第72話




 そうして、戻って来た日常。

 村人達は畑仕事に森での採取、狩猟を行っておる。

 それ以外にも、伐採した場所から離れた所で、苗を使って植林作業を行う者達がおったり、畑で収穫した作物の数を管理しておる者達もおる。

 それらと並行して、新しく建設する町の事を話し合っておるのじゃ。


 結論から言うと、ワシ等が考えた今の町を土台にする案は却下されたのじゃ。

 却下したのは、ルーデンス領からやってきた設計士の若者で、歳は若いが腕は良く、ヴァーツ殿も橋の建設や設計を頼む事があるらしいのじゃ。


 まず、上下水道を完備させるとなると、村の土台から作り直すことになり、これなら1から作り直した方が良い上に、前にワシ等がオーク共を殲滅したあの平原があるので、そっちで新しく作った方が良い、という事なのじゃ。

 まぁそれもそうなんじゃが、平原に移動するとなると、この地に愛着がある村人達もおるじゃろうし、畑を捨てる事にもなるじゃろうからのう……


「いや、別にこの村も畑も捨てる必要はありませんよ?」


 設計士の若者が言うには、まず、平原に町を作る事は確定だが、コボルト豆を作っておる別の村と一緒にこの村は仕事をする人達が活動する場所として管理していく予定なのだという。

 それに、現状ではこの辺に特産品は無いのじゃが、そこら辺はワシが勝手に何か作るだろう、とヴァーツ殿が言っていた、と言われたのじゃが特産品のう……

 取り敢えず、そっちは何か考えておくとして、町の建設に関しては、普通にプロ集団に任せる事にしたのじゃ。

 それと、町が完成したら、ヴァーツ殿には正式に町長を送って貰う事にしたのじゃ。

 流石に村長は高齢過ぎて、町を運営する上で、体力的にも耐えられない可能性があるのじゃ。

 村長には、このまま村の管理をしてもらう事になるのじゃ。

 なお、それを聞いて村長は安堵しておったよ。

 元々はワシらが管理運営を行うという話じゃったが、流石に側近もおらぬ見た目子供が、町の管理運営などしておったら周囲からは奇異の眼で見られるじゃろう。


「では、建設に関しては此方にお任せください」


「もし手が必要だったら遠慮なく言って欲しいのじゃ」


 若者と握手し、基本的に建設作業は任せるのじゃが、ワシも手を貸す事はするのじゃ。

 当面の手助けとしては、井戸の掘削じゃな。


 建設予定地の平原は、川から少し離れておる為、水の補給が少々手間なのじゃ。

 なので、建設予定地の近くに数ヶ所の井戸を掘削し、ポンプを設置する。

 本来、この作業はかなり時間を掛けて探す必要があるのじゃが、ワシなら探知魔法で地下水脈を発見するのは容易い事なのじゃ。

 他にも食糧の調達や資材の運搬等、やれる事は多いのじゃ。



「面倒臭ぇから魔法で作ったら駄目なのかね」


 兄上がそんな事を言っておるが、考えなかった訳では無いのじゃ。

 しかし、そんな事をやってしまったら、こう言う仕事で生活しておる人達の仕事を奪う事になるじゃろう。

 少なくとも、こういう仕事ではかなりの額が支払われる事になるのじゃから、奪ってしまったら確実に恨まれるじゃろう。

 まぁちょこっと手助けするくらいは良いとは思うがの。


「さて、それじゃ俺はそろそろ行くが、通常の定期連絡はルーデンス領の冒険者ギルドに送るぞ?」


「まぁここには連絡手段が殆ど無いからのう、念話も何処まで届くか分からぬし、定期連絡はそれで構わんじゃろ」


 そうして数週間後、準備を終えた兄上は従魔探しの旅へと向かったのじゃ。

 元々は同一の存在だったのに、寂しいかと聞かれれば、若干の寂しさを感じておる。

 まぁあの兄上がやられるような事は無かろうが、用心はしておくのじゃ。



 入れ替わりでバートが村に戻り、今はワシの元で新たに魔法文字や体術を学んでおる。

 ノエルも同じように、ワシの元で学んでおるのじゃが、元々が騎士であった為に、バートよりは近接技術は高いのう。

 ワシはワシで、この町の特産品をどうするのか考えておる。

 元々、この村では木炭を作っておったのじゃが、規模が大きくなった事で、コレを特産品にするのは無理なのじゃ。

 なので、新たにいくつか思い付いた所では、甜菜・薬草・石鹸の3つが上げられるのじゃ。


 砂糖の供給量を増やす為に甜菜を植え付けしたり、バーンガイア国として薬草の供給量を増やす為に薬草を栽培したり、ムクロジや木灰を使って石鹸を作ったり、と考えたのじゃがどれも一長一短。


 こういう時は、一人で悩まず、誰かに相談するのが一番じゃな。


『そんなの俺に言われたって分かんねぇよ』


「まぁそうじゃろうけどのう」


 ワシの前には座って小麦粉を練っておるベヤヤがおるのじゃ。

 しかし、超能力スキルも随分と上達しておるのう。


『要は、時間が掛ったり、手間だったり、危なかったりって事だろ?』


 ベヤヤの言う通り、甜菜は植え付けし、それを加工しなければ砂糖にはならぬ。

 薬草は薬草で、植え付けした後、ちゃんと管理しておらんと品質が落ちてしまう。

 石鹸作りは、木灰からアルカリ性の溶液を作る為、下手に扱うと非常に危ない。


「そうなんじゃよ、どれもこれも難しいんじゃよ」


『どれも仕方ねぇ事なんじゃねぇのか?』


 ベヤヤが練り上がった生地を布に包んで、鞄の中に入れる。

 この後、家の窯で発酵させるのじゃろう。


『楽して良い思いなんて出来ねぇんだし、やるなら失敗してもカバー出来るようにすりゃ良いんだろ?』


「ふむ、それは確かに一理あるのじゃ」


 ベヤヤに礼を言って、平原で行われておる建設現場へと歩く。

 そこでは、既に測量と大まかな区割りが行われており、現在は地下に埋める下水道の建設の為に深い溝が掘られておる。

 ここに下水道を埋めるのじゃが、そのサイズは人が複数人はいる事が出来るサイズになるのじゃ。

 コレは、防犯上とかの理由とかでは無く、下水道の汚水にはファンタジーの定番モンスターであるスライムが湧いてくるのじゃ。

 この世界のスライムじゃが、別段そこまで危険な相手、と言う訳でも無く、『あ、スライムがいる』と言うレベルなのじゃ。

 と言うのも、そこら辺にいるスライムは無茶苦茶弱い。

 唯一、核を破壊されなければ再生する程度で、あらゆる攻撃に対して弱いので、生態系の最底辺なんじゃないじゃろうか。

 ただ、増え過ぎたりして極度のストレスを与え続けると、この最弱の魔物がそこら中から溢れ出し、無差別に周囲を襲い始めるという事が起こるので、ある程度は間引く必要があるのじゃ。

 ただし、このスライムによって汚水や死骸が分解され、スライムの排泄物は腐葉土の様な栄養が高いゼリーの様な物なので、増え過ぎなければ放置されておるし、間引かれたスライム自体も栄養価が高いので、乾燥させて粉にして肥料になるのじゃ。

 栄養価が高いとはいえ、流石に汚水で育った可能性が高いモノを食べる訳にもいかぬしのう。


 そうして、中心に作られたテントで設計士の若者と意見を交わす。

 何故テントかと思われるじゃろうが、彼等の宿舎は建設予定地の外側にいくつか建設中なのじゃ。

 大体の町の大きさが決まった事で、その外側に寝泊まりする宿舎と資材を保管する倉庫を作ったのじゃが、まだまだ数が足りぬ。

 なので、一部の面々はテントで生活しておるのじゃ。


「成程、特産品ですか……確かに、どれも一長一短で難しい所ですね」


 若者がカップの中身を一口飲みながら呟いておる。

 テントの中で漂っておる匂い的に、紅茶の様な物じゃろうか?


「しかし、別にどれもやってみて良いのでは?」


「ほう?」


「そもそも、まだ町は完成してませんし、村の方で試してからでも良いんじゃないですかね? 第一、ヴァーツ様が『魔女様ならなんとかするだろう』と言っているのですし、色々試行錯誤すればよろしいのでは?」


 その結果をヴァーツ様に確認して頂けば良いのですし、と若者が紅茶を一口飲む。

 成程、ワシは少し考え違いをしておったようじゃな。

 確かに、『町の特産品を考える』と言う事に捕らわれ過ぎて、町での事を前提に考え過ぎておった。

 じゃが、肝心の町は出来ておらんのだから、いくら考えた所で無駄なのじゃ。

 今やるべき事は、町が完成した時、スムーズに移行出来る様にしておく事じゃな。

 どうせ、町の完成はどんなに早くとも1年以上掛かるのじゃし、まずは村で色々とやる事にするのじゃ。


 若者に礼を言い、まずは従来の村で甜菜や薬草の栽培を試し、新たに来ておる住民達には石鹸作りを試してみる事にしたのじゃ。

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