第36話




 王都に一番近い町モナーク。

 昔は王都の食を支える一大拠点じゃったが、大飢饉が起きてから一転、今では教会が支配する拠点へと変貌してしまったのじゃ。

 そんな危ない所はのーせんきゅー、と言ったのじゃが、どうしてもワシに会わせたい人物が住んでおるらしく、迂回する事はしたくないらしいのじゃ。

 ちなみに、ベヤヤはバートと共に迂回して森で待機するように言っており、既に別行動を開始しておる。

 ベヤヤが超能力スキルのテレパシーを持っておる為、バートとも会話出来るようになっておるから、心配する事は無いんじゃが、そうまでしてワシに会わせたい人物とは誰なのじゃ?


「かなり口は悪い人ですが、昔、私が行商を始める際に随分と世話になった方でして」


 エドガー殿の説明では、この町は食糧の一大生産拠点であった為、町長だけでは管理が仕切れないとの事で、町長以外に各部署を管理しておる顔役が数人おり、これから会う人物はその中の一人らしいのじゃ。

 町に入る為に普通の格好に着替えておるが、うぅむ、着馴れん服というのは少し違和感があるのう。

 ワシが着ておるのは、小さな子供が着るような子供服で、半袖にオーバーオールのような出で立ちになっておる。

 麦藁帽の様な帽子をつかってもおるが、あまり出来は良くないのう。


 設定としては、知り合いのそれなりの家の子供を王都へ護送する途中という事にしており、係わるのは得策ではない、と町の兵達に匂わせておくのじゃ。

 これでも絡んでくるのは、コレから会う人物に知らせ、対応は丸投げじゃ。


「さて、ここなのですが……」


 あっさりと巨大な壁に作られた門を潜り、それなりの活気がある町の中を進んで、外れにある小さな家に到着したのじゃが、まぁ多少ぼろっちいのう……

 壁には補修後が目立ち、屋根は苔むして所々に雑草まで生えておる。

 本当に人が住んでおるんじゃろうか……


「魔女様、本当に口が悪いバb……人ですので気を付け……」


「誰がババアじゃこの悪ガキがぁ!」


 エドガー殿、今、ババアと言い掛けたのう……

 その言葉を遮るようにドアが内側から開き、フライパンの様な物がエドガー殿に直撃して吹っ飛ばされたのじゃ。


「フンッ、全く昔から口の減らん悪ガキじゃな」


「とまぁ、この方が会わせたかった人なんですが」


 ハンナ殿とジェシー殿に手当てを受けているエドガー殿に変わって、イクス殿が家の中から出てきた老婆を紹介してくれたのじゃ。

 この老婆の名前は『ニカサ=ミトヤード』。

 エドガー殿が子供の時から老婆の姿をしておるらしいので、年齢は確実に100は超えておるらしいのじゃが、誰も知らぬらしい。

 そして、この町で昔から魔法の研究をしており、王様とも面識があるらしいのじゃ。


「で、今日はなんの用なんだい、ただ会いに来た訳じゃないんだろう?」


 ニカサ殿が腕組みしてエドガー殿を見下ろしておる。

 ううむ、圧倒的にエドガー殿の方が立場が弱いようじゃのう。


「婆さん、前に話してた事があっただろ、魔法知識が豊富な相手に見せたい物があるって」


「確かに言ったがね、この子がそうなのかい?」


 ニカサ殿がワシを見るが、その視線はどうにも怪しんでおるようじゃ。

 まぁワシの見た目ではそうなるじゃろうな。


「取り敢えず、詳しい話をしたいから家の中に入れてくれないか?」


「まぁ良いがね、冒険者共は外で待ってな」


 エドガー殿とワシは中に招かれ、イクス殿達は外で待機する事になったのじゃ。

 そして、玄関を潜った時、一瞬じゃが何か違和感を感じ取ったのじゃ。


「おぉぉ!?」


 家の中はまるで外からは想像できない程広く、所々に棚が設置され、そこに色々な物が置かれておった。

 いや、これは確実におかしいのじゃ。

 外から見る限り、この部屋だけでも奥行きだけ倍近い広さがある。


「それじゃそこで待ってな」


 ニカサ殿がそう言って隣の部屋に行き、ワシらは椅子に座って帰りを待つのじゃ。

 その間に、ニカサ殿の事を詳しく聞いておかねば。


 あの老婆は、この町の顔役の一人であるのと同時に薬師も兼ねており、大飢饉の時には色々と苦労をし、奇病の際には逃げた教会の連中と違って、最後まで町の人々を助けていたらしく、町の人からの評価は高いらしいのじゃ。

 その反面、教会からの評価は前から最悪で、決定的にこじれてしまったのが、自分達は奇病発生の際に真っ先に逃げた事をスルーして、ニカサ殿が助けようとしていた者達が助からなかった事を指摘し、顔役の地位から外そうとしたらしいのじゃが、教会に反抗しておる顔役や町の人々から叩かれまくって引っ込んだらしい。

 そして教会は、ニカサ殿が治療を行った病人や怪我人は、治療を拒否したり、法外な金額を吹っ掛けておる。

 まぁ、聞く限りではニカサ殿の方が腕も知識も上のようじゃし、そのうち教会が治療出来るのがいなくなるんじゃなかろうかのう。


「さて、それじゃぁこのおチビちゃんには一つ試験を受けて貰おうかね」


 ニカサ殿が戻って来て椅子に座ると、机の上に3つのアイテムを置いたのじゃ。

 持ってきたのは、古びた首飾りとボロボロの本と錆びた短剣。

 どれもこれも小汚いと言えば小汚い物じゃが、これがなんなのじゃ?


「コレの中から一番価値がある物を選んでみな」


 ふむ、そう言われてよく見れば、どれもが多少なりとも魔力を持っておる。

 つまり、この3つはどれもが魔道具なのじゃな。

 それでは、よく見てみるのじゃ。


 首飾りは中央に濃いブルーの宝石が嵌め込まれ、その周囲には銀細工が施されており、デザインと見た目は古いが微弱な魔力波動を感じる事が出来るのじゃ。

 効果は恐らく、装着しておると常に多少の回復をしてくれるのじゃろう。


 ボロボロの本は、所謂魔導書とか魔本と呼ばれる物じゃな。

 見た目は濃い赤の表紙をしておるが、ボロボロの見た目で表紙の文字は読めぬ。

 僅かに感じ取れる魔本の魔力波動を解析し、なんの魔導書なのか判断するのじゃが……

 ううむ、これは……何かの基礎魔法かのう……


 最後に錆びた短剣じゃが、見た目は本当にただの錆びた短剣なのじゃ。

 しかも、刃はボロボロに刃毀れもしており、どう見ても使用も再利用も不可能じゃな。

 この短剣に掛けられておる魔法は中々面白いのじゃ。

 もし名前を付けるなら『腐食魔法』とでも付けるかのう。

 つまり、この短剣は常に腐食を受けておる状態なのじゃ。


 しかし、この中で一番価値がある物のう……

 首飾りは継続的な回復効果じゃが、多少の傷ならポーションもあるこの世界では意味は無く、この回復量では致命傷を受けたら治り切る前に死ぬしのう。

 魔導書は、中身を見ん事には詳しく分からんが、恐らく何らかの魔法の基礎知識を封じておるものなのじゃろうが、このボロボロの外装を見る限り、そこまで重要な物ではない気がするのう。

 物によっては危険な物もあるのじゃが、そういう魔導書は外装に封印式を刻んでおるので、ここまでボロボロな状態にはならん。

 そして短剣じゃが、腐食という訳の分からん能力が付与されておる。

 しかも、切った対象を腐食させる訳でもなく、短剣自体が腐食するという訳の分からなさじゃ。

 もしこれが対象を腐食させる能力であるなら、相当良い物なんじゃろうが……

 ……これ、何で短剣は腐食し切らないんじゃ?

 それなりの時間が経過しておるのじゃろうが、未だに短剣の形を保っておる。

 もしやこれは……


「強いて決めるのであれば、この短剣かのう……」


「ほう、首飾りや本じゃなく、こんなボロい短剣がかい?」


 ニカサ殿が呆れ交じりに言うのを片手で制し、短剣を指差した。


「確かにボロボロの短剣で、付与されとる魔法も使い物にならん代物じゃ、じゃが、素材として見るなら、ここにあるどれよりも価値がある、とワシは睨んでおる」


 そして、短剣を直接触らぬ様に布を被せて手に持ち鞘に納める。


「この短剣、恐らく素材はオリハルコンじゃろう?」


 その言葉に、ニカサ殿はニヤリと笑みを浮かべた。

 どうやら正解のようじゃの。



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