第64話




 嘗て、神により地球から送られてきた一人の男がいた。

 勇者として迎えられた男は、その世界の人々を苦しめる魔王と戦う為に、世界中で戦い続けた。

 レベルを上げ、多くの仲間を連れて、男は遂に魔王を追い詰め、これを打ち滅ぼす事に成功する。

 男は多くの仲間達と共に、どんな種族でも安心して暮らせる国を造り、末永く幸せに暮らしました。


 めでたしめでたし。


 これがよくある異世界転移で語られる歴史である。




 しかし、実際にはそんな事にはならなかった。

 男は確かに勇者として異世界へとやって来た。

 だが、異世界に魔王はおらず、男はただの勇者の称号だけを持っていただけだった。

 それでも、男は勇者として、数多くの困難を解決していった。

 そうしていく内に、男は多くの仲間も得た。

 だが、異世界に来た男は、ずっと地球への帰還を願い続けた。


 レベルが上がり、ステータスが際限無く上がる男は、いつしか、地球へと帰還する手掛かりを見つけ出した。

 それこそが、『時空魔法』と呼ばれる誰も習得した事が無い、伝説の魔法だった。

 男は、仲間達と共に一つの国を造った。

 表向きの理由は、どんな種族でも暮らせる場所を、本当の理由は、地球へと帰る為に、時空魔法を研究する優秀な人材が欲しかったからだ。

 そして、数多くの研究者達の努力により、一つの研究結果が得られた。

 それは、ただの人では到達し得ない程の力が必要である。

 それを聞いて男は歓喜した。

 レベルの上限が無い自分にはそれが出来るのだ。



 その日から、男は世界へと牙を剥いた。



 世界中にいた魔獣や聖獣、果ては神獣に至るまで、男は狩って狩って狩りまくった。

 強いと呼ばれる相手程、男はレベルアップした。

 その強さは、最早常軌を逸していた。

 世界を飲み込む大蛇も、神をも嚙み殺す獣も、神より生み出された最古の龍も、世界を支える大亀も、男によって狩られてしまった。


 それらも狩り終えた男は、自分を信じて付いて来てくれた仲間達にも牙を向けた。

 そうして、一人の男により世界は滅びへと向かい始めた。


 やがて、男は勇者からと呼ばれるようになった。



 この時点で、男を招いた神は予想通りの結果になった事に満足していた。

 実は、元いた世界から別の世界へと転移させる場合、神々は対象の魂や意識にとある作業を行っている。

 それが、元いた世界へのの封印である。

 これは完全に消すのではなく、僅かに残る程度にしておくものだ。

 地球で言う『黄泉竈食い』と呼ばれる行為を繰り返す事で、望郷の念を徐々に薄れさせる。


 だが、この神はこの作業をしなかった。

 それ以外にも、男に対してレベル上限やステータスの上限を設定していなかった。

 そのせいで、男は望郷の念を強めていき、時空魔法に辿り着き、強さを求めるようになった。


 そして、神は男に対して新たな取引を持ち掛けた。

 別の世界からリソースを奪い取れば、地球へと帰れる、だから協力して欲しい。

 神は別の世界と次元衝突をさせ、その度に男をその世界へと送っては、その世界の文明を崩壊させた。


 男は異世界の神々から、と呼ばれるようになった。


 他世界のリソースを奪い続けた神の世界は、リソースを一気に増やす事に成功したが、ここで大きなミスを犯してしまった。

 地球世界とぶつけてしまったのだ。


 男は歓喜した。

 願いに願った地球への帰還だが、男の見た地球は大きく変貌を遂げていた。

 コレは至極当然で当たり前の話である。


 男が異世界へと送られて、多くの異世界を崩壊させている間に、地球では膨大な年月が経過していた。

 まるで原始人が科学の発展しまくった未来世界へと送られたようなものだ。

 当然、男の事を覚えている者などおらず、それを知った男は絶望した。


 実は地球世界で多くの予言にあった『世界崩壊』の正体は、この男の事だったのである。

 だが、男は地球へと侵攻はしなかった。


 逆に異世界へと戻り、神へと反旗を翻した。

 それに気が付いた神は、今まで手に入れていたリソースで強化していた、圧倒的強さを誇る自身の眷族達をぶつけた。

 普通に考えれば、勇者と言えど、男がこの眷族達に勝つ事など不可能であった。

 だが、神が行ってしまったが、その神の予想を裏切った。

 次々と眷族達は撃破され、男の糧となっていった。

 そして、眷族を倒していった男の強さは、神をも害せる程になってしまった。

 この時点で、神は自身の世界をリセットする事にした。

 リセットしてしまえば、男がどんな強さを誇ろうが関係が無い。

 それに巻き込まれれば、どんな存在であっても消滅してしまうからだ。

 他世界から奪い取った膨大なリソースを使えば、世界を再建する事は可能なのだ。


 そして、神はリセットを実行した。

 だが、世界のリセットは行われなかった。

 神は慌てた。

 何故、世界のリセットが出来なかったのか、その答えは簡単である。


 通常、世界のリセットを行う場合、その世界を管理する神々全員が同意しなければならない。

 そして、リセットする間際まで、この神以外に神はいなかった。

 そう、神を害せる存在となった男が、新たな神の一柱となってしまっていたのだ。


 こうなってしまった場合、最早、神に出来る事は少なかった。

 リソースを更に消費して男をどうにかするか、それこそ、男をまた別の世界へと送ってしまうかだ。

 神は自分の世界を守る為に、新たな神となってしまった男を、次元衝突で別の世界へと落とした。

 男を別世界へと落とした神は安堵し、新たに世界の文明を発展させていった。



 当り前の事だが、落とされた側の世界は堪ったモノでは無かった。

 怒り狂う男により世界は崩壊し、管理していた神々を男は害しては、更に別の世界へと渡って行った。

 男によりいくつもの世界が滅びた。


 男はと呼ばれるようになった。


 この時点で、やっと神々は最早手に負えないと、男の事を創造神へと報告し、その行いに激怒した創造神は、世界を滅ぼす男を捕縛した。

 無限に成長出来る男と言えど、あらゆる世界を統べる創造神にはどう足掻いても勝てなかったのだ。


 だが、男の精神は既に狂い、全ての世界を、神々を憎み続けていた。

 創造神は他の神々の協力を得て、男の時間を戻して何があったのかを調べた。


 そして、とある神のやった許しがたい行為を知った。


 自身の世界のリソースを得る為とは言え、その神の玩具として利用された男の魂は、酷く疲弊して完全に癒すには膨大な時間が必要になっていた。

 創造神は直ぐに、その神を捕らえさせ、奪い取ったリソースを全て返還させた。

 更に、神の座から降ろし、神の為の永久牢獄へと封印される事になった。


 結果として言えば、この神の行いによって崩壊した世界は、数千でも足りぬ程、膨大な数となっていた。

 そして、この神がやった事を教訓として、レベルやステータスなどの一部を撤廃するに至り、更に、世界を渡る場合のチェックを更に厳重化し、複数の世界の神々が監査する事となった。

 これにより、今では世界を跨ぐ異世界召喚は、相当に困難になっている。



 しかし、困ってしまったのは神を失ったこの世界である。

 このままでは、世界は疲弊し、崩壊から微生物がやっと再誕したばかりのこの世界が、知的生物に進化せずに終わる事になってしまう。

 神々を創り出す事の出来る創造神も、世界を管理する神クラスともなれば、相当な疲弊をする事になる。

 そんな中、地球世界の神が、自身の眷族達を送る事を提案した。

 元はと言えば、地球世界の神である自身が、男の魂を渡した事が発端でもある、だから、その代償として、眷族達を送り出したい、という事であった。

 地球世界にいる神々の数は、八百万神やおろずのかみと呼ばれる程も多く、その中には世界を管理するに足る神もいる。

 そして、今回の原因に責任も感じており、地球世界の神々は総意として、創造神へと提案したのだ。

 創造神はコレを承諾し、地球世界の神々の中から推薦された神と眷族を、この世界の主神として据えた。



 そうして、この世界は再び、神々の手により管理される事となったのである。

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