第35話
凄まじい殴打音と共に、空を舞う一つの影。
そして、その影は10メートル程離れた場所にドシャっと落ちた。
「うーむ、これ程とは」
「グァ?(どーすんだ?)」
「どうすると言ってものう」
「二人?は呑気に喋ってないで助けてください!」
おぉ、あのジェシーがハッキリと物言っておる。
取り敢えず、吹っ飛んだバートの元に行くと、完全に目を回しておった。
うーむ、魔導拳の発動反動が強過ぎて吹き飛ばされてしまうのう。
現在、王都への道はおよそ半分が経過しておる。
その間、出会ったのは魔犬が2回にゴブリンが4回、オークが1回。
そして、現在オークを倒し終わり、離れた場所で野営の準備を終え、バートの訓練を始めたのじゃ。
まぁいきなりベヤヤに相手をさせるのは酷じゃと思い、ワシが相手をしておったのじゃ。
バートには手加減せずに本気で来いと言っておいたのじゃが、バートの右ストレートを潜って回避し、
それが冒頭の空飛ぶ影の正体じゃ。
しかし、想定以上にバートは弱い!
これはアレじゃ、近接職なのに近接技を使わぬ事を前提に考えておった弊害じゃな。
鍛えておらんかったんじゃろうなぁ。
気が付いたバートに、取り敢えず、基本体力を付ける事と体を動かして体術スキルを覚える事を指示する。
というのも、バートの付けている
殴って攻撃した後、追撃としてチャージしてある魔法を発動し、大ダメージを与える。
その試作品として作ったのが魔導拳なのじゃが、体術スキルを持たぬ状態では、チャージした魔法で体勢が崩れてしまうようじゃ。
なので、バートには早急に体術スキルを取得させようと考えておったのじゃが……
ここで問題になったのがバートの実家である『シュトゥーリア家』なのじゃ。
エドガー殿と今後の事を話しておった所、話題がバートの実家の事になった際に知った事なのじゃが、シュトゥーリア家は代々魔法使いの家系であり、近接クラスの者は今までおらんかったらしい。
現当主には現在3人の息子がおり、上二人は正妻の子、そしてバートは妾が産んだ3人目となり、現当主は魔法に適正が低いバートに継がせるつもりは無いらしく、最低限の生活資金を渡して放置しておる。
上二人に関しては一流の家庭教師や、一流の装備を揃えて与えておるらしい。
成程のう。
バートが魔道具に拘る理由はここら辺にありそうじゃな。
ワシの
それに、バート自身が望んでおる事ではないのじゃ。
まぁバートが望めば考えん事もないのじゃが、あ奴の性格じゃと無理じゃろうな。
そして今日の野営地に到着したのじゃが、ここでも一つの問題が出て来たのじゃ。
まぁ問題というか、ベヤヤの料理に関する事なのじゃが、基本的に切る・焼く・煮るくらいしか出来ぬ。
そして、ここ最近でワシが手に入れたある物が、ベヤヤの料理に掛ける情熱に火を付けたようで、どうしても作りたいと言っておるのじゃが……
「じゃから、お主の手じゃ無理なんじゃって」
ワシらの目の前にあるのは丸いパン。
この世界のパンは、所謂無発酵パンに属しており、はっきり言えば、むっちりとした触感とずっしりとした食べ応えなのじゃ。
これは酵母菌が無いのが原因じゃろう。
簡単な酵母菌は、干しブドウから手に入れる事が出来るのじゃ。
ちなみに、この干しブドウは、山に生えておった山ぶどうを干した物で、とても甘くて美味しいのじゃ。
で、その酵母菌でパンを作ったのじゃが、この酵母菌があれば色々と作れると話した所、ベヤヤが欲しいと言い出したのじゃ。
しかし、よく考えて欲しいのじゃ。
ベヤヤは確かに器用なのじゃが、魔熊なので、その手は鋭い爪と硬い毛に覆われておる。
そんな手でパンなど捏ねたら、毛だらけになって食えた物ではないのじゃ。
『それじゃどうにかしてくれ!』
「どうにかって……ううむ」
手の毛を剃るか?
いや、それじゃと結局、毎回剃る羽目になるのう……
そうなると、直接手を使わねば良いのか?
そんな便利な方法あったかのう……
『あの幽霊みたいな手とか使えねぇのか?』
「ファントムアームか? しかし、アレは重力魔法が使えんとのう……」
しかし、幽霊の手とは、言い得て妙じゃのう。
まぁ知らぬ者が見れば、半透明の手が空中に浮かんでおる姿は確かに幽霊か手品の類じゃな。
む、手品か……
「よし、ベヤヤよ、使えるかどうかは分からぬが、コレを一気してみるのじゃ」
鞄から取り出したのは、青白く輝くポーション。
まぁワシが偶に使っておるスキルを手に入れる為のポーションじゃな。
エドガー殿達は、馬車とテントに別れて眠っておるので問題は無い。
ポーションを受け取ったベヤヤが、ソレを一気に飲み干した。
『お、おぉ? なんだコレ』
「どうやら無事に覚えられたようじゃの」
そして、ベヤヤに与えたスキルを調整する為、目の前に空瓶を並べるのじゃ。
取り敢えず、今いる地点からではどうやっても、手は届かぬ。
ベヤヤに集中させ、端から持ち上げるように指示を出したのじゃ。
ふわりと空瓶が浮き、それに驚いたベヤヤの集中が途切れ、カランと空瓶が転がった。
「今はこんなんじゃが、練習を続ければ上手く使える様になるじゃろ」
今回、ベヤヤに覚えさせたスキルはその名も『
まぁベヤヤが使うのは念動力と発火能力くらいじゃろうが……
と思っていたら、
まぁワシとの念話はスキルじゃから、融通は効かんが、精神感応なら誰とでも使えるしのう。
しかし、その内容が料理に関するのは如何な物か……
今は発火能力で火を熾し、串に刺したオーク肉に特性タレを塗って炙り、香ばしい匂いを広げながら、エドガー殿に同行しておった料理を担当しておった若者とタレの事で会話しておる。
タレに使う醤油はワシがポーションとして作り出した物じゃが、その若者が言うにはどうやら似たような物があるらしいのじゃ。
ただ、日持ちせんのでエドガー殿達は扱った事は無いらしい。
しかし、似たような物があるという事は、その材料があるという事じゃ。
後で調べるとしようかの。
なお、ベヤヤの念動力は日に日に扱いが上手くなり、次の町に到着する頃には普通に小麦粉を捏ねられるようになっておった。
食への執念、恐るべしじゃのう。
そして、そんな毎日の中での驚きと発見をしながら、やっと最後の町が遠目で見えてきた。
この町を過ぎれば、後は王都まで数日となるらしいのじゃ。
見た目は今まで通って来た町と違い、巨大な壁で覆われて町の様子は外からでは見えんのう。
が、ここで大問題発生なのじゃ。
「魔女様、次の街の名は『モナーク』というのですが……実は……」
エドガー殿曰く、モナークは今では教会の支配下にあり、更にその教会の中でも極端な思想を持つ者が多く集まり、住民もその多くが教会寄りの思考で、異教徒や亜人には非常に危険な町らしいのじゃ。
そうそう、亜人というのは、所謂、獣人とかエルフとかドワーフと言った『人に似ている人種』の総称じゃ。
まぁワシは一応人間じゃし?
問題無いじゃろ。
「魔女と言うだけで教会に狙われるやもしれませんので、この町では普通の格好をした方がよろしいかと……」
ガーンなのじゃ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます