第67話




 辺境にある巨大な壁に囲まれた大都市。

 現在、ここはクリファレス王国の領土だが、過去にはヴェルシュ帝国の領土でもあった場所でもある。

 ただし、互いの国はここを治外法権地帯と認識しており、税の徴収等もしていない。

 『トマスエル教会』、通称『聖王教会』の総本部。

 世界中に支部を持ち、多くの信者達がいるこの世界最大の宗教集団である。


 その中央には、一際巨大な尖塔をいくつも備えた教会が佇んでいる。

 そんな巨大な教会の一室では、青い法衣に身を包んだ者達が巨大な机を囲んでいた。

 彼等はトマスエル教会の最高幹部でもある枢機卿達であり、本来は各々が支部に出向いている者達だが、今回はほぼ全員が集まって来ていた。


「……来ておらんのは、ソーマンのダガレン枢機卿と……」


「ファタン、ケイシャル、ナーバの枢機卿達ですね」


 剥げ上がった頭に手を伸ばした男が呆れていた。

 今回は大至急対処しなければならぬ事が起きてた為、全枢機卿に絶対参加を呼び掛けていたのだ。

 だが、実際に集まったのは、自分を含めて僅かに8名。


「仕方無いでしょう、来れなかったのはバーンガイアで馬鹿ソバンがやった後始末で、駆けずり回ってるそうですよ」


 そう言うのは、緑色の長髪を後ろで束ねて、飄々とした態度のガレリィ枢機卿。

 コイツはクリファレス大国の王都であるシルヴィンドで活動しているのだが、ソバンに次いで枢機卿の中では喜捨を稼ぎまくっている。

 そのソバンが討たれた為、枢機卿での一番の稼ぎ頭になった訳だが……


「全く、金儲けにしか才が無いとは思っておったが、死んでまで迷惑を掛けるとはな」


「仕方無いでしょう。 アレが枢機卿に成れたのは信仰心では無く、教会への喜捨の額が多かったからでしたからね」


 そんな事を言っているのは、髪も眉も白くなり、顔から手から皺まみれの老人と、それとは対照的に、赤い髪に年齢を感じさせない艶のある肌を見せつける様な恰好をした美女。

 老人はフバーレイ枢機卿、美女はシャーイル枢機卿。

 二人共ヴェルシュ帝国で活動している。

 彼等に協賛するように、残りの枢機卿達もソバンの事を貶している。


「皆さん、そこまでにしましょう。 まずは、同志ソバンの冥福をお祈りしますよ」


 その貶し合戦を中断させたのは、一際高い位置に置かれた椅子に座っていた黒髪の男性であり、我等がトマスエル教会の最高位、教皇であるザクゼルム様である。

 それだけで全員が黙り、両手を組んで祈りの体勢になる。

 俺は祈るフリだが、どうせ他の奴等もソバンなんぞの為に真面目に祈ってる奴なんていないだろう。




「……さて、このあたりで良いでしょう。 参加出来ない枢機卿の方々は仕方ありませんが、我々が置かれた状況を再度、確認致しましょう」


 数分の黙祷を終えて、ザクゼルム様が今回我等を集めた理由を話している。

 まず、バーンガイア国でソバンがやらかした事により、教会全体に疑義の眼を向けられてしまっており、しばらくは裏の活動は控えざるを得ない事。

 次に、枢機卿には与えられている使の紛失と、ソバンが発見した卵の増やし方の消失。

 最後に、バーンガイア国で活動しているの存在。


「控えねばならないのはともかく、卵を失ったのが痛いですね」


「本当に失ってしまったのでしょうか? あの国で回収して隠しているのでは?」


 シャーイル枢機卿が言う通り、あの国が回収して隠していないという保証は無い。

 それの確認に動いているのは……王都に一番近い街であるケイシャルのファインガ枢機卿か?

 ……あのオッサンで果たして大丈夫なのか心配だが、今更、どうする事も出来ない。


「卵は物理的に破壊する事は出来ないでしょう。 だとするならば、気が付かずに放置されているか、回収されて隠されているかのどちらかでしょう」


「もし隠されているのであれば、私が赴く事も考えねばなりませんが……」


「……ラッスルン、お主の担当地区からは遠過ぎる……諦めるのだな」


「何を言うのだゴレイラ、我等の神から与えられた大事な卵なのだぞ? 遠過ぎるから行かぬなど言っている場合ではないだろう」


 ラッスルンとゴレイラは双子ではあるのだが、髪の色以外は全く同じだ。

 金髪と銀髪であり、共にクリファレス王国のシシランと言う海辺にある街で活動していて、バーンガイア国から最も遠く離れている。

 ただ、ラッスルンには枢機卿以外に知られていない特殊なスキルを持っており、それを使えば隠し事など出来ない。

 だが、どう考えても向かわせるには距離があり過ぎる為、却下せざるを得ない。


「卵に付いては連絡を待ちましょう。 最後の問題としては……」


と名乗る者ですね」


 ガレリィ枢機卿が言うと、全員が黙り込む。

 今まで、自称魔女という者たちはいたのが、大抵は薬師や錬金術師が騙っていただけで、教会が捕らえてを行っている。

 その偽魔女達がやっていたのも、単純に怪我によく効く薬や、多少便利に改良した魔道具を売っていただけで、今回の魔女はそれらとは全く違う。

 信者達が調べた限りでは、バーンガイア国にいる魔女は、実力も知識も桁外れで、エンペラーベアを従えている。

 盗賊団を壊滅させ、凶作の原因を取り除き、我等教会でも防げなかった奇病を防いだ。

 そして、今回の馬鹿ソバンの破滅にも関わっている、と言う話だ。


「噂話を聞く限り、凄まじい相手だな」


「所詮は噂ヨ、吾輩に任せておけばイイネ」


 そんな事を言っているのは、クリュネ枢機卿と言う名のバーンガイア国の中では僻地の所で活動している面倒な奴だ。

 若干カタコトで糸目に緑髪の細身の男なのだが、何故か化粧を施し、着ている枢機卿のローブも男用では無く、シャーイル枢機卿と同じ女性用の物。


「クリュネ枢機卿、油断してはいかんぞ」


 ゴレイラ枢機卿がそう窘めるが、クリュネ枢機卿は聞いてはいないようだ。

 結局の所、本来の活動は控えめにし、その間に失った卵を探し出し、魔女は……クリュネ枢機卿に任せる事になった。

 決まる事が決まると、全員がザクゼルム様に向けて跪いて頭を下げる。


「では、共に我等が神へ祈りを」


 その言葉で我ら全員が真摯に祈る。




 嘗てこの世界に光は無かった。

 我等が神はその暗闇の中で、懸命に暮らす人々を見ていた。

 暗闇の中で暮らす人々は、闇の中に隠れる悪しき不浄なるモノ達と、闇によって常に怯えていた。

 それを不憫に思った我等が神は、この世界に光を与える為に、自らの不滅の肉体を燃やした。

 世界に光が満ち、常に炎に焼かれ続けるが、光を与えられた人々を一人一人見る事で神は満足した。

 だが、それを良く思わぬ他の神々によって、我等が神は声と四肢を奪われ、永遠に太陽の中に封じられる事になってしまった。

 それを知った我等が神の使徒達は、他の神々から身を守る為に自らを強固な殻に包み、地上へと逃れた。

 神々は、地上へと逃げた使徒達を天界へと入らせぬ為に道を閉ざした。

 そうして、人々は我等が神を忘れてしまった。


 『トマスエル教会』の信者や一般人に対しての表向きとしては、太陽の神を信仰する教会としているが、枢機卿であり、使徒でもある我等の本当の目的は、新たに天界へと至る道を探し出し、忘れられた我等が神を開放する事である。

 その目的を邪魔をする者は、何人たりとも許しはしない。

 それが例え、王族であろうとも、であろうとも。

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