第107話




 ギャァギャァと遠くで魔獣の鳴き声が聞こえる。

 我々がいるのは、ヴェルシュの中でも特に危険とされている場所だが、クリュネ枢機卿様からの依頼である為、知恵を出してここに来ている。

 クリュネ枢機卿様が擁する特殊部隊、それが我々であり、全員が過去に奴隷として売られたり、口減らしとして捨てられたり、忌み子として処刑されそうになったりした者の集まりだ。

 その中でも、クリュネ枢機卿様が直々にされた者は、特別な面々であり、何かしらの能力を得られる。

 ただ、成功確率はまだ高くなく、10人やって3人成功すれば良い方だ。

 今回は、そんな能力持ちを数名連れてきている。


「よし、から2日前に眠ったと報告を確認している。 ココからは指示通りに動け」


 その言葉で、後ろにいた全身ローブ姿の者達がスススと動く。

 この場に一人だけ残し、二人のローブ姿が洞窟の中に入っていく。

 目標は、一度眠りにつくと余程の事が無い限り、最低でも一週間は眠り続けると、眼の観察で判明している。

 あの者達がそこまで行き、目標を入手して脱出するのに1日も掛からんだろう。


は認識結界を張って待機、後はが戻り次第、第二段階に動く」


 その言葉で、ローブの下から皺だらけの手が出て来て、ヴンッと音がしたかと思うと、我々の周りに赤い薄い膜が貼られる。

 コレで、我々の姿を認識出来る相手は限られる。

 後はこの場で待つだけだ。




 ここは臭い。

 鼻がムズムズする。

 くしゃみが出そう……と思っていたら、目の前に巨大な影が落ちた。

 後ろに付いて来ている跳躍を、片手で制止させ、右の手の平をフゥと吹くと、キラキラした物が飛んでいく。

 やっぱり良い香り。

 影を作った相手もそう思ったのか、その場で横たわって眠り始めてしまった。

 それを乗り越え、どんどん奥へと進む。

 途中で何度か同じ様な事をしたが、どれも私ので眠ってしまう。

 クリュネ枢機卿様が言うには、私の香水に耐えられるのは、相当に隔絶した強さを持っている相手だけらしい。

 今回は相手を眠らせるだけ。

 本当なら、このまま神の元へと送る事も出来るが、今回は枢機卿様がソレは駄目だと言っていたのでやらない。

 簡単だと思うけど、これにも何か考えがあるらしい。 

 そうしていたら、最奥に到着。

 一際大きな奴を乗り越えて、一際大きな目標を収納袋に入れて、今来た道を戻っていく。

 リーダーに合流したら、後は跳躍の仕事。

 私はこのまま、帝国のフバーレイ枢機卿様の所に派遣される。

 なんでも、大賢者が奴隷を使い潰しているらしくて、新たな奴隷を見繕う必要があるとの事だ。

 入り口にいたリーダーに収納袋を渡し、その場から離れる。


 次は、




 ゴロリと寝返りを打ったら、壁に当たって落ちて来たらしい破片が鼻に直撃。

 ぐむぅ、地味に痛い。

 そんな事を思いつつ、久方ぶりに目を覚ます。

 最近、眠りの時間が長くなっている。

 昔は一日眠れば一年は起き続けても問題無かったのだが、最近は一ヶ月程度起きているだけで、一週間は眠る必要がある。

 どうやら、この体もが来ているようだな……

 幸い、新しい器は何百年も前から準備しておったから問題は無い。

 そう思って、いつもの様に壁にある器へと視線を向けたのだが、壁にはポッカリと穴が開いている。

 ううむ、何処かに転がり落ちたか?

 別に壁から落ちた程度で砕ける様な物では無いのだが。

 しかし、寝床を見回すが何処にも落ちていない。


 ………


「ギュォォォォォッ!!(我の器が無い!!)」


 我の咆哮で、寝床の壁がビリビリと振動し、ギャァギャァと周囲にいた眷族達が飛び立ったり、慌てて岩陰に隠れたりする。

 そして、上からギャァギャァと批難の鳴き声が聞こえるが、それ所では無い。

 何者かが我等が住処に侵入し、最奥にあった我が器を盗んだのだ。

 感覚を研ぎ澄まし、我が器が何処にあるのか感覚で掴み取る。

 ……かなり遠いが見付けた。


「グオォォォォッ!!」


 許さぬ、我に挑んで手に入れようとしたのならともかく、我が眠っている間に我が器を盗むなど、万死に値する。

 背にある羽根を広げ、我が眷族達を連れて飛び立つ。

 飛べぬ者は、飛べる者が運べ。

 我が器を取り戻し、愚か者を殲滅するのだ。


 そうして、山から大量の魔獣が飛び立っていった。





 執務室の机でクリュネ枢機卿が報告を待っている。

 日が傾き、月が顔を見せ始めた時、背後の扉がキィィと音を上げて開いた。


「お帰り、上手くいったようだネ?」


 扉の所にいたのは若干小さめのローブを来た者。

 そのローブ姿の者が、クリュネに収納袋を差し出し、それを受け取ったクリュネが中身を確認すると、パンパンと手を叩いた。

 すると、数人の男達が大人でも入れる程の大きい箱を持って来て、部屋の中央へと置いた。

 クリュネがそれを開くと、中には赤い布地で目張りされ、四隅に白い液体が詰まった瓶が設置されていた。

 収納袋から取り出した物をその中央に設置すると、厳重に封印を行う。


「コレでヨシ、それじゃ、総本山に行くヨ?」


 クリュネの言葉に、ローブ姿の者が頷くと、クリュネと手を合わせた。

 瞬間、ローブの下にある瞳が赤く光り、一瞬の浮遊感をクリュネが感じた後、クリュネ達の姿はトマスエル教会の総本山の礼拝堂にあった。


「跳躍の能力は便利だけど、まだ慣れないネ……」


 若干、血の気が引いた顔のクリュネが呟いて、礼拝堂を出ると近くにいた僧兵に命じて、先程の箱を運ばせる。

 向かう先は、最上階、教皇ザクゼルムの執務室である。




 私がカリカリと羊皮紙にペンを走らせていると、扉がノックされた。

 こんな時間に誰でしょうね?


「失礼します。 クリュネ枢機卿様が参りました」


「分かりました。 お通ししなさい」


 ほう、クリュネ枢機卿ですか。

 何かあったのでしょうかね?

 扉を開けさせると、クリュネ枢機卿以外に、数名の僧兵の姿も見えますね。

 おや、何やら大きな箱もありますが……


「ソウ、ここに置いて、あぁ、大事に頼むヨ」


 クリュネ枢機卿が僧兵に命じて、箱を部屋の中央に置かせる。

 ううん、そこに置かれると邪魔なのですが……


「陛下、前々から依頼されていたご注文の品デス。 お納めくだサイ」


 私の前で跪いたクリュネ枢機卿の言葉で、私の視線は箱に釘付けになる。

 私は、枢機卿達にいくつかの秘密の依頼を出している。

 卵の探索もそうだが、それ以外にも秘密裏に色々と集めさせていた。

 その中でも、クリュネ枢機卿に依頼していたのは難度も高く、いずれ手に入れば良い、と思っていた物だ。


「箱には勇者の精カラ抽出した阻害物質を入れてありマス。 此処で開けてモ、大丈夫ですヨ」


 私は震える手を抑えつつ、ゆっくりと箱を開けると、そこには、虹色に輝く巨大な卵が収まっていた。

 ゆっくりと卵に触れると、その中から膨大な力を感じ取れる。


「よくやってくれました」


「イエイエ、陛下の御依頼ですシ、それにコレで魔女の方モイチコロですヨ」


 クリュネ枢機卿がそう言うが、どうやら何か仕掛けたらしい。

 しかし、私にとっては最早どうでも良い。

 ただ流石に、コレだけの力となると時間が掛るだろう。




「では、私は地下礼拝室で修練に籠りますので、以後の事は任せましたよ」


 私の言葉でその場にいた信者達が頭を下げる。

 私は偶に、地下礼拝室と呼ばれる特別な修行場に籠る事がある。

 信者達には、私が修行で使う特別な礼拝室と説明してある。


 だが、実際には、私の目的の為に用意した、巨大な実験室だ。

 その中央に、あの卵が入った箱が置かれている。

 さぁ、になるが良い。

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