第73話




 旅に出るにあたり最初に目的地を決めたかったが、この異世界の事を何も知らんから、決めようがない。

 こういう場合、酒場とか冒険者ギルドとかで聞くか、仲間でもいればそこから聞く事が出来るんだろうが、残念な事に、この村は小さ過ぎて酒場も冒険者ギルドも無いし、実体化したばかりの俺に仲間なんていない。

 そうなれば、知ってそうな場所がある所に行くしかないんだが、この場合、この国の王都か領都ルーデンスのどちらか。

 まぁ、王都には暫く近付きたくないんで、ルーデンスしかないんだがな。


 実は走ればあっという間に付くんだが、旅はのんびりと楽しみたい。

 あっちと違って、俺は別段、スキルや実力を制限する気も無いので、目的を達成する為に行動を自重するつもりはない。


 ただ、ルーデンスに行くなら、ちょっとあの領主とはをしなければならんな。



 領都に到着したら、まずは宿屋。

 領主に面会を頼んだとしても、当日に会えるなんて思っていない。

 流石に『知り合いだから』、と言って会える様なガバガバな警備じゃないだろう。



 扉の所にある看板には、籠に入った剣が描かれた『剣の籠亭』。

 ここでは一泊銀貨50枚もするそこそこ高級宿の一つだが、防犯面やサービスのグレードを考えると、これより下は駄目だ。

 部屋の鍵が一つだけの普通の物だったり、食事の提供が無かったり、備え付けの家具がボロかったり……

 最低レベルになると、家具無しの大部屋に全員雑魚寝、食事も無しで防犯は自分で行う、と言う物になる。

 俺の持っている装備や道具は全部一級品、と言うかアイツが準備した物なので、絶対に何か仕掛けてあるだろう。

 妙に作り込まれている解体用のナイフ一本でも、絶対に盗まれる訳にはいかない。



 領主邸の門番に領主への面会を頼み、泊っている宿も伝えておき、宿に戻って食事を頼んでおく。

 そこで提供されたのが塩味が薄いのにドロリとしたスープと、硬いパン、薄切りにされた肉と果実水で割られた酒。

 正直、これでも美味い方だ。

 だが、これがこれからも続くとなると……


 早く飛べる従魔探して村に帰る!


 そう決意して、残りを無理矢理飲み込む。

 こうなると、最早、食事では無く『ただの栄養補給』と自分に言い聞かせるレベルだ。

 早く面会が出来ると良いんだが……



 結局、面会が出来たのは、それから一週間後だった……




 領主邸の一室に案内され、暫し待たされる。

 部屋の調度品一つ見ても、それなりの額だろうが、成金のようにゴテゴテとした悪趣味と言う訳では無い。


「すまないな、王都の復興と徴税官との調整が追い付かなくてな……」


 そう言いながら椅子に座るヴァーツ。

 その表情から、かなりの疲労があるようだな。

 まぁそれが領主の務めでもあるから仕方無いだろう。

 メイドが俺とヴァーツの前に紅茶を置き、一礼して部屋を出て行く。


「それで、儂に何か聞きたい事があると?」


「あぁ領主殿は各地を渡り歩いていたと聞く。その中で、に心当たりは無いか? 出来れば龍種が良いんだが……」


 言葉遣いに関しては、普段通りで良いと先に許可を貰っている。

 その為、この場にいるのは、俺と領主のヴァーツ、そのヴァーツの斜め後ろに立つ執事の3人だけだ。 

 なので、普段通りでも不敬罪として、メイドとかから通告されて後から処罰される事も無い。

 しかし、俺の言葉で顎に手を置いて考え込んでいる。


「大型魔獣で飛べる上に人が使役出来る、となると、かなり数は少ないぞ? それに龍種は基本的に使役出来ん」


 ヴァーツの話によると、大昔、各国で龍種を従える研究は行われていた。

 その原因と言うか切っ掛けになったのは、とある迷宮ダンジョンの奥深くで発見された一枚の壁画。

 そこには、一人の男が巨大な龍の頭の上に立ち、剣先で指示した先にいた黒い塊に対して攻撃している、と言う物で、神話の様な物だと考えられた。

 だが、それを聞いた研究者の一人が、もしかしたら龍を従える事が出来るのではないか?と考えて、計画は始動した。

 研究者は、魔獣にもに似た行動を取る事がある、と言う事を利用し、卵から孵せば人の命令を聞く可能性が高いとして、まずは手始めに、冒険者に依頼してワイバーンの卵を採取させ、それを孵す事から始めたのだが、ワイバーンの巣から卵を盗み出すだけでも一苦労なのに、孵る卵も少なかった。

 更には、最初は従順だった個体も、最終的に狂暴過ぎて手に負えなくなってしまうだけでなく、ワイバーンはじゃれ付いたつもりでも、それだけで術者は大怪我をする事になる。

 研究は頓挫したが、この研究によりいくつか判明した事と、とある技術が誕生した。

 判明した事は、『従魔師テイマー』と言う数少ない職業クラスの中でも、限りなく少ない者だけが龍種と契約して従える事がと言う事。

 もう一つが、特殊な魔道具を使う事で強制的に従わせる方法であり、今では『隷属の魔道具』として、重犯罪奴隷を大人しく従わせる為に使われている。


「『隷属の魔道具』ってのは……」


「うむ、見た目は首輪の様な物でな、禁止された行為をしようとすると動けなくなってしまうのだよ」


 ただ、最初期は『隷属の首輪』の導入には賛否両論だったらしいが、コレが使われる前は、重犯罪奴隷は額に刺青を入れられるだけで、監視・鎮圧の為に常に兵士をかなりの数同行していた。

 更に、その監視の目を盗んで脱走したり、住民への暴行・傷害事件も頻発した事で、導入に踏み切った。

 結果、犯罪事件も減り、監視の為の兵の数も減らせた事で、反対派は軒並み黙る事になり、今ではすべての国や領で導入されている。

 それに、刺青だと後で消す事が出来ない為、社会復帰も難しく、刑期を終えても何処にも雇ってもらえずまた犯罪組織に、と言う悪循環があったりしたという裏事情もあったりする。


「そもそも、この国バーンガイアではあまり流通しておらんからなぁ……」


「流通?」


「クラスがテイマーであれば、魔獣を使役する事が出来るんだが、この国ではテイマーの数が少ない上に、帝国とかに比べても国土が小さい、故に、従魔を専門に取引する商人が殆ど来んのだ」


 需要が無ければ供給は途絶える。

 それに、実はテイマーは人気職の一つで、主に商人連中が高い賃金を提示して永続雇用で雇う事が多い。

 と言うのも、この世界での移動は基本的に馬車になり、当然、馬車を引く動物が必要になるが、テイマーが居れば、大型の魔獣に引かせる事が出来る様になる。

 当たり前だが、馬よりもパワーもスタミナもある魔獣の方が、荷物も多く運べる上に、移動速度を上げられる。

 結果的に、国土が大きい国の方が需要が大きい為に、小国であるバーンガイアに留まらないのだ。

 

「成程、となると手に入れるには……」


「クリファレスかヴェルシュに行かねばならんだろうが、今の時期だと……渡り魔獣がクリファレスに来ていると思うが……」


「渡り魔獣? 鳥型か?」


「まぁ渡り鳥みたいに聞こえるだろうが、コイツはどっちからも卵狙いの馬鹿共冒険者がいてな、クリファレスとヴェルシュの間を定期的に行ったり来たりして、生息域をちょくちょく変えるってんで『渡り魔獣』って呼ばれている」


 いや、密猟者のせいで生息域を変えねばならないって相当な事だぞ。

 それこそ、根こそぎ卵を持っていくような事をしない限り、そんな生態になるとは思えんのだが……

 俺の抱いた疑問に対して、ヴァーツがそこら辺も教えてくれた。


 この魔獣は、個体として見てもかなり強い上に刷り込みが可能な為、どっちの国でも大人気。

 そして、どっちの国としても、そんな魔獣を相手国に多く取られる訳にはいかないとして、卵の採取を優先依頼として出している。

 互いが航空戦力として戦争に投入した事で、個体数も激減している為、元々が高かったが流通量が減って更に高額化、生息域を探し出して大量に入手すればまさに一攫千金。

 そうして、冒険者達は率先して卵の採取に向かって採取しまくった為に、定期的に生息地を移動する『渡り魔獣』となった訳だ。


「確かに、そんなんじゃ魔獣でも逃げるか」


「魔獣からしてみれば溜まったモンじゃないだろうがな」

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