第102話
ガタガタと揺れる馬車の中で、一人の男が書類に目を通している。
そこに書かれているのは、商会の巨大倉庫建設に関係する物で、何処に受注させるとか、使用する素材等が細かく書かれている。
それを見ながら、男の口元が上がっていく。
「……しかし、あそこまで馬鹿だとは思いませんでしたね」
思わず呟いてしまったが、それも仕方がない。
今回、シュトゥーリア家に赴いたのは、この国に潜り込ませていたスパイからとある情報を得たからだ。
それにより、シュトゥーリアの財布事情が傾いて、借金返済が出来なくなる可能性が高くなるという物だったが、こちらとしては別に借金を返済が目的ではない。
こちらの思惑通りに、目的の場所を確保出来た上に、面白い土産も手に入った。
コレを報告すれば、我が主もお喜びになる事だろう。
「商会長、本日の野営地に到着しました」
「分かりました。 それでは、私は少々連絡を取りますので、誰も近付けない様に」
野営地の端に馬車を止めて、周囲に身内意外がいない事を確認し、私自身は収納袋の中から水晶が嵌め込まれた小箱を取り出す。
その水晶に触れて私自身のマナを流すと、キィーンと小さいが甲高い音が響いて、青く明滅を始める。
そうして暫く待つと水晶の明滅が収まり、今度は薄い緑色に光り始めた。
「こちらベータリア商会のエンゴです。 数点、御報告したい件が御座いまして……」
『……聞こえてるよ、ベータだと……あぁ、バーンガイアの方か……』
水晶から若い男の声が聞こえて来る。
この小箱は我が主の試作品で、本来はかなりの距離が離れていても互いに話し合う事が出来るのだが、現在はまだ中継地点が必要であり、商会を手広く広げてそこを中継地点にしてカバーしている。
他にも、一回の使用でオーククラスの魔石を一つ使い潰してしまうという燃費の悪さもある。
『……で? 一体どんな報告だい?』
「予定通り、シュトゥーリア領のB候補を確保、それと面白い魔道具を入手しました」
『……へぇ? 面白い魔道具って?』
主の興味を引いたようで、手に入れた魔道具の情報を主へと報告する。
更に、事故に見せかけその開発者と言う魔道具師も、ちゃんと確保して魔道具と共に本国へと輸送中。
ただ、発動率や不具合も多いらしいとも報告しておく。
ここ等辺をしっかり報告しておかねば、主は癇癪を起す可能性が高い。
『……成程、確かに面白い魔道具だけど、そんなの使い道が無いんじゃないのかな?』
「確かに聞いただけではあまり使い道は無いでしょうが、主が作っているアレの問題解決の一つにはなるのでは、と思いまして……」
『………あぁ! マナ問題が解決するかもしれないな! 助かるよ!』
主が喜んでいるようだが、隠れ蓑予定の倉庫の方は良いのだろうか?
一応、倉庫建設の為の人員をお願いしておいたのだが、ちゃんと聞いてくれたのだろうか……
報告を終えて水晶から指を離すと、水晶から明かりが消滅していく。
取り敢えず、主の御機嫌取りは成功したが、目的を達成するまではベータリア商会は本国に帰る訳にもいかない。
小箱を収納袋に仕舞い、野営地で今後の展開を考える。
普通は下手に動けばバレそうだが、借金をチャラにするというだけで、目的の場所をあっさり手放す程シュトゥーリア家は馬鹿揃いなので、こちらの本来の目的には気が付かないだろう。
さて、人員の手配はしたが、倉庫建設の為に材料を色々と手配もしなければならない。
私が休める日は、まだまだ遠いようだ。
ベータリア商会からの報告を受けて、手元にあった盤面の駒を一つ追加する。
これで、対クリファレスへの盤面は完璧に近い状態だったが、もしも報告が本当だとするなら、あの兵器を本格運用する事が出来る様になる。
あの兵器、作りはしたがマナ消費が大き過ぎる上に鈍重だったから、積んでるバッテリーが増え過ぎてマトモに運用出来なかったんだよね。
でも、報告にあった魔法陣を改良して運用出来れば、マナ問題も含めて色々と解決出来てしまう。
そもそも、クリファレスにはあの
かと言って、魔法使いを使って遠距離攻撃を仕掛けても、一気に近付かれて負けるだろう。
兵士の戦力アップを考えて、拳銃やアサルトライフルも作りはしたが、全然使えなかった。
獣人の動体視力や反射神経なら、初速が早いアサルトライフルの弾速でも、余裕で見えて回避出来てしまう上に、ランクの高い魔獣の革を使った防具や、高い補助魔法を受けたり、上級ランクの
今の作戦では、
だが、あの兵器が使える様になれば、圧倒的に有利となる。
それどころかもし運用出来れば、当初の計画を大幅修正する事も可能だな。
よし、皇帝陛下に報告して検討するかな。
そんな事を考えつつ部屋から出ると、薬品の臭いが鼻に付く。
チッ、またやったのか。
部屋の壁にある檻の一つに近付いて、蹴り飛ばす。
「……ウゥゥ……アグゥ……」
「おい何度も言ってるよな? それはお前が生きれるように特別に使わせてやってんだぞ?」
檻の中で何かが動いているが、別にコイツが使えなくなっても俺は良いんだよ。
ただ、コイツが生きてないと、バッテリーが手に入らなくなるから、態々生かしてやってんだ。
そうじゃなきゃ、さっさと廃棄して新しいのを使ってんのに……
「おい、俺が戻るまでに掃除して綺麗にしとけ」
檻のある部屋から出て、外にいた奴隷の一匹に命令し、皇帝のいる執務室に向かう。
自身の名前を告げてから、若干大き目の扉を潜ると、そこには一際大きな執務机の前で唸っている一人の獣人がいる。
この獣人こそ、この国の皇帝にして最強の獣人である『レオハルト=ラーダル=ヴェルシュ5世』であり、
力だけでなく知恵もあり、策略でクリファレスとの交戦ラインを押し上げる事にも成功している。
そして、目的の為なら多少の悪は黙認する器量も持っているので、俺がやってる実験も黙認されている。
勿論、人体実験する場合は、死罪になる奴とか重犯罪奴隷だけだ。
流石に、地盤も固まっていないのに此処で無茶をする事はしない。
それに、俺の実験で獣人の戦闘力を上げる事も出来ているのだから、簡単に切られる事も無いだろう。
そして、皇帝に先程受けた通信で考えた案を伝え、どっちを優先するか決めて貰う。
今後の案としては二つ。
一つは、このままクリファレスを攻め落とす事だが、こちらは相応の被害も出る事が予想されている。
もう一つは、今回手に入る技術を使って、アレを完成させる方法だが、こっちは時間は掛かるが、被害は格段に少なくなる。
「……とまぁ、こんな感じですが、どうしますかね?」
「……その新技術だが、どの程度で使い物になる?」
「んーそうですね、こっちに届いてからになりますが、新技術と言えど魔法陣ですから、そこから一ヶ月もあれば使い物にはなるとは思いますね、そこからアレの改良をして……まぁ半年もあれば充分かな?」
俺の言葉に皇帝が何か考え込んでいる。
流石に一ヶ月は見栄を張り過ぎたかな?
いや、俺に出来ない筈が無い。
「半年でアレが使い物になるなら……こういうのはどうだ?」
そう言った皇帝が提案したのは、俺が想定している物よりも遥かに意外な提案だった。
だが、それを実現するには、いくつかクリアしなければならない事がある。
「出来るか出来ないかで言えば出来ますが……制圧するのが面倒ですよ?」
「そこは貴殿がやっている実験次第だろう? 我が気が付かぬとでも思っているのか?」
チッ……どの事か分からんが、秘密裏にやってた実験の幾つかは皇帝にバレてるようだ。
だが、対多数を制圧する事が出来る様な実験だとするなら、バッテリー確保の為に作った奴の事か?
確かに、アレなら制圧するのは楽になるが……
「良いので?」
「大義の為だ」
皇帝がそんな事を言っているが、何が大義だ。
ただ自分が大陸を制覇したいだけだろ。
だが、それでも俺の実験を認めた上で使わせてくれるなら文句は言わない。
わかりました、と答えてさっさと部屋を出る。
ベータリア商会からここに荷が届くのに、陸路で大体3ヶ月は掛かる。
今回は魔法陣以外にもナマモノが付いてくるから、空路が使えないのでどうしても遅くなる。
まぁそれまでに、新しい設計図を作って材料を集めておくとしよう。
あぁ、それに他にも色々と新しい薬品を試さないといけないから、新しい奴隷も頼んでおかないと。
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