第58話




 逃げ惑う人々を避ける為に、家の屋根伝いで教会へとひた走る。

 その目的地の教会だが、いくつかある尖塔から煙が昇っているのが見える。

 もしかしたら、地下に仕掛けておいた結界箱であの地下室に誰も入れず、証拠隠滅を図る事が出来なかったんで、外側から無理矢理どうにかしようとでもしたのか?

 だが、それだと遠く離れている尖塔から煙が昇っている理由にはならないが……


 そして、その理由は教会に近付いた事で判明した。

 大量の肉塊の様な妙な奴等が、教会のあちこちから現れている。

 なんだこりゃ……

 取り敢えず、逃げ遅れた住民に肉塊が襲い掛かろうとしていたので、屋根から一気に跳躍し、肉塊を鞘でぶん殴ってみる。

 ブヨッとした感触が手に伝わるが、そのまま振り抜いて肉塊を吹っ飛ばす。


「あぁぁぁ、ありがとうございますぅぅぅ!」


「礼はいらんからさっさと逃げろ、危ないぞ」


 住民の男が礼を言いながら、這うようにして逃げていくのを確認。

 そして、改めて肉塊を確認するが、鞘で殴った程度ではダメージは然程受けていない様子だ。

 かと言って、こういった奴は斬った所でダメージがあるかどうか…… 

 見た目は、完全な肉のスライム。

 こういう相手は魔法が一番効くんだが……


「……ったく、こういうのはあっちの担当だろ……」


 思わず悪態を吐くが、あっちはあっちで大変そうだしな。

 仕方無いが、やるしかないだろう。


「ハァ……始めるか」


 溜息交じりに剣を抜くと、自身の中にあるとは別のに接続する。

 そして、俺が一歩踏み出すと肉塊がどうやってるかは知らないが、一気に跳躍してその体を大きく広げる。

 その様子はまるで投網の様だが、構わず剣を振り上げた。

 スパンッと切りの良い音が響き、肉塊が左右に分かれてベシャリと地面に落ちる。

 そして、ウゾウゾと動きながらまた一つになろうと離れた場所でくっ付き合うが、一向に元に戻る気配はない。

 普通のスライムに知性は皆無だが、この肉塊スライムには知性があるのか、元に戻れない事に慌てているように見える。


「ただの斬撃なら元に戻れたんだろうな」


 剣を振るって、左右に別れた肉塊スライムを更に細切れにしていく。

 やがて、形を保てなくなったのか、肉塊スライムがドロドロに溶けて消えていく。

 今やったのは、簡単に言えば体内にあるで、気力とも言われている『精神力』を剣に纏わせたモノだ。

 魔法を使う遠距離職がマナを消費して魔法を使うのに対し、近接職の場合はこの『精神力』を消費して剣技等の技を使っているが、それを理解している近接職は少なく、大抵は『体内のマナを消費して技を使っている』と考えており、マナと精神力がぐちゃぐちゃに混ざった状態で剣技を使用している為に、マナと精神力が干渉し合って、そこまで威力が上がらない。

 だが、精神力のみを抽出したり、上手く混ぜ合わせれば、その威力を底上げする事が出来る。

 そして、肉塊スライムが消え去った場所に何も残さない。


「……魔石を残さないという事は……コイツ、マジかよ……」


 思わず、額に手を当ててしまう。

 魔物と言うのは、倒せれば全身が素材となるが、スライムやゴーストの様な不定形で形を残さないタイプの魔物は、溶けた後に高確率で魔石を残す。

 今回の様に何も残さない場合、考えられる事は二通り。


 一つは、幻影、幻覚の類で、どうにかして術中にハメられている場合。

 もう一つは、の場合だ。

 今回の場合は、先程の男が襲われていた事から、幻影や幻覚の類ではないだろう。


 最悪だ……


 分離した末端タイプは非常に面倒なのだ。

 まず、本体がどこにいるかが分からない。

 もしも、本体が王都内におらず、王都の外から切り離した末端を送り込み続けていたら、いくら倒しても、いつまで経っても終わらないって事になる。

 しかも、末端をいくら倒しても、大元の本体は無傷。

 ただ、本体を倒してしまえば、もう増える事は無いし、末端が本体になる事も無いので、後は放置すれば末端は勝手に消滅していく。


「ホント、こういうのはアイツの方が得意だろ……」


 こちとら、そう言う探知スキルは持ってねぇし、アイツみたいに軽々しく増やせねぇんだぞ……

 頭を抱えたくなるが、そうも言っていられねぇ。

 とにかく、教会に着くまでの間にいる、住民を襲ってる肉塊スライムは叩いておくしかねぇか……

 本体が居たらラッキーだが、望み薄だろうな……




 目の前で肉塊スライムを刻んで、溶けて消えていく最中に思わず祈る!

 そして、何も残さなかった。

 ガックシと落ち込む。

 いい加減にしろ、こっちはもう30体は刻んでるんだぞ!


 周辺には倒壊した家屋の残骸やら、肉塊スライムと戦った奴がいるのか、地面に赤い染みが残っている。

 しかし、見た目は肉塊とはいえ、そこはスライムなのか、取り込まれたら消化されるみたいだな……

 倒壊した家屋から飛び出した材木や布などが溶けている。

 それを横目に、何度目か忘れた溜息を吐きながら、崩れた門から教会の敷地内に入る。

 うん、分かってるよ、あぁ、分かってたさ!

 目の前には無数の肉塊スライム。

 やっぱり、湧き出してるのは此処かよチクショウ!

 肉塊スライムはウゾウゾと蠢きながら、教会の扉やら窓やら、至る所から溢れ出て来ている。

 庭には教会にいたと思われる、神殿騎士と呼ばれる白い装飾が施された鎧を着た奴等も倒れている。

 既に惨状なのだから当然の事だが、全員もう手遅れだ。

 何せ、鎧の中から肉塊スライムがはみ出してんだもん。


「ハァ……外でこれなら、中はどうなってんだか……」


 まぁもう全滅してんだろうなぁとは思っている。

 もし生存者がいるならば、中から悲鳴の一つでも聞こえてきそうなものだが、聞こえてくるのはウゾウゾ、ブジュルブジュル、ズリズリ、と肉塊スライムの蠢く気持ち悪い音のみ。

 それでも本体は探さにゃならんので、庭に出て来た肉塊スライムを処理し、教会の中に入る。


 不正の証拠探しの際に、侵入してマッピングは済んでいるのだが、そのマップが肉塊スライムのせいで役に立たない。

 コイツ等、所々に大穴を開けていたり、その大穴が原因で崩落していたりと、内部を進むだけで一苦労。

 一番最初に向かったのは結界箱を設置した地下室だが、予想通り、肉塊スライムがみっちりと詰まってやがる。

 流石の結界箱も、アレだけの重圧を受け続けたらぶっ壊れる危険性がある。

 剣を構えて、体内のマナに繋ぎ一気に突きを放つ!


「『虚空!』」


 キュドッと音が響いたと思ったら、突きの先から一直線に肉塊スライムの中央部に穴が開き、その穴に向けて肉塊スライムがズルズルと吸い込まれていく。

 あっちが魔力特化型と言うなら、俺は近接特化型になる訳だが、別に完全に使えない訳じゃない。

 今使った『虚空』も空間魔法を利用した術になるが、若干、マナの消耗が激しい為、出来る事なら連発はしたくない。

 アイツと違って、俺はマナ回復スキルは持っていない。

 だから、体内のマナを回復する場合は、時間経過による自然回復か、手持ちの回復ポーションを使うしかないんだが、手持ちのポーションは此処に来るまでに大半を使用済み。


「よし、結界はまだ大丈夫だな」


 部屋に設置した箱を手に取り、箱の中央に装着されている魔石の容量を光り具合から確認する。

 多少、設置した時より光量が落ちているが、これなら満タンの10割から8割程度になった程度で、時間経過での減少も考慮しても、十分な量だ。

 これで残る最大の問題は、肉塊スライムの本体の居場所だが、一体何処にいるのやら……


『……聞こえる? 礼拝堂よ、礼拝堂』


 悩んでいたら、いきなり頭の中に声が聞こえてきたんで、周囲を見回す。

 当然だが、周囲に誰かいる訳はなく、聞こえた声も聞いた覚えのない声だ。

 しかし、手掛かりらしい手掛かりも無い状態だし、取り敢えずの目的地とするのも良いか?


『あぁもうじれったい、今はさっさとその気持ち悪いの始末して! 終わったら説明してあげるから!』


 なんか、声に急ぐように言われたんだが……

 まぁ本体叩かにゃならんし、言われた通りにするか。

 声の正体も気にはなるが、終わったら説明するって言ってるし、今は本体を叩く事に集中するとしよう。

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