第50話
王城に一際豪華な馬車が入城した。
指定の場所に馬車が止まり、その中から青地に金刺繍が施された豪華な法衣を来た男が出て来る。
ただ、その体はブクブクと太り、指もパンパンに膨れ上がっていて、顔色も若干赤みを帯びて汗を搔いていて不健康そのものだった。
「……ふぅ………ここ最近はまた暑くなりましたねぇ……」
そう言いながら男が王城を見上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして、馬車の中にいた別の人物を連れ、巨大な正面扉の脇にあった入り口から城の中に入って行った。
馬車はそのまま駐車場の方へと案内されていった。
豪華な部屋にあるソファの一つに男が座り、出されていたクッキーの様な茶菓子をバリボリと食べている。
品位の欠片も感じないが、この男こそ王都の教会の頂点である枢機卿『ソバン=テラ=ハイスン』であった。
そして長い間、姫の治療を指示して、膨大な治療費をせしめていた元凶でもあった。
「陛下がそろそろ参ります」
「わかりました」
扉の外で待機していた騎士の一人がノックしてから、中にいたソバン達に伝える。
それを聞いて、ソバンはクッキーを食べていた手を止め、ソファから立ち上がる。
そして、入り口の方に向き直ってしばらくすると、その扉からしっかりした足取りで金髪に王冠を被った偉丈夫が入ってきた。
その後ろには、同じ様にがっしりとした体躯の男が護衛と言わんばかりに立っている。
更に、その後ろには白いローブを来た老婆と、一際小さな少女が付いている。
その老婆の姿を見て、ソバンの顔が一瞬だけ苦々しく歪むが、直ぐににこやかな表情に戻った。
「陛下、此度は改めて御悔み申し上げます」
「……ソバン殿、御気持ち有難く……」
ソバンの言葉にランレイ王が返事を返し、ソファの向かいにある椅子へと腰掛けると、その隣に男が立つ。
そして、老婆には少女が別の椅子を持ってきて座らせた。
「さて、此度は内密にとの事だったが、流石に護衛も無しとはいかぬ上、最近は体調も思わしくなくてな……ニカサ殿が同席させぬのなら寝具に縛り付けるとまで言われてしまってのう」
ランレイ王が疲れた様にそう言う。
護衛として連れているのは、嘗ての上司でもあり、バーンガイア国でも最強の騎士でもあり、龍殺しでもあるヴァーツ=ルーデンス。
まともに彼を相手にするなど自殺行為だろう。
しかし、それを聞いて、ソバンは『それはそれは』としか答えなかった。
そして、同席している老婆はニカサ=ミトヤード。
普段はモナークに引き籠っているが、薬師を目指している者なら必ずその名を耳にする程、この老婆の作る薬は効果が高い。
ただ、口が悪い上に相手が貴族だろうが王族であろうが、気に入らなければ絶対に薬を作らない程の偏屈。
その偏屈婆が連れている少女は、髪は白銀にその瞳は薄い青、肌は透き通る様に白い。
弟子を取ったと聞いた事は無いが、普段が引き籠りな偏屈婆だから情報伝達に遅れがあったのだろうと、ソバンは自己完結してしまった。
「それでは、陛下の体調を考え、時間もあまり無いようですし単刀直入にお話しましょう」
ソバンが居住まいを正し、ランレイ王の方をしっかりと見ると、隣に立っていた男を手招きして、自身の隣に座らせた。
「陛下、姫亡き今、王位継承に関してなのですが御確認したい事がございます」
「……うむ………臣下達も心配しておるが、今は考えたくはないな……」
「陛下の女性関係は王妃以外にありませんでしたか?」
その言葉で部屋の空気が凍った様に静まり返る。
ソバンが聞いた事はつまり、王妃以外に女性に手を出していたのかの確認であった。
「………何が聞きたいのだ?」
「王妃と御婚約される前、まだそこのヴァーツ殿の黒鋼隊にいた時、一人の娼婦を御買いになられませんでしたか?」
ソバンの言葉でランレイ王の眉間に皺が寄る。
当然、隣に立っていたヴァーツの眉間にも皺が寄っていた。
「……ヴァーツ……いや、この場合は隊長と呼んだ方が良いな……避妊の魔術は……」
「当然、部隊を動かしていた時に紹介されている酒場の娼婦には、例外無く避妊の魔術は掛けられております」
「ニカサ殿」
「……それが何年前の事かアタシは知らんけどね、昔の避妊魔術は精度はそれなりに高かったよ。 ただし、
その言葉に、ランレイ王が片手で顔を覆う。
避妊魔術は、身体を売っている娼婦達には必須とも言える魔法でもあり、定期的に施されている。
そうしなければ、望まれぬ子が増え、その子が捨てられて孤児が溢れ返ってしまうのだ。
当然、その精度は年々上がっており、今ではまず妊娠する事は無いが、昔は妊娠しにくいと言った程度であった。
「今回、私はとある村にて我が目を疑いました。 その村は昔、黒鋼隊が
そう言ってソバンが隣に座っていた男のフードを外した。
その下には、髪の色こそ赤みを帯びた茶髪ではあったが、顔立ちはランレイ王を若くした様な容姿をした男だった。
いやぁ、ここまで似ておるとはちょっと考えておらんかったが、陛下やルーデンス殿の表情を見る限り、心当たりはありそうじゃの。
そうなると、この男は本当に陛下の子と言う可能性もあるのう。
ただ、それを証明する方法はあるのじゃろうか?
地球であればDNA鑑定とかでハッキリするんじゃが、ここにはそんなもん無いしのう……
「……選定の剣を……」
「陛下、それは……」
「我が子と言うなら、何の問題も無い」
陛下の言葉でルーデンス殿が慌てておるが、そもそも『選定の剣』とはなんじゃろ?
まさか親子関係を調べる為の魔道具なのかのう?
陛下の指示で、二人の騎士が持ってきた白い長箱をゆっくりと机に置いて退室していく。
そして、全員の視線を集めながら、陛下がその箱を開けると、そこには赤い布に包まれた何の装飾も無い短剣が置かれていたのじゃ。
「これが、我が王家に伝わっておる『選定の剣』、王族に連なる者であればこの通り」
陛下が短剣を軽く引き抜いたのじゃ。
ふむ、見た限りただの短剣っぽいがのう……
その後、陛下が鞘に戻してルーデンス殿に短剣を差し出すと、ルーデンス殿は若干溜息を吐いて短剣を手に取り、皆のいる場所から若干離れる。
そして、引き抜こうとした瞬間、その短剣がバリッと音を上げて、ルーデンス殿が柄を握っていた手を離したのじゃ。
その表情を見る限り、かなりの痛みがあるようじゃの。
「王族ではない者が抜こうとした瞬間、かなりの痛みがある上に引き抜く事は出来ぬ」
手を振って痛みを飛ばしながら、ルーデンス殿が短剣を陛下に返す。
今のやり取りから見て、今までに何度かやっておるようじゃの。
そうでなければ、渡された時にあれほど嫌そうな顔はせんじゃろうし。
陛下の手に戻った短剣が、今度はその若者に向けられた。
恐る恐ると言った感じで、若者が短剣を手にする。
見た目は確かに陛下を若くした感じじゃが、果たして抜けるのじゃろうか?
「大丈夫、陛下の子である君なら抜く事が出来る」
ソバンが額に浮いた汗を拭きながら、若者にそう言うが、もし本当にこの若者が陛下の子であるなら、何故、今までその事を黙っていたのか疑問はあるが、ワシの考えが正しければあの選定の剣は……
「ッ!」
若者が柄を握り締め力を込めた。
そして、シャリンと静かに音が鳴り、選定の剣は引き抜かれた。
部屋に入ってきた光を、剣先が反射して白い筋が部屋に引かれる。
まぁ抜けるじゃろうな。
「それに、この若者は、王族のみが使える魔法を使う事も出来るのです」
「我が手に光を、レイ」
ソバンの視線を受け、若者が頷いて剣を鞘に戻し、若者が片手を上げて呪文を呟くと、ポゥっと弱い光の玉が現れた。
それを見て、ランレイ王とヴァーツ殿、ニカサ殿が揃って若干驚いた表情を浮かべておる。
血族でなければ使用出来ぬ筈の魔法を使えたという事は、この若者は王族に連なる者、という事になるのじゃ。
本来なら。
まぁそれを確認する為には、向こうからの連絡待ちになるのじゃが……
大丈夫じゃろうか……
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