第49話




 夜な夜な現れる姫の幽霊。

 その日の夜も、見回りをしていた数名の騎士達が目撃したと、待機していた部屋では持ち切りになっていた。

 ただ、その幽霊が現れる場所は王家の墓所、姫の部屋、姫が生前によく訪れていた花壇とほぼ決まっていた。


 ぼうっと蒼白い光を放ち、スーっと一人の少女が墓所を移動していた。

 遠目では白いドレスを身に着け、緩いウェーブの掛かった金髪が風に揺れている。


「で、出たぁぁぁっ!」


 見回りをしていた騎士の一人がその様子を目撃し、相方の騎士が急いで正体を掴む為に走り出すが、フッとその姿が消えてしまう。

 幽霊が居たと思われる場所に近付くが、そこは芝が踏み荒らされた様子も無く、誰かが成り済ましていた様子も無い。

 もし、誰かが成り済ましているなら、地面に人の足跡が残るはずだが、そこには今来た騎士の足跡以外、何も残っていない。


「本当に幽霊なのか……?」


 騎士が唖然と周囲を見回すが、他に誰かがいる様子も無い。

 そうしていると、騒ぎを聞きつけた他の騎士達が集まり始め、墓所にはいくつもの魔法の灯りが浮かんでいく。

 此処にいるほぼ全員がここ数日で幽霊を目撃しており、その全員が正体を確かめようとしたが、近付こうとすると直ぐにその姿が消えてしまう為、誰も正体を確かめられた者はいない。


「どうするよ」


「どうするったって……今の所、被害らしい被害は無いからなぁ……」


「お前ら、さっさと見回り作業に戻れ、被害は無いが本格的に浄化を頼まにゃならんかもなぁ……」


 若干装飾が豪華になっている騎士の指示で、集まっていた騎士達が持ち場へと戻っていく。

 被害が無いとはいえ、王城に幽霊が出る等と噂が広まれば、それだけで国のイメージは悪くなる。

 姫様の幽霊だとしても、いずれかは浄化しなければならないのだ。




 王城の一室で、一人の女性が白いドレスを脱ぎ、緩いウェーブの掛かった金髪に手を伸ばす。

 ズルリとその金髪が頭から落ち、その下から短く切り揃えられた薄い青い髪が現れた。


「噂は十分、狙いの相手も釣れたという事は、これで私の役目は終わりって事ですね?」


「うむ、ようやっと釣れたようでの、これ以上は不要なのじゃ」


 ドレスを脱ぎ、手早く騎士の鎧を装着していく女性から離れた場所で、小さな少女が頷きながら、脱いだドレスやカツラを鞄に押し込んでいく。


「では、この後は……」


「あーその事なのじゃが、ちと協力を頼んだ者がおるんじゃ。まずはその者と合流して欲しいのじゃ」


「協力者、ですか?」


「今は森の中におるんじゃが、腕は確かじゃ」


 少女がそう言って鞄の中から一振りの短剣を取り出す。

 そして、それを女騎士に投げて寄こした。


「特別休暇としてルーデンス殿の許可は取ってある。 それが目印じゃ」


「これが?」


 一見するとただの短剣だが、その柄には三日月が彫られ、その材質は鋼では無く、総ミスリル仕上げとなっている。

 これだけでも金貨数枚は確実にするだろう。

 それ以外にも、今回の幽霊騒ぎを起こす為に用意された各種魔道具。

 姿を一時的に消す外套や、空中に浮く為の靴、薄く自然発光するドレス、どれもこれも超が付く程高価な魔道具ばかりだ。

 こんな高価な物をあっさり渡すこの少女の財力には驚かされる。


「それで、今後の動きじゃが、詳しい話はその協力者に話してあるからの」


「了解しました」


 女騎士がそう言って敬礼すると、部屋から出て行く。

 少女はそれを確認した後、暫くしてから部屋を出て行った。


「うむ、今向かったのじゃ、後は宜しく頼むでの」


 少女は一人そう呟くと、誰もいない廊下からフッと姿を消した。

 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。




 私の名はノエル。

 国に仕える騎士の一人で、職業クラスは上級騎士。

 元々は孤児だったが、今の陛下は出自に関係無く、実力がある者であれば採用してくださる。

 それを問題視している貴族もいたが、着々と結果が伸びているのを見て、今では鳴りを潜めている。

 ただ、ここ数年続いた凶作のせいで、そう言った貴族連中が再び水面下で動き始めているらしい情報が入っている。

 それ以外にも、寝た切り状態の姫様の護衛を増やさねばならなかった事も相まって、国内の盗賊や夜盗への対処の手が回り切っていない。

 そんな折、今回の黒幕を暴くという魔女様の提案があり、私も声を掛けられた。

 しかも、あの伝説の龍狩り、ルーデンス閣下にだ。

 これは参加しない訳にはいかないだろう。

 そして、私に与えられた任務は、夜な夜な城の中を姫そっくりの格好をして歩き回るという簡単なものだった。

 と言っても、危険は全くない上、私が使う事なんて一生無いと思えるような、超高価な魔道具まで貸してもらう事が出来たのだ。

 そして、今はその魔女様達の協力者と言う人物と会う為、森の中を歩いている。

 王都付近に、それ程危険な動物や魔獣はいない筈だが、油断せぬ様に支給されている剣だけは持ってきている。

 普段、王城で使用している金属鎧は目立つ上に、森の中を歩くには不向きである為、急所を最低限守れるだけの革鎧を身に着けている。

 そうしていると、目の前に古めかしい山小屋が見えてきた。


「お? こんな所に何か用か?」


 その山小屋に近付くと、その中から赤毛の中年男性が出てきた。

 体付きもそうだが、その背にしている大剣を見るに、それなりに活躍している冒険者なのだろう。


「これを見せれば話は通じるという事だが……」


「ふむ、ソイツを持ってるって事は、魔女の嬢ちゃんの知り合いか」


 魔女様から渡された短剣を見せると、この男も同じように懐から短剣を取り出した。

 さらに、あの魔女様の事を嬢ちゃんと呼ぶほど親しいようだ。

 恐らく、この男が協力者なのだろう。


「あぁ、俺はイクス、見りゃ分かるだろうが冒険者だ」


「私はノエル、王城で近衛騎士をしている」


 そう言って、差し出されたイクス殿の手を取る。


「成程、城からの手伝いが来るって話だったが……」


「それで、私はこれからどう動けばいいのだ?」


「あーそれだが、俺もこれから聞くんだわ」


 イクス殿がそう言って、小屋の裏手に歩いていく。

 彼は協力者では無いのか?

 しかし、目印の短剣を持っていたし……

 不思議に思いながら、彼の後を付いて行く。

 小屋の裏に回ると、そこには焚火の前に座る一人の男がいた。

 頭髪は黒い短髪、灰色の革鎧に隣には長剣が立て掛けられている。


「なっ!?」


 そして、その反対側には、白いエンペラーベアが鎮座していた。

 一頭だけでも、王都にいる騎士団を総動員しなければならない程の第一級災害指定魔獣。

 私が驚いたのは、それがこの場にいる以上に、何故かそのエンペラーベアがフライパンで肉を焼いているという事だった。


「来たか」


 男がそう言いながら、此方を向く。

 目の前にいるエンペラーベアには疑問を持っていないようだが、私の手は腰の剣を掴んでいる。


「コイツなら問題無い、アイツの従魔だ」


 男の言葉で、エンペラーベアが軽く手を振ってきた。

 そして、焼き上がったであろう肉を皿によそっている。


「さて、これで全員だろう。 これからの行動を説明するが……」


「その前に、貴殿の名前くらいは教えて欲しいのだが……」


 その言葉で、男が事前に教えられていない事を悟ったのか、頭を掻いている。


「あぁ、私はノエル、近衛騎士に所属している」


「名乗ってはいるが改めて、イクスだ、冒険者でランクはCになる」


 ほう、イクス殿はCランクだったのか。

 Cランクは冒険者としては中堅の上位に当たる。

 ここら辺では実力者の一人になるな。


「……レイヴンだ、そして、コイツはアイツの従魔でベヤヤ」


「グァ」


 ベヤヤと呼ばれたエンペラーベアが手を上げる。

 魔獣を従えるというのは不可能ではないが、第一級災害指定魔獣ともなれば不可能に近い。

 だが、目の前で実物を見せられては、信じない訳にはいかないだろう。


「それで、レイヴン殿、俺達は今後どう動くんだ?」


「城に潜入するなら、兵士の鎧を調達しなければならないが……」


 城に潜入する場合、私はともかく二人の姿では目立ってしまう。

 先に武器庫から、一般兵士が使う鎧を調達する必要があるだろう。


「いや、我々は王城へは行かん。 我々が狙うのは此処だ」


 レイヴン殿がそう言って、懐から折り畳まれた地図を取り出して広げる。

 そして、地図のある一点を指差した。


「王城はアイツに任せておけば良い。 我々は手薄になった此処からある物・・・を手に入れる」


「しかし、そこは……」


「手薄って言ったって、かなり警備は厳重だろ」


 私とイクス殿が難色を示すのも当然だろう。

 指差された場所は、この王都でも有数の巨大な施設でもある教会・・だった。



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