第38話




 モナークを出発し、王都への道すがらベヤヤの背で、ニカサ殿から貰った本を読み込む。

 あ、服装は既に元の魔女服ローブ姿に戻しておるのじゃ。

 しかし、コレを読む限り、ニカサ殿は相当な腕の持ち主じゃな。

 まず、空間そのものに干渉する術式は独自の見解ではあるが、ちゃんと成り立っておる。

 ニカサ殿の凄い所は、この『干渉する』という点にある。

 通常、空間とはその場にあるのが当然、というモノじゃ。

 しかし、ニカサ殿はコレを空間同士の『間』という曖昧な物として認識して、干渉する術式を開発してしまった。

 つまり、一本の棒を空間として見るならば、ニカサ殿はコレを数本の棒で繋げたモノを空間として認識しておる事になる。

 そして、その数本の棒をそれぞれ伸び縮みさせる事で。それぞれの空間を自由に弄る事が出来る、と言うのが、ニカサ殿の組み立てた術式なのじゃ。

 有名な物でアイテムバッグがあるのじゃ。

 外からは普通のバッグじゃが、その容量は数倍以上の広さになっておる。

 閉鎖されたバッグの中という空間を、広く拡張して魔法式で蓋をする。

 コレだけでアイテムバッグとして成り立っておるが、ここでまた別の空間魔法を掛けておる。

 それが『停滞スロウ』の魔術式じゃ。

 これでアイテムバッグの中は、外と比べて時間がゆっくり進む。

 これこそが、アイテムバッグが重宝される所以でもあるのじゃ。


 迷宮の奥深くで素材を手に入れても、そのまま持ち帰っていたら腐るか効能が無くなってしまう。

 じゃが、この停滞の効果があれば、そんな心配も無く持ち帰る事が出来るのじゃ。

 当然、停滞の効果が高ければ高い程、アイテムバッグは高値で取引される。


 ニカサ殿の書き記したこの本が正しいのであれば、ニカサ殿はアイテムバッグを作る方法を知っておるな。

 しかし、コレはもしかしたら、ワシが考えておる物が作れるかもしれん。

 アイテムバッグの唯一の欠点は、生物を入れる事が出来ぬ、という点じゃ。

 これは、アイテムバッグを製作する際、付与する拡張魔法陣に予め停滞の機能が付与されておるからじゃ。

 もし、この停滞の機能を除去して拡張だけの機能を有効にしたら、生物でも入れる事が可能になるんじゃないじゃろうか?

 その為には、この本をもっと読み込まねばならぬ。


「魔女様、そろそろ野営の準備を始めるのですが……」


「ん? おぉ、もうそんな時間かの」


 どうやら集中し過ぎて、暗くなり始めているのに気が付かんかった。

 取り敢えず、今日はここまでのようじゃの。



 そして、晩御飯なのじゃが、ベヤヤが色々と作れるようになったので、本日はハンバーグを教えたのじゃ。

 当然、エドガー殿からこれは売れるとして、レシピを売ってくれるように頼まれたのじゃが、別にこの程度で金を取る気はないのじゃ。

 今回使った肉は、ワシが保管しておったオーク肉と、道中に狩ったウルフ肉を合わせた物じゃ。

 フライパンを手に、ベヤヤがどんどんハンバーグを焼き、同時にハンバーグのタネを念動力で捏ねておる。

 ちなみに、バートはおろし金でひたすら硬いパンをゴリゴリとパン粉にする作業をしておる。

 そして焼き上げた後のフライパンで、ベヤヤ特性タレを煮詰めてソースを作っておる。

 コレがまた美味かったのじゃ。

 大量に焼き上げてしまった分に関しては、ワシのアイテムボックスに保管しておくのじゃ。



 その後は、バートの訓練なのじゃが……

 相変わらず、魔導拳は使いこなせておらんのう……

 ベヤヤが腕を振り抜く度に、バートが宙を舞っておる。

 ベヤヤも手加減をしておるのじゃが、やはり、中途半端に魔法を鍛えておったのが問題じゃな。

 知識はあるがデメリットのせいで、威力は無い上に、マナ消費が馬鹿にならん。

 なのに、近接を鍛えておらんかったから、戦い方がなっとらん。


『いつまでやんだ、コレ』


「ふーむ、これは王都から帰ってもしばらくは続けるしかないかのう」


 実戦を考えるなら、バートの訓練は続けた方が良いのじゃろうが、これは開き直って魔道具満載で戦わせても良いのかもしれん。

 しかし、それだと根本的な解決にはならんからのう……


「取り敢えず、今日の所はコレで終わりにしておくかのう」


「……お、終わった……」


 バートがボロボロの状態でぐったりしておるので、取り敢えず回復をしてやり、イクス殿達のテントに運んでおくのじゃ。

 そして、ワシは再び本を読むのじゃ。




 そうして移動や寝る前に魔導書を読み込んだ結果、高性能なアイテムバッグを作る為には、それなりに高価な素材が必要になる事が分かったのじゃ。

 最高級品ともなると、それこそ龍の皮が必要になるらしいのじゃが、まぁそこまでは考えておらん。

 それに、それより多少劣るが、ワシのアイテムボックスにはワイバーンが入っておるし、コレを使えばそれなりに高性能なアイテムバッグが作れるじゃろう。

 まぁその前に解体しなければならんのじゃがの。


『ちっこいの、こんな感じでどうだ?』


 ベヤヤがそう言って鍋から取り出したのは丸い輪のような物。

 パチパチと音を上げて出来上がったのは、小腹が空いた時のお供、みんな大好きドーナツなのじゃ。

 というか、材料と作り方を教えたら、普通に作りおったよこの熊。

 材料と揚げる為の油はモナークの町で購入出来たのじゃが、こうもあっさりと作れるようになるとは……


「うむ、多少味は違うが、十分美味しいのじゃ」


『よし、もう少し材料の比率を変えてみるか』


「あ、流石に今夜はもう喰わんぞ?」


 ワシはポーションで痩せる事は可能なんじゃが、同行しておるハンナ殿やジェシー殿が食べまくってしまったら目も当てられん。

 というか、まぁコレだけ音が出るのじゃから、バレない訳がないのじゃが。


「あの、魔女様? それってなんなんですか?」


「……良い匂い……」


 結局、二人に見付かり、数個のドーナツで我慢してもらったのじゃ。

 二人が飢えた野獣になりかけたのじゃが、『喰い過ぎると太るのじゃ』の一言で元に戻ってくれたので、一安心なのじゃ。

 まぁドーナツのレシピもエドガー殿に渡し、ベヤヤによって作り方を実践しておるので、そのうち色んな店で食べられるようになるじゃろ。




 そうしてベヤヤによる飯テロを喰らいながら、王都へと進む最中、ちらほらと雪が降り始めた。

 イクス殿に聞く限り、早々深く積もるような事は無いらしく、毎年、こうして偶に降ってすぐに止むを繰り返し、薄っすらと積もる程度らしいが、それでも馬車の車輪が嵌って動けなくなる事が多いと言う。

 他にも、食糧が減る事で獣が餌を求めて狂暴化する事があるらしいのじゃ。

 ここら辺じゃとゴブリンやオークが筆頭で、稀にマーダーベアなるエンペラーベアの系譜が現れるくらいなのじゃが、マーダーベアが出たら王都で討伐隊が組まれるらしいのじゃ。

 まぁルーデンス領では、領主殿が直に相手をしておるらしいがの。

 そして、珍しい所ではぐれ魔獣がおるらしい。


 何故、らしいなのかと言うと、はぐれ魔獣と言うのは大抵恐ろしく強く、出会えば命は無いのじゃ。

 そして、はぐれによって殺害され、情報が持ち帰られなければ、はぐれの情報は広がらない。

 似たような話で、昔、オークの一大拠点が出来ていると報告された事があり、何故報告が無かったのか議論が起きた事がある。

 答えは単純で、誰も報告しに戻れなかったからじゃ。

 偶然、訓練の為に訪れていた某騎士団が遭遇し、多大な被害を出して撃退し、直ぐに冒険者を収集して鎮圧したのじゃ。


 故に、魔獣の目撃情報は無いが、多くの冒険者や馬車などが行方不明になっておる森や道は、『はぐれが出る可能性が高い』と言われて注意するように言われておるのじゃ。

 ワシらも注意せんとな。


「で、ベヤヤよ、それはどうしたのじゃ?」


『近くをうろついてたから叩きのめした』


 うぅむ、なんじゃろう、このデカイ狼。

 まぁ取り敢えずしまっておくかのう。



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