第39話
問題は無かった。
そんな事を思いつつ、王宮に併設されている会場へと足を進める。
大飢饉の間は、数年置きに開催されていた大会合が、今年は開催されると知らせを受け、急いで準備をしてやってきたが、周囲の貴族連中の視線を妙に感じる。
冬に入る前にルーデンス領を攻め落とし、救援の為に軍を送って実効支配した後、クリファレスへ寝返る予定だったが、この世の終わりを知らせる様な天災を受けてクリファレス軍は壊滅。
その後、クリファレスからの連絡が途絶え、売り払う予定の奴隷共をクリファレスに輸送する部隊も途中で壊滅して大損だ。
当然、自分に繋がる証拠など残していない為、何かを言及されたとしても言い逃れは出来る。
こういう場合、逆に堂々としていれば、怪しまれる事など無いのだ。
大会合では陛下の言葉から始まり、その後は王国中の貴族がそれぞれの派閥で集まり、領の運営や自身の子達の縁組等の話を始める。
当然、その派閥に参加せず、個人で領の運営をして派閥とは最低限の付き合いをする貴族もいるが、ごく少数だ。
そして、我が領と付き合いのある貴族達もいるのだが、どうにも妙な事になっている。
共にクリファレスに通じていた貴族達の姿が無い。
それ以外にも、クリファレスへと運ぶ奴隷を確保していた貴族の姿も少ない。
一体何があったのか……
「スメルバ様、ちょっとよろしいでしょうか」
「ん? おぉ、キハン伯爵」
私に話し掛けて来たのは、奴隷確保を担当していたキハン伯爵。
見た目はガリ細の優男で、撫でつけた茶の髪に、多少落ち窪んだ目と見た目は非常にアレな貴族だ。
「少々耳に入れたい事がありまして、此度の件で……」
キハンの声が終わりに行くにつれて小さくなる。
ふむ、何やらマズイ事が起きたようだな。
そして聞かされたのは、クリファレスに通じていた貴族が軒並み拘束され、処分を待つ状態になっている事、クリファレスが非道な実験を行って侵攻してきた事、バーンガイアの民を奴隷としてクリファレスに売り払っていた事と、かなり不味い事になっている事だった。
しかも、それを年明けに帝国が発表、バーンガイアとしても正式に抗議を行う事になっている。
これは非常に拙い。
何が拙いと言えば、拘束されている貴族達が私の事を話す可能性が高い事が拙い。
これを回避するには、さっさとクリファレスへ亡命する以外に方法が無いだろう。
口封じする事も考えたが、如何せん数が多過ぎる。
そうと決まればこうしちゃおれん。
さっさと領に戻り、金を掻き集めなければならん。
儂と陛下から見える場所で、スメルバの表情が赤くなったり青くなったりと面白い事になっておる。
あ、青くなったと思ったら、何か猛烈な勢いで部屋から出て行ったな。
どうやら、あのキハンから状況を知らされた様だな。
「で、陛下、本当に逃がすつもりですか?」
「ククク……本当は拘束したいがね、どうやら此方が動く必要は無い様だ」
「……成程、既に水面下で動いている奴等がいると」
陛下が処分を考えている貴族達も、貴族籍を取り上げてクリファレスから遠く離れた地へ移動させるくらいしか決めていなかった。
と言っても、それは知らずに加担していた貴族だけで、ガッツリ係わっていた貴族は全員、鉱山に送られる事になっている。
しかし、スメルバ侯爵に関しては拘束も何もしていない。
当然、繋がっていた貴族や、クリファレスにとっては知られたら拙い情報を数多く持っている事から、確実に追手が放たれる。
もし、スメルバが自ら陛下に報告して保護を求めれば、待遇はともかく追手からは守っては貰えただろう。
それをしない時点で、既に相当ヤバイ事をしているという自覚があるのだろう。
「それと、モナークの婆様が来るそうだ」
「ゲッ、ニカサのババアまだ生きてたのか」
陛下の言葉に思わず本音が漏れた。
あのババアは昔から苦手だ。
龍退治の際にも同行してくれたが、まぁ口は悪いわ、怪我をした部下でも邪魔なら容赦無く蹴り飛ばしてくる。
そして、同行した報酬として退治した龍の素材の一部と言うか、半分近くを持って行った。
ただ腕は確かで、それで助けられた部下達も多いので、面と向かって文句は言えなかった。
しかし、本当にいくつなんだあのババア。
同行した時には既にババアだったから、今は少なくとも100は超えている筈だ。
「娘の治療に来てくれるらしい。 何度か手紙を送っていたがやっと返事が来たよ」
陛下がそう言う様に、実は姫が病気になった時、真っ先にババアに治療を頼むように手紙を出したのだが、返事は無く、止む無く教会に依頼を出していた。
その後も、定期的に手紙を出していたのだが、何も返事は無かったのだ。
そして、凶作から来る大飢饉で手紙すら出せなくなった。
「実際、どうなんだ?」
「……教会からは年を越せるかどうかと言われたよ」
教会に所属している連中の言葉を信じたくはない。
だが、日々痩せ衰えていく姫の姿を一度見て、その言葉も信じてしまえる。
そうして話していると、俄かに扉の方がざわつき始めた。
「邪魔だよ! アタシは忙しいんだからさっさと道を開けな!」
そう言って貴族の間から現れたのは、白衣を着たニカサのババアだった。
更に、その首からは金に輝くアミュレットが下がっている。
そのニカサのババアが儂等を見付けたのか、足早に此方にやってきた。
「久しぶりだね、ハナタレ小僧共」
「婆さん、いい加減その呼び方はやめてくれ」
ババアがニヤリと笑みを浮かべ、儂等の事をハナタレ小僧と呼んだ。
陛下に向かってそんな事を言えるのは、このババアだけだ。
普通なら不敬罪と言って捕らえられるのだが、このババアの場合、その龍退治の際に大怪我を負った陛下を治療した功績で、貴族階級並の特権を持つ『特級治癒師』としての活動が許可され、陛下であろうがいつもの憎まれ口を叩けるのだ。
その特級治癒師の証が、あの金のアミュレットだ。
これは国が発行する特別製で、特級は金、1級から5級は銀、それ以外は銅になっている。
金になるにはかなりの腕が必要であり、四肢欠損とか瀕死状態からも完全回復させる事が最低条件となっている。
「アタシに取っちゃ、お前らはいくつになってもハナタレ小僧さ、ホレ、さっさと案内しな」
今は大会合の最中だが、このババアには全く関係ない。
しかし、腕はアレかもしれないが、教会の連中が匙を投げた姫の病気、このババアに治せなければ打つ手は無くなるだろう。
陛下が護衛と一緒に部屋を後にし、残された我々はいつもの派閥に別れ始める。
ニカサのババアによって多少の混乱は起きたが、コレが概ねいつも通りの光景だ。
ハナタレ小僧に案内された部屋には、扉の前に重武装の騎士が二人配置され、更にはそこら中に魔道具による結界装置に探知機が仕掛けられている。
これなら例え暗殺者が侵入しようとしても無理だね。
一つ二つなら欺けるかもしれないが、この数全てを欺くのは物理的に不可能だ。
そして、壁際に設置された一際豪華な寝台があり、若干盛り上がっているから、そこに寝かされているのが姫様だね。
「さて、診察を始めるんだが……男共はいい加減さっさと出ていきな!」
ハナタレ小僧と護衛の騎士共を蹴り飛ばし、扉を閉める。
コレで部屋にいるのはアタシと世話係のメイドだけになった。
そのメイドに命じて灯りを持ってこさせ、寝台に寝ている姫の診察を開始するとするかね。
姫の容体を一言で言うなら、よくもまぁ生きていられるモノだ、と言う所だ。
全身肉が落ち、骨と皮だけの様な状態で、ここ数年は固形物の食事は喉を通らず、王宮勤めのコック達が苦心してスープを作り、メイド達が何とか飲ませている。
脈を取り、瞳孔の収縮具合を確認し、呼吸の有無を再度確認する。
これが病気だとするなら、かなりの難病だね。
アタシの記憶にもこんな症状を引き起こす病気は覚えがない。
だが、必ず治してやるからね。
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