第69話




 結局の所、ワシが名誉貴族になるのは決定済みで、回避出来ぬと言う訳なので、最後の抵抗でワシは成人するまでは陞爵はせぬ!という事を確約して貰ったのじゃ。

 ちなみに、この世界での成人年齢は18歳で、ワシは……まだギリ一桁年齢って所なのじゃ。

 兄上?

 ……そっちはそっちで頑張って欲しいのじゃ。


 この後、貴族名鑑なるめっちゃ分厚い図鑑みたいな本に名前と紋章を刻む事になるのじゃが、ワシはともかく、兄上の紋章は考えておらんからのう。

 なので、一旦、兄上と相談するという事で切り上げる事になったのじゃ。

 まぁ流石に空腹感もあったので、ワシらも他の貴族達と合流して食事にするのじゃ。

 どんな軽食が用意されておるかは分からんが、少しはベヤヤの土産にしても良いかも知れんのう。

 因みに、陛下と姫様はここで別れる事になるのじゃ。




 ぇー、そういう訳で、軽食が用意されとるハズの部屋にやって来たのじゃが……


「貴様が何故ここにいるのだ!」


「だから、俺は其方が言っている奴とは違うと言っているだろう」


 なーんか中が騒がしい上に、聞いた事の有る声が聞こえるのじゃが……

 後ろを振り返ると、ヴァーツ殿が額に手を当てておる。

 あぁ、なんとなーく予想できたのじゃ。


「やーやーお腹空いたのじゃ、どんな軽食が用意されてるのじゃ?」


 取り敢えず、歳相応の感じで部屋の中に入ると、貴族連中の視線が一気にこっちへ向いたのじゃ。

 まぁそれはともかく、部屋の中央付近で言い合っておった?のは、焦げ茶の髪の青年と、若干、頭髪が寂しくなり、腹も出始めておる50代くらいかの?の男。

 青年の方はバートじゃが、こっちの男は誰じゃ?


「一体、コレは何の騒ぎですか?」


 宰相殿がそう言うと、周囲におる貴族達がザワついておるが、率先して答える様な猛者はおらんようじゃな。

 まぁそりゃ当然じゃろうなぁ……

 陛下が態々用意させた軽食を摘まみながら、貴族同士で歓談をしておったとかならともかく、何やら口論しておったなどとは言えるハズがない。


「コレはボーマン殿、何、この場に相応しくない者がおりまして……」


 ヘコヘコしながら男が宰相殿にそう言うが、この男は何者なんじゃ?

 そんな視線をヴァーツ殿に向けると、溜息を吐いておる。


「ウォンダ侯爵、この場にいるのは陛下が呼んだ者達であって、相応しくない者などいない筈だが?」


「そこにいるのは、我が家の恥晒しでして……この場には相応しくないと」


「その若者は我が領地におった孤児だった者で、此度、武の才があったので儂の養子として迎え入れたのだが?」


「そ、そんなはずは……」


「それに、確か先日、シュトゥーリア家の者が死亡したとして手続きをしている筈でしたが……」


 宰相殿の言葉で、ウォンダ侯爵が黙り込んでしまう。

 なるほど、この男がバートを害そうとしたシュトゥーリア家の当主なのじゃな。

 で、何故に宰相殿の言葉でこの男が黙り込んだのかと言えばなのじゃが……


 まず、バーンガイア国では、貴族の者を適切に把握する為に『貴族監査院』と言う専門の国営機関があり、そのトップが宰相殿となっておる。

 貴族になると、この監査院で管理しておる『貴族名鑑』に名と紋章を刻み、その貴族の子も登録されるのじゃ。

 そして、登録しておる貴族家で死者が出た場合、貴族監査院に報告をせねばならず、もしもそれが疑わしい報告だった場合、その監査院から調査されてしまうのじゃ。

 面倒な組織じゃと思ったかもしれんが、この死亡報告をすると、御悔み金として少なくない額が監査院から支払われるのじゃ。

 つまり、もしも虚偽報告をしていた場合、国に対して詐欺を働いたという事になり重罪になるのじゃ。


 昔はコレを悪用して、僻地の貴族が妾を大量に抱え、流行り病で赤子達が死亡したとして大金を貰った後、実は死亡したのは一部だけで、大半は罹患すらしておらんかった。

 そして、それがバレた結果、その貴族家はお取り潰しとなり当主は極刑となったが、赤子達には罪は無いとして孤児院や教会へと預けられたのじゃ。


 これ以降、不自然な報告があった場合、監査院が徹底的に調査を行う事になっておるのじゃ。


「つまり、虚偽の報告であったと?」


「そ、それは……」


「紹介が遅れたな、この者は此度、儂の息子となった『バードラム』と言う、まだまだ若輩者だがこれからもよろしく頼む」


 ヴァーツ殿が言いながら、若者の背をバシバシと叩いておる。

 流石にアレは痛そうじゃのう……


「紹介に預かった『バードラム=ルーデンス』だ……です」


「ふーむ、バードラムとはちょっと呼び辛いのう、『バート』で良いじゃろ」


「おぉ、魔女殿、それは良い呼び方だ!」


 ワシの言葉で、ヴァーツ殿が手を叩きながら同意しておる。

 ちらりとウォンダの方を見ると顔を引き攣らせながら、憎し気にバートを見ておる。

 ん~茶番じゃのう。


 まぁ大方の予想通り、バードラムは正真正銘バートなのじゃ。

 生存しておる事がシュトゥーリア家にバレれば、また狙われる可能性が高いという訳で、ワシのポーションで髪の色や骨格、能力スキルの一部を少しだけ弄った上に、色々と偽装を施したのじゃ。

 その為、『ぱっと見では髪の色が違うだけで、よく見ると他人の空似』と言う感じになっておる。

 なので、例え『鑑定』スキル持ちに鑑定されたとしても、『二人は別人である』とされるじゃろう。

 まぁ今の所、鑑定持ちには会った事はないんじゃが……

 そんな訳で、ワシの能力スキルで他人の存在そのものを自在に変える事が出来るという事は、バートにバレてしもうたのじゃが、ちゃんと口止めはしておる。


 更に、この男はワシが作ってバートに与えた『魔導拳』を盗んでおる。

 予想通りであれば、間違いなく模造品を作ってその地位を確固たるものにするつもりじゃろう。

 ただ、今の段階では解析をしておるか、それとも解析を終えて材料集めをしておるのか、もしくは既に開発をしておるのかは分からん。

 まぁソレはともかく、この男はワシの敵と認識しておくのじゃ。


 当然、敵ならば容赦する必要は無いのじゃが。どう見ても小物じゃから放置しても自滅しそうじゃのう。

 現に、バートの件で宰相殿には目を付けられてしもうたし……

 

「と、ところで宰相殿、実は当家の錬金術師が素晴らしいモノを開発いたしましてな……少々お耳に入れた方が良いかと……」


 おぉっと、ウォンダが露骨に話題を変えおった。

 宰相殿の視線が冷たいのじゃが、ウォンダと宰相殿が人が少ない方へと移動していったのじゃ。

 まぁ多分、魔導拳の事じゃろうが、ワシの手柄をさも自分の手柄の様に振舞うのは頂けんのう。

 遠目で見ておると、まぁ自慢げに話しておる。

 取り敢えず、現状では確証がある訳で無し、適当に料理を摘まんでおくかのう。


 机に置かれておる料理は、サンドイッチやクラッカーに果物が乗せてあるもの、クッキーの様な物がそれぞれ皿に乗せられておる。

 うーむ、不味くは無いのじゃが、別段、美味しいと言う訳でもないのう……

 パンは硬い上にボソボソしておるし、クラッカーに乗っておる果物も林檎のようじゃが、そこまで新鮮ではないのう。

 クッキーは……コレ、食べ物なのかってくらい硬いのじゃ。

 あと、地味ぃに味が薄いのじゃ……


「うぅむ、砂糖も塩も足りん……」


 これは後々知ることになるのじゃが、この国では砂糖は甜菜から作られ、塩は岩塩と塩田から作られておるのじゃが、この王都は比較的内陸にある為に、塩田がある海側からは塩の輸送に頼っておるのじゃが、そこまで贅沢に使える程、流通量は多くないのじゃ。

 まぁ塩田の仕組みからして、完全に天候任せじゃからのう……

 そして、砂糖に関しては単純に凶作の影響じゃな。


 王族でコレなのじゃから、下々の一般人はもっと酷いんじゃろうなぁ……

 よし、村に帰ったらこの辺を改良するのじゃ。


 当然、あの男にも制裁はせねばならぬがの!

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