第106話




 春になり、クリファレス王国の王都から、一際豪華な馬車が現れ、多くの騎馬兵と大勢の歩兵を連れて、ゆっくりと王都の中を進んでいく。

 その馬車に掲げられた旗は、赤地に白い剣と翼が描かれた物であり、馬車の後ろを付いてくる兵士達の鎧にも同じ紋章が付けられている。

 彼等は『最強勇者騎士団』と呼ばれている勇者である『佐藤 誠一郎』率いる選りすぐりの最強部隊である。

 大きな特徴として、騎馬兵は全員が女性でありその装備も、歩兵達が全員鉄製に対し、全員がミスリル製と比べても豪華だ。

 やがて、王都から馬車が出ると、別の所から栗毛の軍馬に乗った別の部隊が合流する。

 合流したのは『クリファレス第3防衛隊』と言う部隊であり、それを率いるのは、剣聖である『進藤 勝也』。

 元々は勇者率いる騎士団の副団長を勤めていたが、王命により今の部隊を纏める隊長に就任している。

 そして、そんな彼等の頭上を無数の影が通り過ぎていく。

 見上げれば、いくつもの魔獣が空を飛び、少し離れた所に着地、その内の一頭が走って先頭にいた進藤の所にやって来た。

 その魔獣の背に乗っていたのが、『従魔師テイマー』である『水川みながわ 浅子』であり、彼女が率いているのが、テイムした魔獣による特殊部隊である。

 今回、彼等、というより、勇者である誠一郎に王命が下った。


『ジャダカーンのドワーフ、カーバルトのエルフが我が国から逃げた事と、我が国最大の利益を出していた迷宮崩壊の責任は勇者の横暴にある。 よって、勇者である佐藤 誠一郎には彼等を探し出し、連れて帰る事を王命として命じる!』


 『即座に帰還せよ』という命令を無視していた為に、そんな事を言われてしまえば、誠一郎としては受けるしかない。

 当然、『ふざけんじゃねぇ!』と暴れる所だったが、そこは連れて帰る予定のドワーフとエルフを逆らったとして嬲れば良いという、同席していた教会の枢機卿からこっそりと助言を受けて押し留めた。

 そして、部下に命令してドワーフとエルフの行方を追わせたのだが、一切の足取りも掴めず、時ばかりが過ぎていた。

 雪が降って積り始めた頃、遂にその情報が勇者の元に齎された。


 バーンガイア国のルーデンス領にて、住民募集の中にエルフとドワーフがおり、その中にジャダカーンとカーバルトにいた名前がいくつもあった、というタレコミだ。

 誠一郎は即座に出兵を決めたが、情報を知り得た時には時期が悪かった。

 クリファレスの冬は厳しく、一度雪が降ると一週間は降り続けて盛大に積もり、その重みで家が潰れない様に定期的に屋根から雪を落とす作業をしなければならず、この時期に出兵なんてしたら、雪で身動きが出来ない状態になって全滅する危険性がある。

 誠一郎の無謀な出兵を、進藤と浅子の二人で何とか思い直させ、冬の間に準備だけをする事にした。

 その決定に不機嫌そうな誠一郎は、二人に準備や手配を任せて王都にある娼館に入り浸った。

 普通なら咎められる行為だが、誰も何も言えない。

 剣聖である進藤でさえ、勇者である誠一郎には勝てないのだ。

 転移した当初、魔法が使えないと知って暴れる誠一郎を何とか止めようとしたのだが、結局は殆ど手も足も出ずに敗北し、甚大な被害を出した。

 そして、クリファレス王国に所属した際、苦言を呈した騎士団長に一騎打ちを仕掛け、圧倒的な強さで打ち負かした後、手を回して失脚させ、新しく騎士団長となり、苦言を呈した相手をあの手この手で難癖を付けて失脚させた。

 それ以来、勇者に表立って逆らう者はいなくなった。

 ただ、暴君ではあるが、ちゃんと理由を理解すれば一応は引くので、進藤達は何とか抑えている状態である。

 元々は、幼馴染である『遠藤 美樹』が暴走気味の誠一郎をコントロールしていたのに、水晶迷宮で死亡した事でその枷が外れ、ちょっとした事で暴走を始める様になってしまっている。




 誠一郎を抑えるストレスで体重がまた落ちた……

 訓練で筋肉が付いたのに、何故か体重が落ちるって……

 既に別の部隊になったのに、結局、面倒を見る為に合流する事になってしまった。

 遠藤さんはよくあんなのを制御出来てたな。


「しんちゃんだいじょび?」


「……浅子、言葉遣いはちゃんとしてくれ……」


 そんな軽い口調でテントに入って来たのは、薄く小麦色に焼いた肌に、耳にはいくつものピアス穴を開けた所謂ギャル、『水川 浅子』だった。

 浅子は『コギャル』を自称しているのだが、ぶっちゃけ、見た目と言動がコギャルってだけで、中身は普通だ。


「えー良いじゃん、べっつにー」


 彼女がふくれっ面になるが、コレはいつもの事だ。

 元々、彼女の家は華道の家元で、凄く厳格な母親に子供の頃から躾けられていた。

 その為、子供の頃は遊びにもいけず、その反動なのか、今の状態になってしまった。

 当然、母親は大激怒したのだが、父親の執り成しで何とか卒業するまで、と時間を設けて貰った。

 彼女自身、母親に対して憎まれ口を言う事はあっても、本当に憎んではいない。


「ねー、もちー」


 そんな風に言って彼女がぐにぐにと弄っているのは、カーバンクルの「もち」。

 額に青い宝石が付いており、若干耳が長いネコの様な魔獣だ。

 その体毛は薄い緑色が普通なのだが、もちは完全にまっ白で、浅子曰く『お餅みたいだから、もち!』と言う安直な名前になっている。

 そもそも、浅子が『従魔師』を選んだのには理由がある。

 それは、浅子が重度の『動物アレルギー』持ちで、地球ではほぼ全ての動物が駄目だったからだ。

 ただ、こっちに来る際に神様に聞いたら、こっちの動物ならアレルギーの心配は無い、と言われたらしく、それで『従魔師』を選んだという。

 そして、アレルギー症状が出ない事に喜んで契約しまくってるんだが、契約した魔獣は既に3桁を超えている。

 自重しろと言いたいが、子供の頃から羨ましそうに見ているのを知っているので、強くも言えない。

 ただ、そろそろ本当に止めないと、契約した従魔が住む場所が無くなってしまう。

 現状、軍で使えない従魔達は、浅子の私有地として大きい土地を買って、そこに巨大な厩舎を作ってなんとかしているが、このペースで増えるとそこからも溢れそうだ。

 ちなみに、そんな金何処から出たのかと言えば、彼女は従魔を利用して運送業をぶち上げて、商業ギルドと組んで『安く・早く・安全・確実』を合言葉にクリファレス中を走り回らせているのだ。

 魔獣である為、盗賊だろうが夜盗だろうがお構いなしに蹴散らすので、かなりの額の利益が出ているらしい。

 最近じゃ、飛べる奴もテイムしたので、距離が遠過ぎた場所だから拒否するしかなかった所も、直線最短距離で運べるようになったので引き受けているらしい。


「……それより、しんちゃんはどうすんの?」


「どうするって?」


「今回の事」


 ……逃げた奴等を連れ帰るって事なんだろうが、正直に言えば、誠一郎のやらかしで逃げられた彼等が、大人しく戻って来てくれるなんて考えられない。

 そして、誠一郎の事だ。

 そんな事になれば、確実に暴れるだろう。


「………誰か代わってくれって感じ……」


「……いっちーも最近変だしさー、みきてぃーもいなくなっちゃったし……」


 浅子の言う通り、最近の誠一郎は本当に人が変わったみたいになっている。

 確かに地球にいた頃から乱暴者だったが、最近のアイツは気に入らないだけで、剣を振り回す事がある。

 それで、何度か相手に大怪我をさせた事もある。

 幸い、全員なんとか命は助かってるが、そんな事がこれからも続くとは思えない。

 正直な事を言えば、誠一郎の振る舞いは最早勇者とは呼べないが、下手に刺激して王都内で暴れられたら困るので、誰も指摘出来ない。

 今回の任務で少しは頭を冷やしてくれると良いんだが、無理だろうなぁ……


 自然と大きく溜息を吐いて、浅子を割り当てられたテントに送り、自分のテントに戻って吊り下げてあった魔導ランタンを消して、簡易ベッドに横になる。

 明日はどんな無茶振りを要求して来るのか、気が重くなる。

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