第93話
白衣を着た学生達が、建設現場の近くに併設されとる救護棟でせこせこと動き回っておる。
そして、現場で怪我をした者達を個別に治療しておる。
この学生達は、マグナガン学園の生徒達であり、現在は実地研修として怪我人の治療を行っておるのだ。
何故に実地研修が必要になっておるのか、という話じゃが、コレは先の教会が引き起こした事件が関わってくるのじゃ。
この世界、実は治療技術のレベルはそこまで高くはない。
何せ、魔法を使えば体内の腫瘍でも外科手術の必要も無く、外傷もポーションを使えば回復出来てしまうから、技術が発展する事がないのじゃ。
更に、治癒魔法の大元締めである教会が活動しておるせいで、技術の進歩が余計に進まぬという悪循環。
じゃが、その教会がそれを悪用しておった結果、今回の様に教会が機能不全を引き起こしてしまうと、患者の治療をする事が出来なくなってしまう。
それに一早く対応したのがマグナガン学園じゃ。
それまでは最小規模だった治癒師科の予算を倍以上に増やし、特別講師としてニカサ殿を迎え入れ、所属しておる学生達もある程度優遇し、こうした現場に実地研修として学生を送り出して経験を積ませておる。
更には、治癒師科の学生達から意見を集め、錬金科の学生達に治療用器具の開発をさせておる。
これにより、錬金科の学生達は腕を上げる事が出来る上に、治療に必要な器具を開発出来る。
現在の所、切開用のメスや小型の鏡、挟んで固定出来る
そして、この世界にはゴムが無いというか、あったとしてもまだ発見されておらん。
そのせいでゴム管が作れず、聴診器や点滴道具が作れん。
まぁ点滴の原型の輸液を注射するような器具は作れん事は無いのじゃが、アレは不便じゃからのう。
構造としては、巨大な注射針に輸液入りの袋が付いており、それを握って輸液を血管に送り込むという物なので、凄く面倒なのじゃ。
ゴムの木の様な物がないか、ヴァーツ殿やエドガー殿に聞いてみるかのう。
救護棟の処置室と呼ばれる建物で、傷口を切開して石の破片を取り除いた後、細いスパイダーシルクを使って傷の縫合を終え、低品質ポーションで傷口を塞ぐ。
破片を取り除かずに傷口を治すと、体内に破片が入ったまま治ってしまう。
本来は麻酔が必要になるのだが、奴隷である彼等に対しては必要最低限でしか使えない為、木の板を削った物を噛ませている。
奴隷側も治療せずに死んだり、処置せずに治療して後遺症を残したりするよりかはマシ、と考えている。
他にも、皮膚病の治療だったり、骨折を治療したりと、学生達が忙しそうに動き回っておる。
中には治療を拒むようなのもいるが、仕事の効率が落ちるので強制的に治療されておる。
まぁ一度、臓物が飛び出ちゃったりしたのが出た時は、流石にワシとニカサ殿が対応したのじゃがの。
アレは偶然、成形した石を積んでいたら、それに見えぬ罅が入っており、積まれた加重によって砕けて一気に崩落、二人の作業員が巻き込まれたのじゃ。
一人は腕を複雑骨折し、もう一人は腹部が裂けて臓腑が飛び出ておった。
アレは中々大変じゃった。
学生の数名が卒倒し、対処出来る学生も追加で崩落する可能性があるとして近寄れず、ワシ等が来るまで助ける事も出来んかった。
ワシ等が到着した後、崩落にはベヤヤに対処してもらい、他の作業員と一緒に埋まった二人を掘り出して緊急処置。
ニカサ殿が治療の準備しておったので何とか助かったのじゃ。
この事故以降、積み上げる石のチェックが厳しくなり、ドワーフの中でも目利きに強い者達も参加する事となったのじゃ。
しかし、町を囲う壁がもう既に半分以上出来ておるのは驚きじゃ。
コレに付いては、後で聞いたのじゃが、そもそも、壁作りで一番時間が掛るのは材料を運ぶ部分で、本来は、何台、何十台もの馬車を使い、何日も掛けて石を運ぶ事になるのじゃが、ワシが収納袋を提供した事で、大量の石を僅かな馬や馬車で運べるようになった事で、工期期間を大幅短縮出来る事になったそうじゃ。
他にも、エルフが森に住んで供給を開始した果樹や、ワシが提供した品種改良を行ったコワの実から作られる食事が噛み合って、作業員である奴隷達の作業効率が上がったのも理由の一つじゃな。
何せ、小麦と違って米は食すのに手間がそれ程掛からぬ上に、栄養価も高く、殆どのおかずに合うという万能性がある。
なので、炊いて握っておにぎりにするだけで、作業員は片手間で食べられ、おかずにぬか漬けを付ければ塩分補給も出来るとあって、現在はエルフ達の中で手の空いている者達が作って、毎日作業場に送り届けておる。
そのエルフ達も美男美女ばかりなので、その者達が作ったとあればやる気も出すじゃろうのう。
まぁそう言う訳で、色々な事が重なる事で効率が上がって、壁の建設は早くなっておったという事じゃ。
そうして、色々とやっておる中、相談事があるとかで、我が家にニカサ殿が来ておる。
ただ、我が家に続く道じゃが、箱馬車が通る様には出来ておらんので、人力車の様な小型の馬車を作り、それをベヤヤが引いて来て貰ったのじゃ。
取り敢えず、粗茶を出してどんな相談事なのか聞いて見るのじゃ。
「……『魔力阻害症』とな?」
「あぁ、種族も性別も老いも若きも、地域にも関係無く急に発病するんで、一切分からんって言う難病さ」
ニカサ殿が言うには、他にも症状に特徴があり、軽度なら多少魔法が使いにくいという感じじゃが、重度ともなると一切魔法が使えなくなるだけでなく、マナが濃い場所に行くだけで、気分が悪くなって、最悪、意識を失うそうじゃ。
かなり昔から確認されておる病気なのじゃが、原因も分からず、発病の切っ掛けも分からぬ、という厄介な病気であり、それに拍車を掛けておるのが、患者の数じゃ。
当然、過去にも治療を試みた事があるのじゃが、魔法回路に何かが詰まっているようだと言う事だけが分かっただけで、治療出来んかった。
そして、教会も治療をしておるのじゃが、こっちでは手法は秘密にしておるが、症状を軽減する事に成功した、と発表しておる。
まぁ教会の発表と言うだけで、胡散臭ーいと思ってしまうのは悪い事では無いとは思うのじゃが、本当に成功しておるのかは不明じゃ。
なんでも、治療して軽減した者じゃが、嬉しさのあまりに悪天候の中で山越えをして故郷に戻ろうとして滑落、そのまま帰らぬ人になっておるんじゃもの。
「で、これがそれを纏めた資料なんだがね」
「成程、つまり、患者の一人がこの病気で、治療の取っ掛かりを探すのを手伝って欲しいという事じゃな?」
そう言いながら机に積まれた資料は相当な量で、それを見れば、所々に線や赤丸が書かれておる。
どうやら、ニカサ殿はこの病気の治療をしようと考えておる様じゃな。
「正確には、アタシからの治療依頼って訳じゃないんだよ」
ニカサ殿が事の経緯を説明してくれたのじゃが、簡単に言えば、この国のお姫様であるロージィ様の婚約者候補の一人がこの病気に掛かっており、しかも、その一人がお姫様と思い合っておるらしいのじゃ。
で、王様としても正式に婚約者としたいのじゃが、この病気のせいでそれが出来ず悩んでおったら、
そして、ニカサ殿はワシの閃きと、治療の実績作りとして相談したようじゃ。
まぁ実績は別に良いのじゃが、王族が政略婚よりも恋愛婚をするというのも良いじゃろう。
という訳で、ニカサ殿と共に治療に関する資料を読み漁る事になったのじゃ。
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