第55話



「駄目だ、あっちぃ!」


 ホムンクルスを吹っ飛ばした兵士が、兜を外してその場に捨てる。

 汗で焦げ茶の髪が額に張り付いておるのう。


「今の魔法は!?」


「父上! お叱りや疑問はあとで聞きますので今は早く!」


 光魔法を使った兵士も兜を外すと、その下から現れたのは金髪をショートヘアに揃えた女性。

 ぶっちゃけ、ロージィ=エル=バーンガイア、つまりは姫様なのじゃ。

 その姫様が、陛下を急かして部屋から脱出していく。


「馬鹿な、姫は死んだと……死体を教会でも間違いなく確認した筈……」


「お主も馬鹿じゃのう、お主達に出来て、ワシに出来ぬ道理は無いじゃろ?」


「ホムンクルス技術を持つ我々が見抜けないモノを作っただと!?」


 守りも厳重、健康ですら管理されておる姫に、あんな重度の呪いを掛けられるような相手は限られるのじゃ。

 じゃが、教会なら治療と称して姫に接触も出来る上に、治療の際に同席するのは、姫である以上、メイド女性限定となり、そのメイド達を教会で押さえてしまえば、何とでもなってしまう。

 それが分かれば、後は単純な事じゃ。

 教会が犯人だと仮定と言うか犯人だと決めて、もしも姫が死んでしもうた場合、必ず教会は姫の死を確認するじゃろう。

 そして、姫の死を偽装しても、遺体が無ければ怪しまれ、適当な遺体を用意しても、必ずバレるじゃろう。

 なので、ワシが行ったのは、ホムンクルス製作に若干近い物じゃ。

 姫の重量と同じだけの骨や肉や毛などを用意し、姫の髪の毛から採取した『疑似変化ポーション』とそれらの材料を混ぜれば、あら不思議、ガリガリに痩せ細った特殊な姫様ホムンクルスの誕生じゃ。

 この姫様型ホムンクルス、残念な事に最初から生命活動はしておらぬ。

 それに、姫様と同じだけの呪いを掛けて死を偽装し、後は姫様自身はワシの用意しておいたとっておきの隠れ家にて隠れて貰っておったのじゃ。


 その隠れ家こそ、ニカサ殿が譲ってくれたあの本の知識を元にし、ワシが作り上げた特殊なテントじゃ。

 あのテントは中と外で時間の流れが変わっており、いわば、某作品の特殊空間の様になっておる。

 このテントの構造としては、テントの中にもう一つのテントが入っておるのじゃが、内側のテントには内部の空間を最大限まで拡張してあり、外側のテントには停滞領域スロウフィールドの効果を持たせてあるのじゃ。

 これにより、外側テントの入り口が開くと、中と外の時間の流れは同じになり、閉じると中の時間経過が遅くなるのじゃが、内側から開けると、一緒に外側の入り口も開くようになっておる。

 アイテムボックスの魔法陣から停滞スロウの部分を削って気が付いたのじゃが、空間を隔離した状態で、その周辺を停滞で囲うと、内部の時間を遅らせる事に成功したのじゃ。

 ただし、この中で生活しておると、とある問題が起きるのじゃ。

 それが『加齢』なのじゃが、そこはワシのポーションで調整しておいたのじゃ。

 それに、この空間を維持する為には相当量のマナを消耗する為に、ワシ特製の虹魔石をいくつもいくつもいくつも設置しておいたのじゃが、まぁそれでも追い付かぬので、定期的にワシが直接マナを注ぎ込んでおったのじゃ。

 そして、姫様とバートはそこで延々と訓練しながら、待機しておった訳じゃ。


 後は簡単、教会にとって『姫の死』と言うデカイ釣り針は、見破れない以上喰い付くしかないのじゃから、姫が死んだ事で教会は必ず動いて来るじゃろうと、罠を張って待っておっただけじゃ。

 そうとも知らず、王に面会の約束を取り付けて、のこのこと現れたコヤツのをワシがすれば良い。

 そうすれば、後はどうとでもなるのじゃ。


「しかし、そうだとしても、最早何も出来まい!」


 ソバンが杖を振り回して大量の魔力弾を追加して来るが、陛下達が退避したのでな、広範囲を守る必要も無いのじゃ。

 まず、広範囲に広げた防御魔法を縮小し、片手をソバンの方に向ける。

 何か攻撃魔法を放たれると判断したのか、ソバンが持っていた杖の先端をワシの方に向けたのじゃが、これからやるのは


「『シールド』!」


「解放じゃ!」


「ふぶぇぇぇっ!?」


 ソバンの作り出した魔法障壁と、ワシがアイテムボックスに収納しておった丸太が衝突、する事無く、障壁をすり抜けて丸太がソバンの腹に直撃!

 ソバンが奇妙な声を上げながら吹っ飛び、床を転がっておる。

 何故、魔法障壁で丸太が防げぬのか、と言うのは、実は単純な理由じゃ。

 魔法障壁シールドは魔力により構築される魔法の壁なのじゃが、使い手によっては物理攻撃でも防ぐ事は出来るのじゃ。

 ただし、それは相当な腕前の魔術師が行使した場合であって、ソバンみたいな杖の補助を受けておるような者では不可能な事じゃ。


「……ぎ、ぎざま゛ぁぁぁぁ……」


 ソバンが直撃した腹を抑えながら、恨みを籠めた視線を向けて来るが仕方無いじゃろ。

 ワシのスローライフのために、この王国は安定して貰わねば困るからの。

 それを妨害するつもりであるなら、全力で撃退するのじゃ!


「さて、向こうも大丈夫じゃろうし、さっさととっ捕まえるとするかの」


「ククク……こうなれば貴様等も道連れにしてくれるっ!!」


 ロープを取り出してソバンを拘束しようとした瞬間、ソバンがそう言って杖を振り上げた。

 そして、その杖をそのまま思い切り床に叩き付けておる。

 遂に頭でもおかしくなったのかの?

 杖に付いておった装飾の水晶が砕けて飛び散っておる。


「よくわからんが、拘束しておくことに変わりは無いのじゃ」


「そんな暇があるとでも思っておるのか?」


「ひょ?」


 一歩踏み出したワシの目の前を、何かが高速で通過、そのまま横の壁にガツンと突き刺さったのじゃ。

 ソレを見てみると、白くて尖った骨の様な物。

 飛んで来た方を見ると、そこにおったのは、落ちたハズのホムンクルスが右手をこちらに向けておった。

 どうやら、骨の様な物ではなく、骨そのものだったようじゃな。

 しかし、どうにもホムンクルスの様子がおかしいのじゃ。

 失った左腕の部分がボコボコと泡立ち、細い触手の様な物が伸びておるし、肌の見えとる部分も何やら泡立ち始めておる。


「コレは……」


! 我が身を糧に降臨せよ!」


 ワシの視線がホムンクルスに向いておった瞬間、ソバンが叫んで何かを飲み込んでおった。

 こんな場面で飲むモノが毒などとは思えぬが、碌な物では無いじゃろうなぁ……

 そして、変化は劇的に起こる。

 ソバンが喉を抑え咳き込むと、その目を見開き、瞬時に口から大量のどす黒い血を吐き始めた。

 いや、ドバドバと吐いておるが、その量が尋常では無いのじゃ。

 成人男性の血液量と言うのは、おおよそ5リットルから6リットルと言われておるのじゃが、ソバンのような巨体からしても、そこまで大差はない筈なのじゃが、見ておる限り、10リットル以上は流れ出ておるし、なんなら、今も止まっておらぬ。


「お主、何なのじゃその姿は……」


 その全身は吐き出した血液の様な物で覆われたブヨブヨになり、まるで腐った肉塊と言った感じなのじゃ。

 ちらりとホムンクルスがおった場所に視線を向けたのじゃが、既にそこにはおらず、陛下達を追い掛けたのかもしれん。

 じゃが、この目の前のソバンだったモノをここで放置するのは危険じゃと、ワシの心が警戒しておる。

 そして、うぞり、とワシの呟きを受けてが動いたかと思った瞬間、その肉塊の随所に切り込みが入り、無数の眼が現れた!


「キモッ!?」


 思わず叫んでしまったが、しょうがないじゃろう。

 無数の濁った眼が、びっしりと赤黒いブヨブヨした肉塊にあるんじゃぞ。

 キモい以外に言葉が無いのじゃ。


「取り敢えず、『鑑定』なのじゃ」

___________________________


名前:@a0f.2l,dwa:@.p


職業クラス:[p@-\^;jaacda


種族:[;ae


状態:]\/jeio

___________________________


 わーぉ、何も見えん。

 偽装とかそういうモノでは無く、単純に鑑定が対応しておらん感じじゃな。

 もしかして、コレはアレかの?

 こっちに来てからサポーターの説明にあった、『まだ発見されていない新種』かの?

 ……いや、ないない。

 流石に、コレが世界の何処かで自然に誕生しておるとは思えんのじゃ。

 取り敢えず、動きは遅そうじゃから、遠距離から魔法を叩き込む事にするかの。

 ソバンだったモノに対して魔法を準備しようとした所、遠くから何かの爆発音が響いて来たのじゃ。

 この爆発の方角は、城の中ではない?

 しかも一度だけでは無く、数回響いておる。



 この時、ワシは先程ソバンが言った事を勘違いしておった。

 ソバンが言っておったのは、ワシ等だけではない。


 この王都、全てに対してだったのじゃ。

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