第52話
地下通路までに遭遇した兵士は全て無力化し、遂に地下通路に繋がる部屋へとやってきた。
というか、私もイクス殿もほとんど何もしていない。
全て、レイヴン殿が出会った瞬間に無力化しているのだ。
しかも、全員昏倒しているだけで、殺害している訳では無い。
言うのは簡単だが実際にやるとなると、かなりの実力が無ければ不可能だ。
かく言う私も、一般人相手ならなんとか出来るだろうが、訓練を積んだ兵士相手では難しい。
イクス殿も同じようなもので、レイヴン殿がやっている事は流石に無理だろう。
「この壁だな」
レイヴン殿がそう言って、壁に貼られていたタペストリーを無理矢理引き剥がす。
だが、そこにあるのはただの壁で、隠し扉があるようには見えない。
「扉……がある様には見えないが……」
「何処かに開閉装置が?」
私とイクス殿が部屋を見回すが、装置になりそうな物は見当たらない。
隠し扉の開閉装置になりそうな物と言えば、本棚に特定の本を並べたり、特定の家具を動かしたりするのだが、この部屋には数個の椅子とボロボロになっている棚があるだけだ。
コレのどれかが、この隠し扉のスイッチになっているのかと思ったのだが、レイヴン殿が不思議そうな顔をした後、あぁ、と手を叩いた。
「説明不足だったな。 ここに隠し扉がある訳じゃない」
簡単に説明をしてくれたが、本来の隠し扉がある場所はそれなりに警備が厳重で、突破するのが非常に面倒なのだという。
そこでこの部屋なのだが、斜め下に隠し通路が通っているらしい。
斜め下?
「道が無いなら作れば良いだけの話だ」
レイヴン殿がそう言って片手を翳すと、石壁がゴリゴリと音を立てて動き出し、徐々に人型になっていく。
コレは、まさかとは思うが……
「ゴ、ゴーレム!?」
「よし、外で適当に暴れてこい」
レイヴン殿の指示を受けたゴーレムがそのまま外へと飛び出していくと、部屋の外が騒がしくなっていくのが聞こえて来る。
そりゃ相手からしたら驚く事だろう。
安全だと思っていた教会の中から、いきなりゴーレムが現れたのだから。
しかも、レイヴン殿の手でゴーレムはどんどん追加され、どんどん送り出されているのだ。
「よし、開通したぞ」
そう言われて覗き込めば、穴の先に明かりが見える。
どうやら、通路に届いたようだ。
「ならばさっそく……」
「いや、まずはコイツだ」
イクス殿が乗り込もうとしたが、レイヴン殿がそれを止めて懐から何かを出した。
見た目は黄色いボタンが一つある黒い玉。
「離れていろ」
レイヴン殿がそう言うと、その黄色いボタンを押した後、通路に向かって放り投げた。
我々は言われた通り、少し離れた所でそれを見ているのだが、投げ込んで数秒後、通路から凄まじい明りが放たれた。
「ギャァァァァッ!!?」
「やはりいたか……」
通路から複数の人物の叫びが聞こえて来る。
レイヴン殿が溜息を吐いて通路の中に飛び込んでいったので、慌ててイクス殿と追い駆ける。
隠し通路に降りると、既にレイヴン殿の手で複数の兵士らしき人型が通路に倒れていた。
ただし、今までのように無力化したのではなく、此方は完全に斬り捨てているようで、既に息は無い。
「無力化するんじゃなかったのか?」
イクス殿が若干非難するように声を掛けるが、レイヴン殿は無言で倒れている兵士の兜を剣先で弾き飛ばした。
その兜の下にあったのは……
「これは……人間なのか?」
私の呟きは最もな事だろう。
兵士の兜の下にあったのは、口も鼻も耳も無く、顔の中央に大きな一つ目だけが存在するという、明らかに人ではないモノだった。
他の倒れている兵士達の兜を外してみるが、どれも同じで明らかに全員人間ではない。
「多分、コイツは実験の副産物なんだろうな……」
レイヴン殿が呟いて、隠し通路を進む。
その後をイクス殿と付いて行くと、目の前に多少古びた扉が見えてきた。
どうやら、目的の研究室とやらに付いたようだ。
近くで聞き耳を立てると、中からゴリゴリと何かを擦り合わせるような音がするのが聞こえて来る。
そこで、私が扉を開け、レイヴン殿とイクス殿が内部に突っ込んでいく。
「な、何をする!」
「おっと大人しくするんだな」
中を見れば、二人が椅子に座っていた初老に差し掛かったような、やつれた顔に頭髪に白髪が目立つ男に剣を突き付けている。
他に誰かいる様子も無いが、部屋の中を見て背筋に悪寒が走る。
部屋の壁際には巨大なガラス管が並び、それぞれその中に、まるで眠っているかのような男達が浮かんでいた。
あの一つ目兵士とは違って、端正な顔付きで中肉中背だが、全員が全く同じ顔をしているのだ。
双子とか三つ子とかのレベルではない。
少なくとも、ここにいるだけで全く容姿が同じ男が7人いるのだ。
「さて、ここで一体何をしてた? この物騒な奴は一体なんだ?」
イクス殿が突き付けた剣を僅かに動かし、初老の男に対して尋問を始めると、レイヴン殿は男が浮かぶガラス管に近付いていく。
何か気になるのだろうか。
私は私で、男が向かい合っていた机を検分する事にする。
机の上には羊皮紙が何枚もあり、それぞれに何か書き込んでいたようだが、凄まじい悪筆具合で読むのも苦労しそうだ。
「こ、こんなことをし、して、唯で済むと思って、思っているのか!?」
男がそんな事を言っているが、ここでの事が暴露されれば、教会とてただでは済まないだろう。
寧ろ、よく今まで露呈せずにいたものだ。
「あのな爺さん、唯で済まねぇのはアンタらの方なんだぜ?」
尋問しているイクス殿も呆れている。
「成程、人為的に他人の特性を引き継がせたのか」
その言葉で、男の視線が一気にレイヴン殿の方へと向けられた。
その様子を私は何度も見た事がある。
隠れて後ろ暗い事をしていた相手が、それを言い当てられた時の様子にそっくりだ。
「そうなると、サンプルってのは此処に入ってる物か」
「そ、それに触るなぁ!!」
レイヴン殿が、ガラス管に繋がっているパイプの先にあった機械を軽く叩く。
途端に、男が制止しようとして立ち上がろうとし、イクス殿の剣が僅かに顎下を切って血が飛び散る。
イクス殿が慌てて剣を手放し、男を拘束する。
この男は重要参考人なので、ここで切り捨てて始末するような事は出来ないのだ。
そして、レイヴン殿が剣の切っ先を機械に突き刺し、無理矢理にこじ開けていく。
……レイヴン殿の技量なら斬り飛ばして開けられそうなものだが……
疑問に思ったが、こじ開けた隙間からドロドロと赤黒いナニカが零れてくる。
レイヴン殿がそれを避ける様にして離れ、手近にあった木端を放り投げると、ジュワッと音を立てて木端が溶けた。
もし、斬り飛ばしていたら、あの溶解液が一気に流れ出して逆に危なかったのか……
溶解液が止まるまで放置した後、改めてレイヴン殿がこじ開ける。
「……コレがサンプルか」
そう言ってレイヴン殿が何かを取り出して、それを赤い布で包んで袋に入れる。
私の方も、机にあった羊皮紙を全てと、棚にあった物を回収してある。
イクス殿は、暴れ始めた男を押さえ付けているが、見た目に反してかなりの力の様だ。
レイヴン殿と協力してロープと猿轡で完全拘束する。
「で、どうすんだ?」
「このまま王城に向かう」
落ちた剣を背中に戻しながらイクス殿が聞くと、レイヴン殿が何かを床に設置しながら答える。
一体何を設置しているんだ?
見た目はただの赤い小箱の様だが……
「そろそろ狸の化かし合いも終わる頃だろうしな」
「いや、そうじゃなくてだな、ここからどうやって戻んだって事なんだが……」
「それも問題無い」
そう言ったレイヴン殿が天井を指差す。
「来る時も言っただろう、道が無いなら作れば良いだけの話だ」
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