第88話
勇者になって異世界に来たのに、この異世界、魔王もいなけりゃ強い奴もいない。
計算外だったのは、勇者の俺が魔法が使えないって事だ。
いや、異世界に来てまで魔法使えないなんてホントクソだな。
そう考えていたが、こっちに来てからクリファレスって国で歓迎されて、今じゃ俺専用の騎士団を立ち上げて、こうして国の為にアレコレやってんだ。
だからその対価として、俺が魔法を使える様にする研究をさせてるんだが、今の所、まだ成果は出てない。
今回も、航空戦力を敵に取られたら面倒な事になるってのに、誰も対策してねぇから態々俺達が確保の為に動いている。
「で、どんな感じよ?」
「順調だね、6割方は捕獲して2割は倒しちゃったから素材にして、残りは2割くらいが逃げてるって感じ」
俺の質問に答えたのは、一緒に転移してきた『剣聖』の『進藤 勝也』。
同じ魔法が使えない同士で、俺が率いる騎士団の副団長も務めてる。
「この調子なら明後日には終わるんじゃないかな?」
「チッ、アイツ等サボってんじゃねぇだろうな?」
「仕方無いよ、相手は空飛ぶし、僕ら程強いって訳じゃないんだから」
そこは魔法使えば良いじゃねぇか。
最強の剣って注文したのに、その要求も満たせなかったドワーフといい、ホント使えねぇ奴等だよ。
緊急用の通信用の魔道具で通信が来たと思ったら、逃げた先の森に入れねぇとか寝言抜かしやがったから、燃やしちまえって言っておいたが、そのくらい気が付けよ。
それじゃ、明日も最初みたいに剣にチャージしたマナをぶっ放しとくか。
取り敢えず、今夜は景気付けに派遣されてる教会の彼女辺りを抱くとするか。
……ったく、誠一郎の馬鹿、またテントに女を引き込んでるよ。
地球にいた頃からヤリ〇ンだったが、こっちに来てから輪を掛けて酷くなってるな……
まぁ地球に比べて娯楽は無いから、そのくらいしか楽しめないってのもあるし、『勇者』だからチヤホヤされてるって思ってるんだろうけど、実際は、ただ安全装置が無い剥き出しの核爆弾が歩いてるから、誰も逆らわない様にしてるってだけなんだよな。
実際、勇者の力ってのは異常だ。
剣を振るだけで地面は割れるわ、巻き上げた風圧で人は吹っ飛ぶわ、駆けただけで音速に近い速度は出るわ、反射速度も異常だ。
唯一の欠点が魔法が使えないってだけで、それにしても魔道具を使う事で補える。
勝手にドワーフに剣やら鎧を注文した上に、そのドワーフを『勇者に逆らった』って理由で切り捨てて重犯罪奴隷にするわ、逃げた兵を追わせ、逃げ込むであろうエルフやドワーフの町を襲撃して全員奴隷にする様に指示するわ、どんどん暴走気味になってきてるんだけど、指摘して暴れられたら誰も勝てないから今じゃ好き放題に拍車が掛かってる。
少し前までは、幼馴染の遠藤さんが窘めてたけど、ダンジョンのトラップでやられちゃったって話だし……
今回の件にしたって、航空戦力は確かに大事だけど、それの為だけにモンスターの群れを一つ完全に潰すなんてのは間違ってると思うし、コレだけ作戦が長引いてるのも、誠一郎が睡眠ガスの準備をしてる最中にいきなり新しい剣の試し斬りとか言って、巣の中央に向かって剣からなんかぶっ放して驚かせて逃げられたからだし……
何とか睡眠ガスで逃げ遅れたのを眠らせて、逃げたのには睡眠や麻痺を付与した弓矢で何とか対処して、捕獲したのは順次、『
そうじゃなくても、浅子の奴は猫やら犬やらを勝手にテイムして増やしてるから、いきなり上限に到達した、と出る可能性が高い。
転移者のやらかしが多過ぎて溜息しか出ないわ。
戦争だって参加したくないのに、誠一郎が転移初日に暴れまくって、この国の展開してた部隊の一つを壊滅させちゃったから、巻き込まれてるような状態だし……
その内、逃げようかな……
寝台の上では、白目を向いた
全く……本当にこの猿は度し難い程の馬鹿ですね。
私は勇者が現れたと聞いて、シルヴィンドのガレリィ枢機卿から派遣を命じられましたが、実際の所、知能も足らないただ腰を振るしか能のない猿でした。
確かに力は強いようですが、それだけですね。
魔法が使えないという事で、色々と研究させているようですが、無駄な事をさせますね。
魔法とは神から齎される奇跡の力で、後から魔法を使える様にするなど出来もしないのに。
まぁ魔法に対して耐性も無いので、こうして私の『魔眼』で麻痺させた上に、幻覚を見せさせる事が出来る。
こんな猿に私の純血を散らされるなんて、考えたくもありません。
しかし、ガレリィ様からの追加の命令で、この猿の精を集めねばなりません。
猿の悍ましいモノなど触りたくもありませんが、コレもガレリィ様の命令ですので仕方ありません。
テントの入り口から、外で待機している侍女を呼び中に入れる。
手袋を付けて鞄の中から小箱を取り出し、その中に入っていた物を摘まみだす。
それはウゾウゾと蠢く紫色の特殊なワーム。
侍女が猿を仰向けにしズボンを脱がせているので、猿の粗末なモノにそのワームを押し付けた。
途端にビクンビクンと猿が痙攣するが、別に私の知った事ではない。
このワーム、本来はクリュネ枢機卿が研究開発した拷問用の物であり、何度も使用するとその内不能になるらしいが、こんな猿が不能になった所で誰も困らないだろう。
寝所に連れ込まれた初日、咄嗟に魔眼で麻痺させてしまった後、精を取る為に触れただけで出しやがって、発狂し掛けて斬り落そうとしたのを、従者が止めてくれなかったら大変な事になっていた。
その後、このワームが送られてきて、コレを付けるだけの作業となっている。
しばらく待つと、ワームがパンパンに膨れ上がり、粗末な物からポロリと外れたので、摘まみ上げて小箱に戻し、鍵を掛けて侍女に渡す。
この後は、侍女によって猿を裸にひん剥いて寝台に放置し、私は適当な時間を過ごした後、さっさと出て行く。
猿と同じ空間になんて、長くいたくありませんからね。
気が付いたら朝になってやがる……
昨日はあの女をヒィヒィ言わせて気持ちよく寝たハズなんだが、妙に体が怠い。
服が散乱してるが、見回してもあの女はいない。
ったく、出て行くなら纏めておけよ。
服着て鎧を着込み、聖剣を片手にテントから出る。
聖剣に付いてる魔石を確認すると、マナは十分チャージされてるようだ。
一回使うと暫く使えなくなるってのは要改良だな。
この討伐が終わって戻ったら、ドワーフとエルフが奴隷になってる筈だから改良させてやるか。
そう思ってたら、王都から緊急の早馬が駆けて来た。
そういや、緊急用の連絡用魔道具の試作品、昨日使っちまったんだよな。
コイツもスマホみたいに手軽に使える様に改良させねぇとなぁ……
こういうのを作ってた口煩いアイツが居なくなったから、作れないなんて事はねぇだろ。
確か、アイツの研究ノートとかいうノートはある筈だから、ソイツに改良方法なんて書いてあるだろ。
複数の早馬に乗っていた兵士達を進藤に出迎えさせ、俺自身は専用の朝食をのんびりと喰う。
この異世界、食事に関しては遅れまくってやがる。
胡椒も僅かしか使えず、醤油も無けりゃ味噌も無い。
味気ない食事ってのは美味くもねぇ。
そんな事を考えつつ喰ってたら、進藤の奴が血相を変えてテントに入って来た。
カーバルトに送った部隊からの報告で、正規の道に生えている草が真新しいと言う事を発見し、何とか伐採してカーバルトに到着したが、住民のエルフは何処にもおらず、水晶を採掘していた迷宮はただの洞窟になっていて、ジャダカーンの様子を偵察しに送った兵士から、ドワーフもいなくなっており、魔導炉の魔石は外され、道具から素材に至るまで何も残っていなかった。
しかも両方とも、中央の広場に立て看板が立てられており、『これ以上、勇者の横暴に耐えられなくなったから、この地を捨てる覚悟を決めた』とか書いてあったらしい。
これにより、急遽、勇者である俺達を王城に呼び出す事が決定し、先程の早馬はそれの命令書を持った兵士であり、全作戦を中断して大至急王都へ帰還せよ、という内容だった。
バッカじゃねぇの?
ここでこの作戦を中断したら、ヴェルシュ帝国に航空戦力を渡す事になるじゃねぇか。
取り敢えず、俺は命令を聞かなかった、と言う事にして、兵士達は運悪くここに来なかったと言う事で、部下達に労わせておいた。
ったく、本当に馬鹿共の相手は疲れるぜ。
俺達勇者部隊が王都に帰還を開始したのは、結局、この日から3日経過してからだ。
これが、俺の運命が狂い始めた瞬間でもあった。
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