第62話




「ふむ、教会の中にはもうおらんようじゃな」


 ワシの言葉で、冒険者連中が安堵の溜息を吐いておる。 

 現在、幼女率いる冒険者チームと王宮から同行しておる騎士達が、教会から溢れ出しておった肉塊スライムを殲滅しておる所じゃ。

 で、何故全員が溜息を吐いておるかと言えば、教会に到着するまでに既に100匹は倒しておるからじゃ。

 確かに、スライム自体の強さは別にそこまではないのじゃが、そのスライムが居る場所が、雨どいの中、下水路の中、天井裏、側溝と、とにかく小さくて狭くてな場所ばかりで、そこから引き摺り出すだけで一苦労。

 探して引き摺り出して、叩きまくって倒して、と繰り返してやっと教会へと到着したのじゃ。

 その肝心の教会には、既に一匹も残っておらんようじゃな。

 騎士達はこれから教会内の調査をするので、冒険者達と違って楽は出来ぬじゃろうが、御仕事じゃから諦めて欲しいのじゃ。


 さて、騎士達に後を任せ、兄上と共に礼拝堂に来ておる。

 騎士達への説明は適当に『興味があるから礼拝堂を見てくるのじゃ』と言っておいたので、怪しまれる事も無いじゃろう。

 実際、礼拝堂に興味はあるので、嘘ではないのう。


「で、どういう事なのじゃ?」


「お前を連れて来いって言われただけだからな、これからどうするのかは……」


『よく来たわね! 早く祈りなさい!』


 お、ワシの頭の中に誰かが語り掛けて来たのじゃ。

 と言うか、コレあれじゃな多分。

 取り敢えず、言われた通り両手を組んで祈ってみる。

 ……しかし、祈るって何を祈れば良いんじゃ?

 えーと、家内安全、無病息災、合格祈願、とか?


『どんな祈りだ!』


 再びそんな声が聞こえたかと思ったら、ワシの意識は一瞬で引っ張られたのじゃ。



 意識が一瞬だけ暗転した後、ワシが目を開けると周囲は森へと姿を変えておった。

 ふむ、この木々は欅か檜かのう?

 足元は普通に踏み固められた畦道、と言う感じなんじゃが、ワシの背後には道が無く、うっそうとした森が広がっておる。

 実質、一方方向にしか歩けんのじゃ。

 まぁのじゃから、行くしかないのう。


 そうして歩き始めたのじゃが、しばらくして奇妙な事に気が付いた。

 森がのじゃ。

 普通、森であれば小動物の鳴き声から葉の囀りくらいは聞こえてくるのじゃが、ここでは何も聞こえぬ。

 普段は、コレを不気味とも思えるのじゃが、自然と何とも思わぬ辺り、何か干渉を受けとるのかのう?

 そんな事を考えつつ歩き続けておると、目の前にとある意外な建物が見えて来たのじゃ。



 ソレの目の前に到着し、腕を組んでうーむと唸る。

 ワシの目の前にあるのは、立派な門構えで屋根には瓦が並び、庭に目を向ければ枯山水に鹿威しと、なんちゃって和風どころかガチの和の建築物なのじゃ。

 いや、別に良いんじゃよ?

 しかし、何故ファンタジー世界なのにガチな和風建築なのじゃ?

 何というか、見た目は大昔から続いておる大屋敷!と言う感じじゃ。


「お待ちしておりました。 奥でお連れ様がお待ちになっております」


「あ、はい」


 思わず素になったのじゃが、コレは許して欲しいのじゃ。

 ワシが門の前で庭の方を眺めておったら、大屋敷の中から割烹着と着物を着た侍女が現れたのじゃ。

 しかも、髪の色は黒では無く赤毛で、外人が着物を着たらこんな感じなんじゃないだろうか、と言う見た目なのじゃ。

 その侍女に連れられ、大屋敷の中を歩いていく。

 道中擦れ違う侍女達も黒髪はおらず、青白緑に赤やら金やらとカラフル。


「それでは、此方でお待ちください」


 そうして、案内された部屋も、ザ・和室って状態。

 床は畳、中央に背の低い机、座椅子に床の間、襖に障子。

 ご丁寧に机の編み籠には茶菓子とポッドに急須まで乗っておる。


「まぁ何とも予想外じゃのう」


「イメージで変わる訳じゃなさそうだぞ」


 そう声を掛けられたので、その方向に視線を向けば、そこには黒髪の若者が窓辺で外を見ておった。

 一瞬、コレはワシが考えておるイメージなのかもしれん、とは思ってはおったが、どうやら違うようじゃな。

 取り敢えず、机の上にある急須で茶を入れつつ、気配を探ってみるのじゃが、どうにも上手く把握出来ん。

 まるで、全体に靄を掛けておる状態なのじゃ。

 この茶菓子、落雁みたいな物じゃな?

 ポリポリ食べつつ、淹れた茶を飲む。


「……にならねぇだろうな?」


 黄泉喰い、正しくは黄泉竈食いとも言うのじゃが、別次元のモノを食べる事で、元の世界に戻れなくなる、と言う考えなのじゃが、まぁ大丈夫じゃろう。

 向こうが態々呼んでおるのじゃから、帰られぬなんて事にはならんじゃろ。


「まぁそんな訳じゃから座ると良いのじゃ」


 そんな感じでのんびりと待っておると、襖の向こうから数人の足音が聞こえて来るのじゃ。

 どうやら、やっとご対面できるようじゃの。


「やっと来たわね! いつまで待たせるのよ!」


 そんな事を言いながら襖を勢いよく開けたのは……

 何というか、赤い着物を着ておる金髪の座敷童かの?

 おかっぱ頭じゃし。

 しかし、何と言うか……


「うむ、親近感が沸くの!」


「どういう意味よ!」


 どういう意味も何も、低身長でつるーんぺたーんすとーんの3拍子揃ったお子ちゃま体型と言うのは中々……


「それよりも、ワシを呼んだのは親近感からかの? それとも何か話があるんかの?」


「誰が親近感で呼ぶか! こっちに来たばかりの転移者には、定期的に話をしてメンタルケアとかするように創造神様から言われてるのよ。 それなのに、アナタは教会に全然来ないわ、スキルは増やしまくるわ、トンでもない魔法を作るわ……究極はソレよ!」


 そう言って指を指した先は我が兄上。

 まぁうん、言いたい事は分かるのじゃ。


「天使や神でもないのに、なんて何考えてるのよ!」


 当然の事ながら、この世界に転移してきたワシに、兄上なんておらぬ。

 では、このレイヴンと名乗る若者は何者なのか、と言うと、簡単に言ってしまえば、ポーション師による裏技的使い方をした結果なのじゃ。


 まず、ワシ自身が『並列思考』と、『』と言うスキルを習得し、ドッペルゲンガーによってワシを二人にする。

 そして、増えた方に並列思考を植え付ければ、見た目上はワシが二人になるのじゃが、ドッペルゲンガーはスキルで作り出したいわばマナで出来た幻。

 なので、その幻に『ポーション』を使って存在を実体化、最初にワシが使った『使用者の見た目を任意の姿に変化させる』ポーションを使って、今の姿にしておる。

 後は、習得するスキルじゃが、ワシが魔法寄りなのに対し、兄上は近接寄りにしておいたのじゃ。

 他にも、元々が同一の存在じゃからなのか、結界で遮られてしまう念話と違って、結界でも阻まれぬ通話の様な物が可能なのじゃ。

 こうして、レイヴンと名乗る、ワシの兄が誕生した訳じゃな。


 つまり、この座敷童の言う通り、ワシは天使や神でも無いのに、生命体を創り出したことになるのじゃ。

 しかし、そう言われてものう……


「そう言われても出来てしまったからのう、それに今更元に戻すのは無理じゃし」


「アナタがやらかす度に、天界は大変なんだからね!」


 まぁ『多少やらかしておるじゃろうなぁ』とは思っておるけど。

 そこまで酷い状況になっておったのか?

 と言うより、色々と聞きたい事があったり、ここに来て聞きたい事が増えておるんじゃけど、聞いても良いのかのう?


「ホッホッ、何やら騒々しいのう」


 そんな所に現れたのは、浴衣を着た好々爺とした老人。

 と言うか……


「おぉ、もう会えぬかと思っておったのじゃが」


 そう、そこにおったのは、ワシらをこの世界に送ってくれた祖父神様じゃった。

 しかし、何故にここにおる上に浴衣なんて着ておるのじゃ?


「創造神様!」


 座敷童が平伏する勢いで頭を下げておるし、更に通路におる侍女達も膝をついて頭を下げておる。


「頭を下げずとも良い、今日はそこの者達と話があって来たのじゃ」


「ワシらにかの?」


「うむ、この世界に来て色々と過ごしておる中で、疑問に思っておる事があるじゃろう?」


 まぁ確かに、剣と魔法のファンタジー世界と聞いておったのに、実際に来てみたら色々と差異があったのは確かじゃな。

 この様子じゃと、勇者と大賢者辺りも苦労しておるのじゃなかろうかのう……

 そうして、祖父神様も部屋に入り、4人で話し合う事になったのじゃ。


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