第48話




「寝惚けてただけだろ? 訓練で疲れてるからってしっかりしろよ」


「本当に見たんだって、こう、薄暗い廊下をススーって」


 騎士達がそんな事を話しながら廊下の隅を歩いている。

 彼らが話しているのは、ここ最近、王城内で囁かれている噂だった。

 曰く、『夜、薄暗い廊下をある人物が歩いていた』と言うモノだが、その歩いていた人物が問題だった。


「あのなぁ……言いたくないが、姫様は亡くなってるんだぞ? 葬儀も済ませて遺体は墓地だ」


「でも確かにアレは姫様だったんだよ……」


 騎士がそう言うが、姫は亡くなり、その遺体は確かに墓地へと埋葬されている。

 アンデッド化を防ぐ為、教会での祈りによって浄化されているので、ゴーストになる事も無い。

 それでも、埋葬された日から数日経って、姫を見たという騎士やメイドが現れ始めたのだ。

 当然、教会が調べたがアンデッドの気配は無く、見間違いだろうと結論付けられたのだが、未だに目撃者は増えている。


「しっかりしろ、陛下も落ち込んでおられるんだから、余りそう言った噂を広めるなよ」


 その騎士の言葉通り、姫が亡くなった報告を受けた国王はかなり落ち込んでしまい、やつれていた。

 今は、相談役としてルーデンス卿が傍にいる為、多少は持ち直しているが、こんな噂を聞きつけたら余計に落ち込んでしまうだろう。


「しかし、一体どうなっちまうんだろうなぁ……」


「さてな、新しい妃が選出されるのか、それとも養子でも取るのか……」


「そう言えば、あの婆さん、部屋の一つを占拠してるけどどうしてんだ?」


「まぁ使わない客室だから問題無いが、そろそろ退去して貰ないと拙いだろうが……」


 そんな事を話しながら通路を曲がると、小さい子供とすれ違う。

 籠を持ち、小走りで子供が走り去っていった。


「そう言えば、知ってるか?」


「何がだ?」


「メイドのキャリーナだけど、今度、騎士隊のハンスと付き合い始めるって話だぞ」


「何だと!?」


 そんな事を話しながら、騎士達は見回りをしながら城内を歩いて行った。




 籠の中に仕込んでおいたマジックバッグから、大量の野菜やら肉やらを取り出して机に置く。

 この部屋は内側からも鍵が掛けられる様になっている以外に、外からは開けられない様に閂が設置されておる。

 そして、その部屋の中央には何故か中型のテントが設置されておった。


「さて、ワシは中に入るので少し留守番を頼むのじゃ」


「了解致しました」


 メイドに留守を任せ、必要な野菜やら肉を手に持ってテントの中に入る。

 更に中にはもう一つ入り口があり、外側の入り口を完全に閉じてから内側の入り口を開けて中に入る。

 すると、そこは外からは想像出来ぬ程、広々とした空間となっておった。

 軽く、東〇ドーム数個分という程の広さが広がっておる。

 そこに小さなテントがいくつか設置されておる。


「あ、魔女様!」


「うむ、調子はどうじゃ?」


 その中央で、剣を振っておった女子おなごがワシに気が付き、手を振っておる。

 その対面には、同じ様に剣を持った焦げ茶の髪の男が立っておる。


「絶好調です!」


「それでチビ助、外の様子は……」


「安心せい、ほぼ此方の予想通りに動いておるわ」


 ワシの言葉で多少安心したのか、男が溜息を吐いた。

 そして、ワシの持っておる野菜を見て、そろそろ飯か、とも呟いておった。




「二人共、栄養良く喰わねばのう」


「この中だと時間感覚が狂うんだが、まだ出たら駄目なのか?」


「駄目じゃの、それにもう少しで釣れそうなのじゃ」


 ワシが差し出したスープを飲みながら、男が頭を抱えておる。

 この場にいるのは、この男と女子の二人だけじゃが、間違いが起きぬ様に常に第三者が一緒におる様にしておる。

 今はテントの中でベッドメイクをしておるようじゃの。


「それより、お主はもう慣れたのかの?」


「あぁ、最初はかなり驚いたけどな……」


 男がそう言いながら、指先に小さな火を生み出す。

 うむ、無詠唱で素早く、魔法を発動させる事がスムーズに出来るようになっておる。


「では、お主はもうしばらく発動関連の訓練しておれ、ルーデンス殿も後で来る事になるからの」


「了解」


「魔女様、私は……」


「お主ももう少し待つのじゃ、心苦しいのは分かるが、まだまだ危うい」


 少なくとも、ルーデンス殿が許可を出さぬ限り、表に出す事はせぬ。

 ここでの事は一切他言無用であり、信頼出来る人物だけが協力者となって静かに行動しておる。

 これ以上、関係者を増やせば、逆に釣り上げようとしておる相手にバレる可能性があるのじゃ。


「で、ワシが課した課題はクリア出来たのかの?」


「はい! 見ててください!」


 女子が遠くの的に指を指すと、その指先が一瞬ピカッと光を放ち、その先にあった的の一つがパタリと倒れたのじゃ。

 うむ、何度見ても凄い威力じゃのう。

 今のは、特殊職業クラスが使える『レイ』と呼ばれておる特殊な光魔法じゃ。

 ちょっと特殊な職業であれば使えるらしいが、普通は広範囲に目くらまし程度の強い光を放つだけで、これ程の威力は無い。

 これはワシが『レーザー』の科学知識を応用し、魔法であれば楽に再現出来るのでは、と考えて極端に収束させた結果、こんなトンデモない威力に化けたのじゃ。

 故に、女子が使うこの光魔法は『レイ』では無く『レイザー』と呼ぶようになっておる。

 他にも、これを応用して光の壁を作ったり、手の平からも巨大にした『レイザー』を放てるようにするなど、女子も努力しておる。


「ふむ、全て発動も早く、威力も問題無いのじゃ」


 ワシの言葉に女子が嬉しそうに笑みを浮かべる。

 うむ、真面目にやっておるようで、ワシも嬉しいのじゃ。


「では、次の課題じゃが、後は体内魔力量を増やす為、体内の魔力を常に流動させるのじゃ」


 使えば使う程、体内の魔力を溜めておける器は僅かずつだが増えていく。

 貴族は親や一部の高名な魔術師によって、安全にその器を大きくする事が出来るが、この二人に関してはそうもいかん。

 じゃから、それに代わる方法を考案せねばならぬのじゃが、ルーデンス殿が方法を知っておった。

 それが『流転法』と呼ばれる方法で、常に魔力を体内で動かし続ける事で、魔力の器を鍛える事が出来るのじゃが、その増加量は普通の方法に比べてかなり少ないのじゃ。

 なんでも、部隊が移動する合間や、睡眠時にやる事で多少は大きく出来るので、部隊に所属しておった者達は、生き残る為にやっておったらしい。

 まぁこの場であればいくらでも時間はあるのじゃから、問題は無いのじゃ。


「さて、それでは二人はこれを飲んでおくのじゃ」


 ワシが差し出したポーションを見て、二人の表情が曇る。

 まぁそんな表情になる気持ちも分からんでもない。

 何せ、このポーションはどうやっても不味くなってしまうのじゃ。


「マズイのは知っておるが、必要な物じゃからぐいっといくのじゃ」


 その言葉で、諦めた様に二人がポーションを飲む。

 そして、二人共顔を顰めておった。

 ワシも飲んだのじゃが、なんというか、あの味を例えるなら、渋柿から甘味を抜き、茶を何倍も濃くしたような味がした後、ドクダミ茶の様な風味がする、と言った物じゃ。

 しかも、コレは味の改善をした状態。

 最初はとても人が飲めるような味では無かった。


「では、二人共、訓練は続けておくようにの」


 そう言って、ワシは食材の入ったマジックバックを置いて、テントから外に出る。

 外にいたメイドに戻った事を伝え、机に置いてあった野菜や肉をマジックバッグに入れておると、丁度扉がノックされたのじゃ。


「幽霊見たり」


『枯れ尾花』


 合言葉が返されたので、メイドが閂を外して扉を開けた。

 そして、素早く男が入ると再び閂を掛ける。


「魔女様、どうやら釣れたようです」


 急いで来たのか若干、息が上がっておるルーデンス殿。

 しかし、これは朗報。

 遂に仕掛けた餌に、阿呆が引っ掛かったのじゃ。


「いつぐらいになるのじゃ?」


「陛下の予定を考えれば、四日後くらいになるだろうと」


「よし、それではそれまでに二人を仕上げるのじゃ」


「では……」


 ルーデンス殿が部屋のテントに向かうのを片手で止める。

 それでルーデンス殿が不思議な表情を浮かべるが、ある事に気が付いて報告を続けたのじゃ。


「妻がメイドを確保し、養子縁組の手続きも終わっております」


「設定はどうなっておる?」


「戦争孤児で我が隊の一人が育てていた、となっておりますので、追跡は事実上、不可能になっております」


「上出来じゃ」


「では、今度こそ仕上げに入ります」


 ルーデンス殿が今度こそテントの中に入って行く。

 それを見届け、ワシはワシである準備をする為、王都を一度出てベヤヤのいる山小屋へと向かうのじゃ。

 さて、やっと阿呆が釣れるのう。



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