第37話




「オリハルコン!?」


 隣で見ていたエドガー殿が驚いて短剣を見るが、これだけボロボロになっていると信じられんじゃろうな。

 じゃが、他の二つがそれ程価値があるとは思えんから、恐らく間違ってはいないのじゃろう。


「よくもまぁ見抜いたね」


 ニカサ殿が他を片付けて短剣だけを机に残す。


「エド坊が連れてきたからどんなモンかと思ったが、良い目を持ってるじゃないか」


「ワシもまさか、オリハルコンを目に出来るとは思わんかったのじゃ」


「まぁこんな見た目と能力だからね、一目でオリハルコンと見抜く奴はいなかったね」


 短剣を手にしてアレコレ見ているエドガー殿を放置し、ワシとニカサ殿はこの短剣が作られた背景の事を話し合う。

 ニカサ殿の予想では、元々は貴族か何かが所有していた物を、嫌がらせ目的で付与した物ではないかと思っておる。

 対してワシの予想は、様々な耐性を持っておるオリハルコンの耐性を調べる為、実験目的で製作したのではないかと思っておる。

 まぁ製作者がいない上、入手したのは帝国領の迷宮らしいので、実際には分からぬのじゃが。

 首飾りと魔導書に付いても、それ程価値が低い点を話し合い、ワシが予想した通り、回復量がショボいのと、ボロボロ過ぎて大した魔導書ではない事が理由じゃった。


「さて、それじゃアタシの頼みはパスしたからね、約束通りコイツは持ってきな」


 ニカサ殿がそう言って、家の奥から持ってきてエドガー殿に渡したのは、一抱え程ある布の塊。

 もしやテントかのう?


「のう、ニカサ殿、そのテントとか頼みとかってなんなのじゃ?」


「アタシが随分前に頼んだ事をクリアしたら、ちょいと特殊なテントをくれてやる約束をしててね」


 エドガー殿が貰ったテントは、少々特殊な能力が付与されていて、中の空間が多少広く拡張されておるらしいのじゃ。

 もし、正規の手段で買うと、最低品質でもかなりの額になるらしく、冒険者や探検家以外にも、エドガー殿の様な行商人や貴族まで欲しがっておる。

 ふむ、しかし、そうなるとワシには何もないのかのう?


「チビちゃんにも何かやろうかね」


 ニカサ殿が顎に手を当てて悩んでおるが、ワシとしては欲しい物があるのう。

 エドガー殿が外の馬車に貰ったテントを置きに行っておる間に、ニカサ殿にとある要求をしたのじゃ。


「では、ワシは知識が欲しいのう」


「ほう、知識ねぇ……こんな婆が知ってる事なら教えても」


「空間魔法の付与についての知識じゃ」


 その言葉でニカサ殿の眉がピクリと反応したのじゃ。

 先程のテントじゃが、アレはニカサ殿が付与した物じゃろう。

 だって、ニカサ殿をサッと鑑定したら、所持スキルに『空間魔法』があるんじゃもん。


「何処で聞いたんだい?」


「これでも眼は良い方じゃからのう」


「成程、鑑定持ちかい、それじゃトボケても無駄だね」


 どうやら、ニカサ殿は前にも鑑定持ちの相手とは会った事があるようじゃの。

 そして、棚に置いてあった本の一部をずらし、その裏に隠してあった引き戸から一冊の本を取り出した。

 試験の時に使った本と違い、こっちの本はちゃんとした表装に細い鎖で封印が施されておる。


「アタシが纏めた空間魔法に関する魔導書だよ、世に出るのはあと100年は掛かると思ってたんだが、まぁおチビちゃんなら悪用はせんだろうかね」


 ほほう、空間魔法に関する魔導書。

 試しにその黒い魔導書を開いてみると、そこに書いてあったのは、確かに空間魔法を利用するにあたっての注意点じゃった。


 空間魔法とは、目の前、自身の周囲、この世界そのものの空間に干渉する高位の魔法。

 一歩間違えば空間の狭間に落ちて、二度と世界に戻る事も出来ず、理から外れて死ぬ事も無いだろう、と言うのがニカサ殿の予想になっておる。

 しかし、ワシは体験して知っておる。

 そう言った時空間の狭間に落ちた場合でも、神の手により別世界に転移されるか、時間の巻き戻しが行われておる事を。

 戻って来ていない、という認識があるのであれば、恐らく別世界へと転移しておるのじゃろう。


 ニカサ殿に礼を言い、貰った魔導書は大事に抱えてエドガー殿と本日の宿に向かうのじゃ。

 当然、一晩掛けて読み切れる魔導書ではないので、これから王都に行き、村に帰るまでの間、ベヤヤの背でじっくり読み解く覚悟なのじゃ。




 エド坊とおチビちゃんが家から去り、アタシはあのおチビちゃんに付いて考えていた。

 鑑定持ちだから試験が簡単かと思ったが、聞いた所、鑑定を使用せずに見抜いたらしい。

 まぁ少し考えれば確かに分かる事さね。

 首飾りは『救命のネックレス』と言われちゃいるが、大した回復量も無いからアカギレとか霜焼け対策にするくらいしか使い道がない。

 魔導書に付いては一応慎重に調べたが、飲料水を出したり、小さな火種を作る魔法の使い方が書いてあるだけで、強力な魔法に付いては一切書いていない。

 まぁ劣化が酷くて読み切れない所もあるが、読み解く限り、攻撃魔法の魔導書と言う訳ではないだろうね。

 この程度の魔導書なら、王都の専門店に行けば捨て値で売っている。


 しかし、ここ最近はクリファレス以上に教会がキナ臭い。

 昔は教会に従わせようと、アタシにもアレコレとちょっかいを掛けてきたが、この前の奇病騒ぎでそんな動きも出来なくなったのか大人しい。

 しかし、あの奇病が目に見えないくらい小さな生き物の仕業だったとは……

 それを見抜いた魔女って奴の眼力と知識には驚かされるね。

 国の研究機関が、医療関係に従事していた奴等に優先的にその情報を流したお陰で、かなりの人数が助けられた。

 しかも、その後すぐに特効薬がバラ撒かれたので被害は出たが、壊滅的と言うほどにはならなかった。

 その特効薬も見せて貰ったが、見た目は普通の錠剤。

 アタシも詳しく調べてみたが、成分は間違いなく薬草や小麦粉などのありふれた物。

 つまり、コレを作る魔道具が特殊なのだろう。

 ただ、このモナークは教会に半分以上支配されていた結果、この特効薬に対しても懐疑的で、教会の神父達が逃げる前に魔女の作った薬であると知って、使用しない様に信者達に言ってしまった為、使用せずにいた信者の連中の半数以上が重症化。

 アレは大騒ぎになったねぇ。

 今でも救護院で治療を受けている信者達がいるが、その殆どは教会を見限り始め、治療を終えた後は教会に盲目的に従わなくなっているらしい。

 そりゃ、真っ先に逃げた上に特効薬を使っていた事がバレてしまえば、信者の心が離れていくのは当然だろうね。


 さて、あのハナタレ小僧も頑張っておるんじゃし、アタシはアタシで動くとしようかね。

 具体的には、教会の生臭坊主共をこの国の中枢から叩き出す。

 その為には、小僧の娘の治療をしなくちゃならんのだがね、平時は教会の連中が必ず妨害してきたから面会すら出来なかった。

 だが、今は違う。

 皮肉にも中央にも蔓延っていた教会の手は、奇病のお陰で一掃されて、妨害なんぞする事も出来んだろう。

 動くなら、今しかないだろうね。


「一応、手紙も出しておくかね」


 サラサラとコレから治療の為に行く事と、教会の連中をあまり信用しない様に書き留め、町にあるギルドの暇そうにしている冒険者連中の尻を叩いて配達させる。

 家に戻ったら、特製の鞄に治療に必要になるであろう薬草やら薬やらを詰め込む。

 もし足りなければ、王都で買い揃えれば良いのだから、道具は必要最低限。

 そして、タンスの奥底から白い白衣と小箱を取り出す。

 もう二度と着る事は無いと思っていた白衣だが、乗り込もうとしておる場所が場所だけに必要になるだろう。


 さてと、それじゃ乗合馬車で久しぶりに王都へ行くとするかね。



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