第86話
ヒュージを超える様なサイズの水晶蜘蛛。
そうか、あの玉座に座っていた奴は、チョウチンアンコウとかの疑似餌と同じって事か。
余りに弱く油断している所を、こっそりと後ろからブスリ。
だが、その戦法が使えなくなった以上、真正面から戦う事になるが、こう言う手合いは奇襲は強いが、直接戦闘は弱い、と相場は決まっている。
そう考えつつ、疑似餌と距離を置きながら、ハンマーの柄を握り直す。
が、此方が動き出すより早く、水晶蜘蛛の腹部がブルリと震えると、先端部からボトボトと水晶が剥がれ落ちる。
そして、剥がれ落ちた水晶が集まり一体の人型を作り始め、更に追加で剝離した水晶が別の人型を形作っていく。
おいおい、追加も作れんのかよ。
慌てて本体の方に突っ込むが、疑似餌達が邪魔をしてくる。
確かに一体一体は鈍いし弱いんだが、どんどん増えるせいで本体に辿り着けん。
増えるペースは俺が数体倒す間に、本体が10体は生み出している様な状態。
「ってか、最近はこんな奴ばっかだな!」
少し前には肉塊スライム、そして今回の水晶蜘蛛。
本体叩かなきゃどんどん増えるタイプの敵ってのは、本当に面倒臭い。
ハンマーを振り抜き、疑似餌共を弾き飛ばすが、奥からどんどんおかわりがやってくる。
『わんこそば』じゃねぇんだぞ!?
ただ、こうして倒していれば、いずれかは疑似餌を作る為のマナが枯渇するだろう。
その時がチャンス……っておぉぉぉぃ!?
俺の考えを読んでるのか、疑似餌を生み出し続けていた水晶蜘蛛が、天井から釣り下がっている水晶の一つを捥ぎ取ると、バキバキと音を上げながら咀嚼していく。
ここの水晶は迷宮のマナに当てられ、内部にたっぷりとマナを貯め込んでいる。
そんなのを食べられたら、余計にマナが枯渇するのに時間が掛るじゃねぇか!
「仕方無いか……」
これだと、どうせ短期決戦で仕留めなければならない。
ならば、アイツが用意した中でもとびっきりのぶっ壊れ武器を使って殲滅するのが、この場合で最も最善な方法だろう。
疑似餌達をもう一度吹き飛ばし、腰のポーチから別の武器を取り出す。
見た目は豪華な装飾が施された巨大なハンマーだが、随所に装着した魔石にマナをチャージし、一気に開放する事で莫大な破壊力を実現した逸品。
ただし、一度使うとチャージの為に相当な時間が掛る上に、反動が凄まじい為、出来る事なら使いたくはなかったが、コレばかりは仕方無い。
そのハンマーを振り被り、先頭の疑似餌に向けて振り下ろした。
「吹き飛べぇぇっ!」
ハンマーから発生した紅蓮の炎が部屋を包み込み、疑似餌達と水晶蜘蛛を飲み込んでいく。
当然、俺も巻き込まれた訳だが、着込んでいる防具の性能が高いので、そこまで重度なダメージは受けていないが、顔や皮膚が炙られてジリジリと痛みを感じ、直ぐにポーションを使って回復する。
そして、そのハンマーを放り捨てて水晶蜘蛛に向かって駆ける。
水晶蜘蛛は今のでダメージを相当受けたようで、全身に罅が入り、動きもぎこちなくなっている。
そのダメージで一時的かもしれないが、疑似餌を生み出す事も出来なくなっているようで、チャンスは逃さん!
巨大なハンマーを水晶蜘蛛の頭胸部に叩き付ける。
ビキビキと音を上げ、水晶蜘蛛が苦し気な叫び声を上げた。
そのまま背に陣取り、ハンマーで連打を開始。
動けない様に全ての足を破壊し、しばらく滅多打ちにして完全に動かなくなったのを確認すると、徐々に水晶蜘蛛と疑似餌達が迷宮に飲まれていく。
そしてドロップ品は、水晶蜘蛛の腹部にあった超が付く程の巨大水晶と魔石で、疑似餌達の方は何も残さなかった。
これが果たして苦労に見合うか、と言われたら悩む所だが、まぁ目的はこの先だから良いか……
最奥にあるダンジョンコアの周りには、よくぞここまで貯め込んでいたなぁと言う程の大量の金銀財宝。
武具もいくつかあるが、殆ど実用性は無いんじゃないか、コレ。
剣の刃の部分が水晶で出来ていたり、全て水晶で出来た一本槍とか、強度的に心配だが、まぁアイツに渡しとけば何とかするだろう。
武具類と金銀財宝を別々の収納袋に納め、金銀財宝は逃がし屋の代金に充てる予定だ。
目の前にあるダンジョンコアは、一抱え程ある水晶柱で、その上下から様々な光が出入りしている。
商業ギルドのギルマスであるミレーネが言うには、コレを台座から外せば迷宮は討伐された事になり、再度台座に戻しても二度と戻らないらしい。
そして、徐々に迷宮の奥からゆっくりと崩壊していくのだという。
ダンジョンコアを両手で掴み、ゆっくりと台座から外すと、水晶柱の中に青い光が内包された状態で外れた。
ゴゴゴゴ、と一瞬、迷宮が震えるのを感じ、目の前にあった台座の部分が崩れ始める。
どうやら、崩壊が始まった様だが、コレ、地上に帰還するには迷宮の中を進まねばならないのか?
そう思っていたら、横の壁が崩れ螺旋階段が現れた。
成程、ここを上がっていけば良いんだな?
そうして俺は螺旋階段を上がり始めた。
地上に戻ると、水晶迷宮の隣の壁が崩れて洞窟が出来ており、そこが脱出口となっていた。
そして、目の前には冒険者ギルドのギルマスであるアーダイルの姿があった。
「どうやら、討伐は出来たようですね」
「……あぁ、討伐はしたが、どうしてここにいるんだ?」
「唯の散歩ですよ。 それに明日、ここから冒険者ギルドは撤退する予定になっていますので」
アーダイル曰く、冒険者ギルド間で使われる連絡で、王都から兵士が出発し、王都のギルドが危険と判断した為、撤退の命令を出したらしい。
つまり、兵士の目的は逃げたエルフ兵を探し出す事では無く……
「里の殲滅か……」
「でしょうね、それに来る兵士達も、あの勇者によって選ばれた狂信者の様な者達ですので」
アカン。
これは急がねばならないが、逃げる準備は出来たのか?
里長のファースの所に行くと、既に大半のエルフ達はゴゴラ達が待つジャダカーンに出発しており、残っているのは俺を待っているエルフだけだという。
というのも、逃げるのに正規の道を使う訳にもいかず、そうなると森の中を突っ切る事になり、道案内が居なければ無事に通る事が出来ない。
なので、態々俺を待ってくれていたようだ。
更に、アーダイル達が里から出た後、正規の道には大量の成長が早い植物の種をばら撒いた上に、成長促進の魔法を使って完全に道を塞いでしまうという。
そして逃がし屋達に付いては、既にジャダカーンに到着しているらしく、現在、エルフ達を待っている状態だという。
ファースが溜息交じりに窓から里を見渡す。
ここは、ファースの祖父がこの森がまだ林だった頃、移住してきた場所だ。
そして、祖父、父と代を重ねて森にまで大きくした。
本当なら『この里を放棄するなんて冗談ではない!』と怒りたい所だが、あの勇者の性格を考えれば、ここに残っていれば、一族全員が奴隷とされてしまうだろう。
一族を絶やす訳にはいかない。
ならば、カチュアが連れて来た彼の言葉を信じ、新しく出来る町の近くに安住の地を作ろう。
その為に、彼から領主宛の紹介状は預かっている。
……しかし、ただの冒険者であるハズの彼は、どうやって領主と知り合ったのだろうか……
そんな事を考えつつ、正規の道を塞ぐ為に数人のエルフ兵を残し、彼と共に森の中へと出発した。
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