第47話




 シュトゥーリア家が王都に構えている屋敷は、外見はそれなりの装飾が施されているだけで、無駄な装飾は施されていない。

 だが、その屋敷の中はこれでもかと贅を凝らした装飾が施されていた。

 蝋燭の燭台一つでも、金貨数十枚という金を掛けて作らせている程である。

 そんな屋敷の奥、当主の部屋では一人の男が椅子に座り、その向かいに二人の男達が机に置かれた報告書を見ていた。




「ふむ、冒険者ギルドの遺体は、出来損ないバートのモノで間違いないという事だな?」


「見付けた冒険者共が荒らしたらしいが、荷物から奴の冒険者カードと、ウチの紋章が入ったネックレスがあったから、間違いないハズだ」


 そう答えたのはドラーガ。

 我がシュトゥーリア家の長男であり、『上級魔術師ハイ・マジシャン』という強力な魔術適正を持った職業クラスを持って産まれた天才。

 若干、プライドが高いのが欠点と言えば欠点だが、その実力は本物。

 そして、見た目も言う程悪くは無い。

 もしも姫が回復していれば、婚約者として推薦する予定だったが、先日、帰らぬ人となった事が発表された。


「まぁ出来損ないの話はこれ以上良いとして、俺としてはこっちの報告の方が重要だよ」


 ドラーガはそのサラリとした赤毛を掻き上げると、もう一枚の羊皮紙を机に置いた。

 そこに書かれていたのは、当家に仕えている魔術師からの例のガントレットに付いての物だった。


「ふむ、複雑ではあるが、材料さえ揃えれば複製は可能だろう、と」


 調べた魔術師曰く、構造としては単純であり、魔法壁を展開して受け止めた魔法を一時的に魔石に内包、合言葉キーワードで内包した魔法を発射する。

 ただ、魔法陣を刻む作業で、どうしても二回り程大きくなってしまうらしい。

 構造的には単純だが、これ程見事なバランスで作られている以上、相当に高価な品であり、場合によっては国の宝物庫にあるような物ではないか、と書き上げられていた。


「あの出来損ないが持っているには、不相応な品か……」


「やっぱり、褒章を貰っていないというのは大嘘で、こっそりアレを貰ってたんじゃね?」


 そう言ったのは、次男であるゴダーン。

 見た目は厳ついが、その職業は『雷術魔術師サンダー・マジシャン』と言う特殊な魔法適正を持っている。

 この職業、雷を魔法として使う事が出来るという珍しい物なのだ。

 国に所属する職業を纏めている書記官に確認した所、王国内では確認された事が無く、初の職業として国に仕え、職業書に新たな情報を纏めている。

 この新たな職業と言うのは、数十年に一度あるかと言われる程珍しい事なのだ。


「だろうな、あんな物が田舎村にあるとは思えん」


 あの出来損ないが、あのガントレットを入手したと思われるのは、あの奇病騒ぎでの特効薬が発見され、王城に魔道具を納めた後、しばらくしてからだ。

 つまり、表向きは褒章を得る事はせず、裏ではちゃっかり手に入れていたのだろう。


 我が家は魔導を最上とする最大の派閥でもある。

 シュトゥーリア家に産まれた文字通りの出来損ないは、その職業が『魔戦士』という魔法と剣士を合わせた中途半端な物だった。

 魔法と剣、この二つが最大レベルで使えるなら、確かに有用な職業だろう。

 有名な所では『黒龍殺し』の『ルーデンス』がこの職業に近いが、あの出来損ないはあろう事か魔法の適性が皆無だった。

 故に、あのガントレットでその魔法適正を補うつもりだったのだろう。


「しかし親父よ、今更あんなの手に入れてもどうにも出来ないだろ? 次期当主は兄貴で確定だし、俺は俺で今の仕事が終わったら独立する事が決まってるしよ」


「フンッ、そんなの俺達への当て付けだろう」


 もし、あの出来損ないがこのシュトゥーリア家を乗っ取るつもりで動いていたとしても、最早手遅れ。

 既にドラーガに家督を相続する事は決定しているし、ゴダーンもその珍しい職業を次代に継がせる為に、独立して新たな家を興す事が決定している。

 例え、王宮から口を出されたとしても覆る事は無いのだ。


「それよりもだ、アレを量産する場合、ガントレットのままでは王宮に怪しまれるだろう。 そこら辺はどうなっている?」


「それだが、あいつらが言うには、重要なのは魔法陣と魔石で、デザインは何でも良いらしい」


 ドラーガがいくつかの羊皮紙に描かれた仕様書を机に広げる。

 そこには、剣型、槍型、杖型、盾型と様々な形状が描かれ、それぞれに予想される利点と欠点が書かれている。


「やはり、杖型が一番か」


 取り込んだ魔法を発動させる際、どうしても剣や槍では隙が出来てしまう。

 盾型は通常攻撃も防げるだろうが、もしも魔石を砕かれたら暴発する事になる。

 その点、杖型は普段通りで使える上に、予め取り込んでおけば、高威力の魔法をいきなり発動させる事も出来る。


「で、親父、量産が成功したらどうするんだ?」


「クリファレスとの国境線がキナ臭いというのは知っているな?」


「少し前、ルーデンス領に攻めてきて、偶然天災に合って壊滅したらしいな」


「それ以外にもライザード領、ペンラン領でも集まってたらしいぞ」


 ゴダーンは王城に勤めているから、そう言った情報は比較的早く入ってくる。

 当然、貴族でも知らない情報も知っているのだが、本来は家族であっても話す事は禁じられている。

 まぁバレなければ何の問題も無いのだ。


「つまり、近くクリファレスが攻めてくる可能性があるが、このガントレットの機能を持った魔道具が配備されていれば、相手の魔法に対して絶対の強みとなるのだ」


 配備が終われば、我が国の兵は相手からの魔法を無効化し、一方的に遠距離からの魔法攻撃が出来る様になるのだ。

 この魔道具に使う魔石代は、それなりに当家の資産を圧迫するだろう。

 だが、コレで国を救う事が出来れば、当家の評判は天井知らずに上がり、場合によっては跡取りが居なくなった王家に取って代わる事も可能になるだろう。


「ドラーガ、子飼いの商人どもに金を渡して魔石と必要な材料を集めさせろ、ゴダーンは王城で引き続き情報を集めて置け」


「金は何処まで出す?」


「買えるだけ買え、場合によっては多少借金をしてもかまわん」




 息子達が屋敷から去り、自室で上等なワインを開ける。

 そして、今後どう動けば良いのかをもう一度思案する。


 本来は大会合が終了すれば、直ぐに領地へと戻らねばならんのだが、姫が亡くなった事により、貴族の大半がまだ王都に残っている。

 妻も独自の情報網を使って情報収集をしているだろうが、今の所は留まるのが良いだろう。


 そんな事を考えていると、部屋の扉が急に開いた。


「全く、ノックくらいしろ」


「アナタ、ちょっと話があるのですけど、あの出来損ないが死んだと言うのは本当ですか?」


 入って来たのは全身をゴテゴテと着飾ったバb……我が妻だ。

 年甲斐もなく、金銀の装飾品を身に着け、指にも大小様々な宝石を散りばめた指輪をいくつも付けている。

 妻の身に着けている宝石や装飾だけで、王都の一等地に屋敷が建てられるだろう。


「あぁ、遂にくたばった。 コレで安心か?」


「えぇえぇ……コレで我が家も安泰になりますわ」


 妻がニコニコしながら豪華な扇子を広げて口元を隠す。

 全く、若気の至りだったとは言え、メイドの一人に手を出した結果、あんな出来損ないが出来るとは……

 魔法の才能があれば一族に加えるつもりだったが、結果は才能が殆ど無い出来損ない。

 しかし、見捨てたりすれば、シュトゥーリア家には子を養う力も無いと陰口を囁かれる事になる為、最低限は育てなければならなかった。

 しかし、くたばる寸前に当家に齎された魔道具は、コレまで無駄に掛かった費用を取り返して余りある価値を生み出すだろう。


「くたばる前に我が一族の利になる事が出来て、あの出来損ないもさぞ嬉しがっているだろう」


「フフフフ、それはそうと貴方には事後承諾になるのだけれど……」


 妻がそう言って扉の前に立っていた護衛の一人を手招きすると、その護衛が重そうに箱を持ってやってきた。

 それを机に置くと、開口をこちらに向ける。

 サイズ的にはそこまで大きくは無い、小箱と言えば小箱のサイズだ。


「これは?」


「とある貴族家がアタシに相談してきてね、その対価と御礼よ」


 そう言って妻が箱を開くと、そこにはぎっしりと金貨が詰まっていた。

 枚数は分からないが、少なくとも50枚は入っているだろう。


「一体何を……」


「何でも、子育てが出来るそれなりの腕があるメイドを探していると言ってね、ウチに丁度良いのが居たから、紹介料金貨20枚で良いわよって言ったら、直ぐに用意してね、そこに礼金も含めて金貨50枚あるわ」


 もしもメイドを売ってしまえば人身売買になるが、此方は売買では無く紹介するだけ。

 そのメイドが実際に採用されるかは、相手方によるのだ。

 貴族間の人身売買など、いくらでも抜け道はある。


「丁度、そのメイドが居たから荷物を纏めさせて、屋敷から追い出しておいたわ」


 その言葉で窓の外を見ると、門の所に見慣れない馬車が止まっているのが見える。

 あの紋章は……


「ルーデンスの所か……」


「えぇ、近々子が産まれるかもしれないからって事らしいわ」


 ルーデンスに多少の恩は売れた上、今は金貨がいくらでも必要だ。

 取り敢えず、このまま妻を上機嫌にさせて、部屋に返してしまおう。

 妻の実家はシュトゥーリア家と同格の大貴族であり、おいそれと蔑ろには出来ない。

 それが無ければ何が悲しくて、こんな奴の相手をしなければならないのか……



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