譲歩して妥協点を探るのが通常であるのだが……


「……つまり、どうあっても引き渡せ、と?」


「あたりめーだろ、元々うちクリファレスの住民なんだぞ? それを連れてったのはそっちだろうが。 それに賠償も必要だよなぁ?」


 先程から、勇者と名乗った男が一方的な要求を繰り返している。

 悪いのはこちらバーンガイアで、被害者であるクリファレスに攫ったドワーフとエルフを全員引き渡し、更には賠償としてこの地ルーデンス領の一部割譲も要求している。

 譲歩する気が一切無いとしか思えない。


「そもそも、彼等の言い分では、そちらの勇者の横暴に我慢出来なくなった、と聞いているが?」


「んな訳ねぇだろ!」


 儂の指摘に、勇者が声を荒げる。

 こりゃ駄目だ。

 勇者は最初から交渉するつもりなんて無い様だな。


「そもそも、俺等が本気出せばお前等なんて瞬コロなんだよ! 分かったらさっさとアイツ等連れて来い!」


「誠一郎! いくらなんでも言い過ぎだ!」


 余りに無礼な言動を繰り返す勇者に対し、剣聖の方はある程度、状況を見る目はあるようだ。

 この場に魔女様が居なくて良かった、と思うのと同時に、レイヴン殿を連れて来たのは失敗だった、とも思ってしまう。

 さっきから儂の後ろで腕を組んで黙って聞いているが、はっきり言って、背筋が凍る様な殺気を背後から感じておる。

 目の前の二人は、儂が壁になっておるから感じ取れてはいないようだが、もし、儂がいなかったら腰でも抜かすんじゃなかろうか。


「……これ以上は無駄ですな……残念だ」


「ケッ、テメェら死んだぜ?」


 勇者がそう言い残して、天幕から出て行き、剣聖はこちらに軽く一礼してからその後を追って行った。

 思わず溜息を吐く。


「レイヴン殿、怒りは最もだが、そろそろ殺気を抑えてくれぬか? 正直、儂でも肝が冷えるぞ」


「………」


 儂の言葉で、レイヴン殿から出ていた殺気は消えたが、無言で天幕から出て行ってしまった。

 これは、あの勇者バカは地獄を見るだろうな……


 もう一度溜息を吐きながら、儂も天幕から出て、撤収指示を出す。

 戦争など、嫌な事だ。

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