第84話




 商業ギルドの朝は早い。

 訂正、商業ギルドのギルドマスターの朝は早い、だな。

 その日の予定を確認し、承認する書類と不承認する書類をチェックし、所属しているメンバーの中で馬鹿な事をやらかしているメンバーに対して警告を送るように指示を出したり、逆に利益を増やしたメンバーにはボーナスを出したりと、日が昇るまでに指示を出しておく。

 その後は、一日中、ギルドマスターの執務室でひたすら書類仕事をするか、来客や他ギルドのギルドマスターの対応をする事になる。

 ただ、今日はこれ以外に、転移者の彼女を助ける為に王都の裏路地にあるで、ちょっと特殊な職人の手配を頼む必要がある。

 なので、日が昇るより遥かに早く目を覚まし、ローブで身を隠して路地裏を進んでいる。


 古ぼけた嘗ての酒場だった建物の扉を押すと、ギィィと立て付けの悪い扉が音を上げる。

 中にはボロボロの机や椅子があるが、誰もおらず、カウンターにも誰もいない。

 その中を進み、カウンターの中に入ると、カウンターに置かれていた埃を被ったカップを一定の手順で動かした後に、背後の棚を軽く力を籠めて横に動かすと、音も無く棚がスライドし、そのまま中に入っていく。

 中に入ると棚が勝手に動いて元に戻っていき、完全に棚が戻ると奥の壁からガチャリと音がする。


「安全の為とは言え、毎回コレだと面倒だな……」


 呟きながら音がした壁を押すと、先程まで暗く静かだった場所から一転、一気に明るくなり、馬鹿笑いしている男達の声が聞こえて来る。

 ここが、この斡旋所の本当の姿であり、ここに来れる人物は限られている。

 ギルドマスターの中で知っているのは私と、冒険者ギルドのギルドマスターくらいだろう。


 そのまま奥に進み、カウンターでグラスを磨いていた男に対し、を注文する。

 そして、出てくるまでこの場にいる男共を見回す。

 普通、こんな場所に女が来れば酔っ払った男共なら絡みに来るモノだが、一瞥するだけで誰も来ない。

 それもそのはずで、この場のルールで相手の素性を詮索するのはタブーであり、コレを守らなければ、どんな相手であろうと、二度とここに来ることが出来なくなる。

 過去に貴族に対して、ここにいた事を材料に強請ろうとした馬鹿が現れ、次の日にはここに訪れなくなり、数日後には川で浮かんでいた。

 どういう仕組みになっているのかは分からないが、ここは『特別な空間』なのだろう。


「お客様、ご注文の品ですが少々衝撃に弱い脆い材料を使っておりますので、奥の部屋にてご準備が整っております」


 カウンターの男がそう言いながら、部屋の鍵を置いた。

 部屋番号は11番か。

 つまり、現在10人が交渉中という事だな。

 カウンターの隣にある通路を通り、11番と書かれた部屋の扉に差し込むと、ガチャリと音がして鍵が外れる。


「おや、珍しい方だ」


 部屋の中は机が一つに椅子が二つ、その机の上にランプが一つだけ置かれている。

 そして、その椅子の一つにはローブ姿に白い仮面を付けた男が座っていた。


「今日はどのようなご用件で? 舞台から馬鹿貴族退場暗殺ですか? それとも粛清警告で?」


「そう言う仕事ではない。 とある人物を確実に逃がして欲しい」


「ほぅ、彼女は生きていましたか、では、逃げる先は帝国では無くバーンガイアですね?」


 この男は私の言葉だけで察したようだが、どれだけ情報網が広いのか……

 それに、『やはり』と言っていた事から、他にも彼女が生存している事を怪しんでいる奴がいると言う事か?


「あぁ御安心下さい。 彼女の生存を疑っていないのは私くらいですので」


「どうして疑っていないのか、理由は教えてはくれないのか?」


 そう聞くと、男は『流石にそれはお答え出来ません』と言われてしまった。

 流石にこれ以上詮索するのは悪手だろう。

 その後は彼女の潜伏先と、送り届ける先を話し、値段を確認。

 今回は前払いで金貨200枚、成功報酬で金貨100枚を払う事になった。

 確実に逃がせる手配と、国を跨いで逃げるなら妥当な値段だろう。

 前金は彼女の口座から払い、後払いは私が払う。

 というより、彼女の口座の額はこうしている間もどんどん増えているので、200枚程度は即金で払える。

 男は『それでは手配しておきます』と言って、礼をするとそそくさと部屋から出て行った。

 この後は、部屋から出て、通路の奥にある出口と書かれた扉を通ると、王都の路地裏の一つに出ていた。

 背後には出てきたはずの扉は無く、ただの建物の壁があるだけだ。

 これもいつもの事であり、気にしても仕方がない。

 そう思いながら、仕事場商業ギルドに向かう。

 さぁ今日も一日仕事で忙しくなる。




 そう心構えて職場に来たら、いきなり数日前に彼女の無事を教えてくれた彼が頭を下げに来ていた。

 どういう事かを聞いたら、彼女が匿われている町の代表的なドワーフが奴隷となっており、しかも、種別が重犯罪奴隷である為、唯の冒険者である彼では購入する権利が無い為、こうして私の所にやって来たのだという。

 重犯罪奴隷と言うのは、その言葉通り重犯罪者を奴隷にした場合に付けられる種別で、他の奴隷と違って購入するにはそれなりの地位を持っていなければならず、その為、ただの冒険者には買う事が出来ない。

 そのドワーフは重犯罪者になるなんて、一体何をしたんだ?

 そこら辺の情報も、ちゃんと奴隷商から聞いたようで、そのドワーフは数日前に勇者が手に入れていた新しい剣の製作者で、勇者が『最強の剣で間違いないか』と言う質問に対して『現時点で最強の剣ではあるが、将来的にはわからん』と答えた所、勇者が『それじゃ意味がない!』と何故か激昂し、彼を『勇者を騙そうとした』として斬り捨て、重犯罪者として奴隷にしたのだという。

 その際、同行していたドワーフ兵とエルフ達は全員逃亡に成功しており、勇者は追跡調査を命じたらしい。


 これは、非常に不味い。

 取り敢えず、職員にそのドワーフを何としても急いで購入するように命じ、彼と今後の事を話す。

 逃げたドワーフ達とエルフ達の逃亡先なんて、ジャダカーンとカーバルト水晶の里に決まっている。

 しかも、見付からなかったなんて報告すればあの勇者の事だ、兵士を総動員してジャダカーンとカーバルトの両方を、にする可能性が高い。

 勇者は渡り魔獣を狩りに行っているが、戻ってくるまでにどうにかしなければ……


「逃がし屋に依頼は出来るか?」


「……正気か? いったいいくらになるか分からんぞ?」


 彼の提案は、最早常識を疑う物だ。

 ジャダカーンとカーバルト、両方の住民を全員逃がし屋によってバーンガイアに逃亡させてしまおうって事だが、彼女一人で金貨300枚は掛かるのに、住民全員なんて……


「少し違う、子供や女だけを逃がし屋で逃がして、男連中には別の方法で国を渡って貰う」


 彼の考えとしては、絶対に逃げ切れない者達だけを逃がし屋で逃がし、体力や技術がある男連中は自力で国境越えをする。

 その際も、商隊の護衛や冒険者として移動すれば、別に犯罪ではないので判定の魔道具もすり抜けられるだろう。

 つまり、私達商業ギルドが適当な依頼で商隊を組み、その商隊メンバーと護衛として雇ってしまえば良い。

 理由としては、新しい商会でも作る為とでもでっち上げれば良いし、今はルーデンス領で新しい町が作られているらしいので、そこに作る為と言えば嘘ではない。


「……金はどうする?」


「それはこっちの問題だからな、ゴゴラが戻ったら話し合うさ」


 そして、職員がドワーフを購入する為に、奴隷商を連れて来たという事で一旦離席し、奴隷購入をする。

 理由としては、技術の底上げする為だと言っておいたし、私達は天下の商業ギルド、商売人なら強気に出る事が出来る。

 結構な額を払い、直ぐに治療室で傷だらけになっていたドワーフの治療を行う。

 流石に、右腕の欠損は直ぐに治せないので、傷口を修復するだけに留めた。

 一応、ここにも販売用に高品質ポーションは置いてあるが、高品質ポーション一本で治るレベルを超えているし、売り物を勝手に使う訳にはいかない。


 取り敢えず、即、奴隷から解放する訳にもいかないが、私から彼に奴隷を譲渡し、コレからをどうするか二人が話し合うのを見て、私達商業ギルドはコレからどう動くかを考える。

 クリファレスとして、あの勇者達にこれ以上従うのは危険過ぎる。

 だが、あの勇者達の強さは、ヴェルシュ帝国に対抗するには絶対に必要になる。

 しかし、今回の件で上手く動けば、勇者達にを付ける事が出来るかもしれない。

 その為に考えた方法を取れば、国に対してかなりのダメージを覚悟しなければならないが、確実に勇者達の責任として追及出来る。


 そうして、向こうの話も終わったのか、ゴゴラが説得する為にジャダカーンと里に向かう事になり、資金に関しては、必ず支払うと約束した。

 それを聞いた後、私自身もこの国の為、彼にとある秘密の依頼を出した。


 それこそが、後に『落ちる勇者』の冒頭として語られる事になる、カーバルトにある水晶迷宮の討伐依頼だった。

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