第44話




 馬車はそのまま王城内へと入り、立派な鎧を着た騎士達の先導で指定された場所に停車する。

 そして、ニカサ殿と共に王城内を堂々と進む。

 途中、何度か騎士達に呼び止められたが、ニカサ殿が『アタシの手伝いだよ』と言って有無を言わさずに通っていく。

 ニカサ殿は一般人と思ったのじゃが、やり取りを見る限り、実は偉いのじゃろうか。


「さて、ここが患者の部屋だよ」


 扉の前に女性騎士が二人いる事から、患者と言うのは女性なのじゃろう。

 ただ、王城で騎士が護衛しておるという事は、身分的には相当高い女性なのじゃろう。

 しかも、ニカサ殿は普段はモナークにおるのじゃから、呼び寄せたにしろ、長い期間王城に住んでおるという事じゃ。


「これは酷い状態じゃのう」


 部屋に入って最初に感じたのは、独特の死臭に近い臭い。

 そして、ベッドに眠っておる女性。

 じゃが、その顔はガリガリに痩せ細って、僅かに呼吸をしておる事で生きておる事が分かる。

 ニカサ殿がベッドの隣にある机の上に、いくつかの道具を並べるのを見ながら、この女性の状態を確認する。


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 名前:ロージィ=エル=バーンガイア


 職業クラスプリンセス


 種族:人


 状態:毒

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 ふむ、どうやら、この女性はこの国の第一王女、つまりお姫様じゃのう。

 しかし、毒と言うのは穏やかではない。

 この状態を見るからに、長期間、解毒されずにいるのじゃろうが、そんな事が有り得るのじゃろうか?

 一国の王女ともなれば、かなり重要人物なのじゃから、真っ先に治療はされておるはず……

 つまり、この『毒』というのは、かなり怪しいのう。


 そう考え、もう一度、このお姫様を再鑑定してみる。

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 名前:ロージィ=エル=バーンガイア


 職業クラスプリンセス


 種族:人


 状態:毒(隠蔽:呪い-衰弱・虚弱-)

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 なんともまぁ……

 これはまた用意周到な事じゃ。

 表向きは毒じゃが、隠蔽で複数の呪いを隠しておる。

 これでは、解毒ポーションをいくら使っても回復などせぬ。

 しかも、解呪ポーションを使っても、呪いが二つある為に上級ポーションクラスでなければ解呪する事も出来ぬ。


 しかし、『衰弱』と『虚弱』と言うのは珍しい呪いの組み合わせじゃ。

 文字通り、衰弱は徐々に体力が失われ、虚弱は体力が回復しなくなるという状態異常じゃ。

 つまり、このお姫様は、体力はどんどん失われていくのに、体力が回復しない為に、最終的にはそのまま死亡してしまう状態になっておるのじゃ。


「さて、それじゃ治療を始めようかね」


 ニカサ殿が小さな小物入れのような袋を取り出すと、その中から小さな包みを取り出し、それ以外にも薄く発光する小瓶、更に真空パックされたかのような子供の手の平サイズのピンクの花を並べた。


「その花は採取支部で買った物かの?」


「そうさ、『オキシエントフラワー』って言ってね、幅広い解毒作用を持っているんじゃが、採取が難しい」


 聞けば、採取の為に花を摘むと、その時からどんどん劣化が始まり、1時間も経てば効果を完全に失ってしまう。

 じゃが、特殊なスライムを利用して真空パックの様にする事で、劣化を止める事が出来るようになり、割高であるがこうして長期間の保存が出来る様になったのじゃと言う。

 それ以外にも、薄く発光する小瓶は『精霊水』と呼ばれる物で、妖精が多く住む泉の水らしいのじゃ。

 最後に、小さな包みなのじゃが、殺菌作用のある葉に包まれた龍の肝じゃった。


「これはアレかの、昔、龍が討伐された時の……」


「おや、おチビちゃんは聞いた事があったのかい。 そうさ、これはその時に討伐された龍の肝、その最後の残りさ」


 包んでいる殺菌効果のある薬草の葉から、消しゴム程度のサイズのピンクの肉片が現れる。

 これが龍の肝で、そのままでも滋養強壮、自然回復増進と強い効果を発揮するのじゃ。

 じゃが、この肝の真骨頂は他の素材と合わせる事で、その効果を何倍にも引き上げるという効能じゃ。


「オキシエントフラワーであらゆる毒を解毒し、精霊水はその効果を安定させる為に使うのさ」


 つまり、ニカサ殿はオキシエントフラワーの解毒効果を龍の肝の増幅作用で強化し、精霊水の安定化能力で固定化させようというのじゃろう。

 確かに、何の毒か判らぬのであれば、これ以上無い方法なのじゃろうが……

 この姫様の状態異常は毒では無く呪い。

 解毒効果では何の意味も無いのじゃ。


 ニカサ殿が机に並べた道具の中にあった薬研で、次々と用意した素材を擂り潰し、精霊水を少しずつ混ぜ合わせていく。

 そこに数種の薬草、他にも数種の種を薬研で擂り潰し、混ぜ合わせていく。


「おチビちゃん、そこの瓶でオキシエントフラワーを煮出してくれんかい?」


「温度は沸騰させず、小さな泡が出るくらいじゃな?」


「良く知ってるね、それで頼むよ」


 ビーカーの様な瓶にオキシエントフラワーを入れて、僅かに精霊水を垂らした水を注いで火に掛ける。

 アルコールランプの様な魔道具じゃが、これは火加減が難しいのう。

 ガラス棒で少しかき混ぜ、沸騰する寸前の温度を維持しておると、オキシエントフラワーの色がピンクから鮮やかな赤い色へと変化を始めたのじゃ。

 オキシエントフラワーは、煮だしておる時に赤色が鮮やかになる程、その効能は高くなるのじゃ。


「ほぉ、初めてで最高品質に出来るなんて、おチビちゃんは余程才能があるんだね」


 ニカサ殿が感心したように言いながら、薬研に龍の肝を入れて残りの精霊水を注ぐ。

 そして、煮出しておるオキシエントフラワーの赤い色が、徐々に周囲に滲み出て、水が赤く染まっていく。

 逆に、オキシエントフラワー自体はどんどん透明になっていくのじゃ。


「こんなもんかの」


 そう言いつつ、完全に透明になったオキシエントフラワーを取り出し、真っ赤に染まったお湯が入ったビーカーを火から離す。

 これで煮出すのは終わり、冷ました物が必要になるのじゃ。

 当然、透明になったオキシエントフラワーには効能は残っておらん。

 まぁ綺麗じゃがの。

 しかし、自然冷却で冷めるのを待つのはそれなりに時間が掛かるのじゃが、ここではちょっとズルをするかのう。


「微弱冷却」


 ビーカーに対して、ほんの僅かな冷却魔法を使用する。

 この時、急激に冷却を行うとビーカーが割れる以前に、効果が失われてしまうのじゃ。

 ゆっくりじっくりと温度を下げていくと、鮮やかな赤色を保ったまま常温に戻っていく。

 これで、オキシエントフラワーの薬湯の完成なのじゃ。


「さて、それじゃ最後の工程をやるとするかね」


 薬研の中身を匙で掻き集めて小皿に移し、ニカサ殿が鞄から一枚の巻物を取り出して机に広げた。

 それに書かれておったのは、複雑な魔法文字で描かれた一つの魔法陣。

 魔法陣の中央に空の瓶を置き、左右に擂り潰した物を乗せた小皿と、薬湯が入ったビーカーをセットする。

 そして、ニカサ殿がそこにマナを流して魔法陣を起動させる。

 すると魔法陣が青い光を放ち、中央の瓶に向かって左右の小皿とビーカーから光の粒が立ち上り始め、それが瓶に向かって流れ込み始めたのじゃ。

 やがて、左右から光の粒が立ち昇らなくなり、光の粒が中央の瓶に全て入るとニカサ殿がその蓋を閉じた。


「これで完成だよ」


 瓶の中にあった光の粒は、蒼白い透明感のある液体へと変化しておった。

 ニカサ殿の額には汗が浮かび、この魔法陣を維持するのはかなりの重労働のようじゃのう。

 見れば、小皿にあった擂り潰された物はグズグズに黒く変色し、薬湯もその色が黒くなっておる。

 どっちも再使用は出来ぬようじゃのう。


「さぁ、これで一晩様子見さね」


 ニカサ殿が、吸い飲みで姫様に完成した解毒薬を何度かに分けて飲ませる。

 効果を確認するのに少々時間が掛かるので、本日はこのまま様子見の為に泊まり込みになるのじゃ。

 当然、ワシも。

 ううむ、解毒薬では効果が無いと言っても信じて貰えんじゃろうし、どうしたものかのう……



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