第56話




 教会の地下で見付けた初老の男を拘束し、レイヴン殿とイクス殿が簀巻きにした上、意識を刈り取った状態にして城に向かっている。

 もちろん、そのまま運べば治安維持の兵士が飛んでくるだろうが、イクス殿が背負い、私が先頭に立って近衛騎士の紋章が入っているマントを付けていれば、住民は『騎士が何かの犯人を捕まえたのだろう』と考えてくれる。

 別に間違ってはいないのだが、今回は急がないと不味い事になるので、正直助かる。


「コイツを王城に届けたら、次はどうすんだ?」


「後はこの国の問題だ、俺はそこまで係わる気は無い」


 イクス殿の言葉に、レイヴン殿が簡潔に答える。

 レイヴン殿の言う通り、今回の問題は国が対応するものだろう。

 長い間、このバーンガイア王国は教会による乗っ取り工作を受けていたのだから、正式に教会へと抗議をする事も出来るし、秘密の多い教会に対しても強く出れるだろう。


「いや、そっちじゃなくて、アンタはギルドに所属しないのか?」


 あぁ、イクス殿がギルドに勧誘するのも納得出来る。

 地下室から脱出する際、レイヴン殿は天井部分を斬り飛ばし、どんどん斜めに掘り進んで行ったのだ。

 魔術も使える上に、あれほどの技量があるような人物、スカウトしない手はないだろう。

 私も地下から出る前に近衛として勧誘したのだが、『面倒事は勘弁してくれ』と拒否されてしまった。

 残念な事だが、確かにレイヴン殿が近衛に入った場合、彼を自陣に引き入れようと様々な動きが起きるだろう。

 間接的ならともかく、直接勧誘しようとしたり、貴族の影響力を使ってくるような輩もいない訳では無い。

 そんな事をする輩に対しては溜息しか出ないが、絶対にいない訳ではない。

 私が近衛に入る際、そう言った輩から妨害が無かった訳ではないからだ。


「……ギルドの問題が片付いたら考えておこう」


「そうか! それなら多分大丈夫だ!」


 レイヴン殿が言っているギルドの問題と言うのは、討伐支部と採取支部の確執の事だろう。

 この王都でも有名な事だが、今は合流の為の計画が立てられていると聞く。

 冒険者か……全てが自己責任ではあるが、自由な職業であり、若者達が一攫千金を夢見て登録し、現実を知って燻るか引退していく。

 私も近衛に採用されていなければ、冒険者になろうと思ったことがあったくらいだ。

 運良く、近衛として採用されたので、冒険者になる事はなかったのだが……

 そうして、城の表門が見える位置まで来た時、城の中央部にある一室の窓から、それなりに大きい物が落ちていくのが見えた。


「おいおい、ありゃ何があったんだ?」


 イクス殿が簀巻きにした男を持ち直しながら、額に手を当てて城の方を見ている。

 やはり何かあったようで、城壁の上にいる兵士が慌てている。


「急ぐぞ!」


 レイヴン殿が言って駆け出そうとした瞬間、教会のある方角と、王都の郊外にある方角から巨大な火柱が噴き上がり、地面を激しく揺らした。

 急な事態に、住民達が半ばパニック状態になっている。


「何だぁ!?」


「ありゃ教会の方角だぞ!」


「いや、教会だけじゃねぇぞ!?」


「とにかく逃げるのよ!」


 周囲にいる住民達も我先にと、王都の中に点在している、避難場所へと向かい始める。

 我々は……


「チッ……コイツは不味いな……」


 レイヴン殿が不愉快そうに教会の方に視線を向けた後、腕を組み何かを考え出す。

 私も言葉に出来ないが、今の爆発?で教会と郊外の方角からは嫌な気配が漂ってくるのを感じている。

 まるで、足先から徐々に冷たい水に浸かり始めているような感じだ。


「イクス、ノエル、計画変更だ」


 レイヴン殿がそう言うと、当初の予定であった全員で城へ向かう事を中断し、ここで別れる事になった。

 レイヴン殿は教会へ向かい、イクス殿は郊外墓地へ向かい、私は城へと向かう。

 拘束している男は、郊外へと向かうまでにギルドがあるのでそこに預け、イクス殿はそのまま、外で待機しているベヤヤと合流してから向かう事を言われている。


「最後にだが、いるのはかなりの強敵だが、見た目に騙されるな」


 レイヴン殿がそう言い残し、一足飛びに隣にある家屋の屋根に飛ぶと、そのまま教会へと走って行ってしまった。

 私達も言われた通り、私は王城へと走り出し、イクス殿も男を担ぎ上げた状態で走って行った。

 逃げ惑う人々で中々移動も難しいが、騒動の場所へと向かうので、やがて逃げ惑う人々もいなくなっていく。



 到達した王城は酷い有様になっていた。

 綺麗に整えられていた庭には何人もの兵士が倒れ、地面も抉れて庭木も数本圧し折れている。

 それをやっているのが、異形と呼ぶしかない存在。

 何とか人型ではあるのだが、その全身は膨れ上がり、長く伸びた右腕と、無数の触手がある左腕、それが振るわれる度に、盾を構えた兵士を吹き飛ばしていく。

 そして、その人の顔が一切表情を変えず、無表情で全て行っているのが不気味だ。


「助太刀致す!」


 剣を引き抜き、異形の者の背後から、隣を通過しながら一気に斬り付ける。

 そして、兵士達の前で立ち止まり、振り返りながら剣を改めて構えなおす。


「ノエルさん! コイツ、斬っても無駄です!」


 盾を構えた兵士の一人がそう言うので、先程切った場所を見れば、何とも形容し難い様子で傷口が再生されていく。

 まるで、時間が巻き戻っているかのようだ。


「アレは……」


「ソバン殿が連れて来た若者ですが、見ての通り化物です。 先程からダメージを与えてもすぐに再生してしまい、対処出来ません」


 私の呟きに、盾を構ている兵が答えてくれるが、こんなモノが王城内に入り込めた方が問題だ。

 しかも、高い再生能力持ちなので、中途半端な威力ではいくら攻撃しても削り切れない。

 もちろん限界もあるだろうが、どんな能力を持っているかも分からないのだから、時間を掛けるような事はしたくない。

 唯一の救いと言えば、そこまで動きは速いと言う訳ではないので何とか戦えているが、斬ろうが突こうが回復していく。

 ただ、脅威なのはその回復力だけでなく、アレの右腕が振るわれる度に、盾持ちの兵が数人掛かりで押さえなければ耐えられないほどの力。

 そして、生き物であれば、例え魔獣であってもを感じれば表情を変える。

 それなのに攻撃を加えても、一切表情が変わらない。


「『シャープブレード』!」


 一気に接近し、その首目掛けて剣を振るう。

 手応え……無し!? 

 通常、肉や骨などを斬れば剣先から多少の手応えはあるし、先程まで体や触手を斬り飛ばした際には、多少の手応えはあった。

 だが、まるで水を斬ったかのように、スルリと剣先が通過してしまった。

 予想外の事に、慌てて体勢を立て直そうとしたが、そんな隙を見逃すはずも無く、左腕にあった触手の束が振るわれる。

 大の男を数人吹き飛ばすような力を真面に受ければ、骨が折れるだけでは済まないだろう。

 多少でもダメージを軽減させる為、咄嗟に全身に力を籠め、体内のマナを一気に


「あっぶねぇな!」


 そんな言葉と共に、私の体が衝撃を受ける。

 だが、殴り飛ばされたとかでは無く、まるで誰かに抱え上げられ、運ばれているようだ。

 目を開けてみると、私は焦げ茶の髪を後ろで纏めた兵士の一人に抱えられていた。

 その、抱える方法がと言う状態で、それに気が付いた私の顔が熱くなっていくのを感じてしまう。


「陛下達は無事に安全な場所に送り届けたぜ」


 そう言われて、私は離れた所に降ろされた。


「うむ、後は儂等に任せよ」


 そう言ってやって来たのは、ヴァーツ殿。

 そのヴァーツ殿の隣にあの男が立つと、鈍い色に輝くガントレットを打ち鳴らした。

 だが、私をお姫様抱っこしていた兵士の鎧を身に着けている男は見た記憶がない。

 その二人が、並んで異形の化物に突っ込んでいく。


「もう一度喰らいやがれ! 『轟爆拳』!」


 若者が異形の化物にその拳を叩き込んでいく。

 化物も反撃しようと左腕の触手を打ち付けようとしたが、そんな隙をかの龍殺しが見逃すはずが無い。

 触手が振り上げられた瞬間、それが細切れになっていく。


「フム、やはり見た目通り、脆い防御を高い再生力で補っておるタイプか」


 ある程度太い右腕を振るうが、ヴァーツ殿が抜いた短杖ワンドを構えると、生み出された氷の矢が連射され、突き刺さった氷の矢により、化物がどんどん凍り付いていく。

 その最中であっても、若者の殴打は止まっておらず、寧ろ、飛来する氷の矢を紙一重で回避している程だ。

 ヴァーツ殿はともかく、この若者も凄まじい強さだ。


「こんなモンで良いか?」


「充分! 消し飛べオラァ!」


 ヴァーツ殿の言葉を受けた若者が一際大きく振りかぶると、その拳が一気に燃え上がる。

 その燃える拳が、凍り付いた化物に打ち込まれた。

 瞬間、光が弾け、化物を中心に巨大な火柱が立ち昇るが、凄まじい炎なのに全く熱を感じない。

 コレはまるで……


「まさか、『浄化の炎』……」


 兵士の一人が呟く。

 浄化の炎とは、聖職者や一部の魔術師が使う事の出来る、不浄なモノに対して絶対的な威力を誇る特殊な魔法だ。

 その炎は、生者は全く熱を感じないが、不浄なモノはどうにもならぬ程の熱さであるらしい。

 必死に化物が逃げようとしているが、全身が凍り付いている為に、最早、逃げる事すら不可能だ。



 そうして、化物は青白い炎から逃げる事が出来ず、遂にはボロボロと崩れ始め、空気に溶ける様に消滅していった。

 そして、そこには二つに割れた赤黒い結晶が残されていた。


 まるで、

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