第53話
目の前にいる青年が、本来は王族のみが使える筈の魔法を使用した後、静かに選定の剣を鞘に戻し、机に置いた。
選定の剣による証明と、王族しか使えぬ筈の魔法を使用したという事実。
つまり、それはこの青年は我が王族の血を引き継いでいるという事を意味している。
ソバン殿が言う通り、儂は過去に一度、娼婦の一人と夜を共にしたことがある。
身分を隠して黒鋼隊に入隊し、王族が見る事の出来ない実際の民達の生活を感じ、地に溢れる魔獣の被害をまざまざと見せつけられた。
若い頃の儂は、自信に満ち溢れていた。
儂なら何でも出来る、王族のみが使える魔法を使えば、魔獣など簡単に葬り去る事が出来ると。
だが、魔獣の被害で滅んだ村々を見て、その自信は呆気なく霧散してしまった。
『人は決して強くはないが、我等は魔獣には決して負けぬ』
黒鋼隊の隊長であるヴァーツが、戦場に赴く前によく口にしていた言葉だ。
人は魔獣と比べれば、獲物を引き裂く爪も、抉り取る牙も無く、力は弱く体力も低い。
故に、優れた装備を使い、技術を磨く。
それでやっと魔獣の命に手が届く。
唯、我武者羅に剣を振るうだけでは駄目だ。
それで魔獣を倒せたとしても、それではいずれ破綻する。
破綻し、そこで散るのが自分一人の命だけなら、まだ良い方だ。
自分達の背後には、仲間が、家族が、守るべき力を持たない民達がいるのだ。
破綻すれば、魔獣の被害はその守るべき民達を蹂躙する事になる。
まだ若かった儂は、滅んだ村を見てやっとそれに気が付いた。
この村にも兵士や戦える冒険者達もいただろうが、その全てが物言わぬ骸となっている。
隊長達は村の中に残っていた魔獣を虱潰しに叩き、生き残りを探すも誰も生き残ってはおらず、骸を集めて掘った穴で火葬し、黒鋼隊にいた魔術師により浄化された。
その際、儂は込み上げてくる吐き気を抑えきれず、燃え落ちていた家屋の影で何度も嘔吐し、何度も立ち上がろうとしたが、脚は震え、冷や汗が噴き出し続けた。
副隊長の一人が肩を貸してくれて、何とか廃墟となった村から出た後、他のメンバーと共に丘の上で待機させられた。
廃墟から移動する際、隊長が『コレは慣れるしかない』と言うが、その日から寝るとあの時の廃墟の様子を夢で見る様になり、死んだ人々の濁った眼が儂に『何故守ってくれなかった』『何故来てくれなかった』『何故お前は』『何故私達が』と訴えて来るようで、飛び起きていた。
そうして普通には眠れなくなり、酒を浴びる様に飲んで酔い潰れるようにして何とか寝るような事が多くなっていた最中、とある村で、やつれた儂がいつものように酒を浴びる様に飲んでいた様子を見て、酒場にいた娼婦の一人が声を掛けて来た。
娼婦からすれば、酔い潰れかけていた儂を良いカモと思ったのか、それともやつれていた儂の様子を見て心配して声を掛けて来たのかは、今となっては分からない。
儂は酔いの勢いもあり、そのままその娼婦を一晩だけ買った。
そして、朝となり日が昇り、その太陽が真上に差し掛かる頃、ようやく酔いが冷めて目が覚めた儂は、自分がとんでもない事をやってしまった事に気が付いてしまった。
問題は互いの身分差とかでは無く、コレでもし子が出来てしまった場合、それは王族の子となって継承問題に発展する事になる。
慌てた儂は娼婦を探したが、既に村にはおらず、この事は隊長にも話す事が出来ず、儂は一人、自身の心の奥にしまい込む事にした。
そして、もしも子が産まれたとしたら、儂から名乗り出る事は出来ずとも、毎夜の悪夢に怯えて酒に溺れる、こんな情けない姿を晒す男が父親だと彼女に言わせるのだろうか。
そうして、儂は心を入れ替え、毎夜の悪夢に対してどうすれば良いのか、副隊長や仲間達に相談した。
結果、『夢など見る事も無い程、疲労すれば良い』と言う解決策でも何でもない方法が取られたのが誤算ではあったが、それから悪夢は見なくなった。
それからも、いくつかの滅んだ村や町に訪れ、隊長達と共に魔獣を狩り続けた。
そのうち、儂も慣れてしまった。
やがて、儂は王都に戻り、次の王として立ち、黒鋼隊のヴァーツ隊長を貴族として向かい入れ、儂は王妃と婚姻し娘を授かった。
ソバン殿が言うまで、娼婦との一夜を思い出す事も無く、必死に国を動かし続けた。
隣国同士のいざこざから逃げて来た難民対策に始まり、長く続いた凶作、そして、儂に残された唯一の娘である姫の病気。
日々痩せ衰えていく娘に対して、教会に高い御布施を黒鋼隊時代に貯めた私財から払って回復を願い続けた。
だが、それも虚しく娘は死んだ。
王族である以上、後継者問題は何処までも付いてくる問題でもある。
新しい妃を迎え入れようと薦めて来る臣下もおるが、正直、今は考えたくないのだ。
そんな儂の前に、あの時の娼婦との間に出来た息子がいる。
最早、自身の子であると儂が口で証明する必要もない。
それが『選定の剣』による証明。
これは、我が王家の血が流れている者のみ鞘から抜く事が出来る、という特別な剣なのだ。
過去に、様々な方法で王族以外の者が抜こうとしたが、誰にも引き抜く事が出来なかった。
様々な護符を身に付けた魔術師が引き抜こうとした。
一瞬で護符は全て弾け飛び、魔術師自身も風もないのに壇上から吹き飛ばされて大怪我を負った。
ならばと国一番の力自慢が抜こうとしたが、引き抜こうとした瞬間、巨大な雷撃が男に落ちて重傷を負った。
当然、国が抱える魔術師達により、選定の剣は何度も調査されたのだが、毎回、何故そうなるのか何もわからぬという状態。
まるで、剣自身が意思を持ち、王族以外が抜こうとするのを拒んでいるかのようだ、と言うのが調査に参加した魔術師の言葉である。
「ソバン殿、この若者は本当に……」
「あーちょっと良いかのう?」
儂の言葉を遮るようにして言葉を発したのは、ニカサ殿が助手として連れて来ていた少女。
プライベートな場とはいえ、王族の言葉を遮るなど、本来は無礼打ちされてもおかしくないのだが、そんな事を気にする様子も無く、少女は机に近付くと、鞘に納められた選定の剣を手に取る。
そしてなんと。
「ふむ、やはりのう」
あっさりと選定の剣を鞘から引き抜いた。
いや、訳が分からない。
選定の剣は、王族にしか引き抜く事が出来ない物の筈だが……
「ハッ! まさか、先代の隠し子かっ!」
「なんでそうなるんだい……」
儂の言葉にニカサ殿が呆れた様に呟いているが、そうでも考えなければ辻褄が合わぬ。
「で、おチビちゃんは、ソレがなんだか分かったのかい?」
「うむ、これは中々に面白い逸品なのじゃ、特定の魔力波動を持っておる者にのみ、内包しておる防衛式が無効化されるなど、よく考えられておる魔剣じゃな」
少女がそう言って、キンキンと選定の剣を指先で叩いている。
「尤も、その魔力波動を誤魔化すだけで引き抜けるのでは、まだまだかのう」
「黙って聞いておればなんと無礼な、そもそも、この若者は王族にしか使う事の出来ぬ魔法ですら使用しておる事はどう説明するのだ」
ソバン殿が額に浮いた汗を拭いながら、選定の剣を見ている少女を批難する。
少女が選定の剣を鞘に戻し、立っている兵士の一人に手渡して、ソバン殿の方へと視線を向けた。
「そりゃ使えて当然じゃろ、そやつはそうなる様に作られた、人間ではないのじゃから」
少女の放った一言で、部屋の空気は一瞬で凍り付いたように静かになった。
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