第20話
「グアァッ!?(ちっこいの!?)」
「来るでない!」
ワシに迫る血と臓腑。
その様子を見てベヤヤが慌てた様に来ようとしたが、それを叫んで止める。
何とか到達する前に、結界魔法がギリで間に合ったのじゃ。
べっとりと赤黒い血が、ワシの目の前で止まっておる。
これは非常にマズいのじゃ。
原因は分からぬが、明らかに異常事態。
結界で周辺に被害は出ておらぬが、後で全焼却処分せねばならぬじゃろう。
「取り敢えず、サンプル採取するかの」
牛に近付くと、結界に押し出されるように、地面に広がった血糊と臓腑が動くが、染み込んだ地面を踏むたびにグジュグジュと気持ち悪い音がするのじゃ。
うーむ、随分と臓腑はとろけとるのう……
鞄の中から大きめの瓶をいくつか取り出し、直接触らぬようにトングの様な物で摘まんで、瓶の中に臓腑を入れてゆく。
じゃが、摘まんだ先からボロリと崩れてしまう。
ボロボロじゃのう。
牛の臓腑は心臓から腸にいたるまで採取し、結界から出ようと考えたのじゃが、これ、このまま出るともし病気じゃったら、病原菌も一緒に出てしまうのでは?
ふむ、ならばここで一緒に焼却してしまうとするかの。
「これから焼却するでの、結界で安全じゃから近付くでないぞ」
そう言って、結界の内部に火魔法を放つ。
一瞬で目の前が赤く染まり、結界内部にあったあらゆる物を、業火が燃やし尽くしていくのじゃ。
当然、結界で隔離されとるワシは無事じゃが、この結界内部にも病原菌が入り込んだ可能性もある。
コレに関しては浄化魔法で一掃すれば良いかの。
しかし、コレは凄まじいのう。
持ち帰った臓腑を調べた所、心臓の中に残っていた血液は半凝固状態となっておった。
他にも、肝臓や腎臓はアイテムボックスから出して、時間経過と共にどんどんと溶け始めておる。
唯一形を保っておる腸も、持ち上げようとしただけでボロリと崩れてしまう。
「ふーむ……」
地球でも似たような病気はあったのじゃ。
それが『エボラ』と呼ばれる細菌なのじゃが、アレも似た様に内臓が溶けてしまうのじゃ。
じゃが、ここまで速くは無かったはずじゃ。
鑑定でも見えぬし、こういう場合に最適なスキルがあれば良いのじゃが……
ここは創造スキルで新しいスキルを創造するのじゃ。
その名も『診断』スキルなのじゃ。
これで病気限定じゃが、詳しく見る事が出来るのじゃ。
「さて、それじゃ見てみるかのう、『診断』!」
溶けかけの臓腑に対して新しく創った『診断』スキルを発動させたのじゃ。
ふむふむ……あ、これは非常に拙いのじゃ。
診断スキルで診た所、これの原因は小さな細菌による感染症なのじゃ。
じゃが、問題なのはこの細菌の増殖速度が異常に早い、いや、早過ぎる事。
この細菌は、感染者の蛋白質を餌にどんどん爆発的に増殖し、あっという間に感染者を死なせ、その亡骸から更に飛散して感染者を増やしてゆく。
その増殖スピードは、10日もあればあのサイズの牛が死ぬ程の速さであり、当然、人間にも感染するのじゃ。
今は大丈夫じゃが、もしも他に感染しておる牛がおったら大変なのじゃ。
すぐに対処せんと、この村だけでなく、周辺域全てが全滅になるのじゃ。
「ベヤヤ、直ぐに村に向かうのじゃ!」
『あ? 何があったよ』
休憩しておったベヤヤに飛び乗り、村へと急がせる。
そして、村に到着するまでに、ワシはアイテムボックスの中で特効薬を開発するのじゃ。
材料は手持ちの物だけになるが、錬金術スキルと創造スキルでその選択肢を増やすしかないのじゃ。
当然、ワシの決めた理に反する事になるのじゃが、緊急時という事で一時撤回。
人命優先なのじゃ。
「村長、これで全員なのじゃな?」
村長に頼み、この村にいる村人全員を広場に集めて貰ったのじゃ。
当然、この場にいない者がいた場合、何処に行っておるのかを確認し、直ぐに集合させる。
そして、一人一人診断スキルで診て、感染者を探すのじゃが、運良く村人へ感染は無かったのじゃ。
じゃが、もしもの時の為、ここに来るまでに作った特効薬を村人全員に飲ませるのじゃ。
今回作った特効薬は錠剤の様な物で、ポーション作りで出た残り粕を、錬金術スキルと創造スキルで創り上げた新薬になる。
ワシにしか作れんが、この細菌は今後の為にも根絶せんとな。
次に家畜を診断すると、なんと更に3頭が感染しておった。
飼い主には気の毒じゃが、隔離して特効薬を餌に混ぜて投薬。
様子を見て、完治したなら経過を見る事になり、駄目じゃったら殺処分と決定したのじゃ。
さて、この時点でワシは腹を括ったのじゃ。
「バートよ、お主、国の調査団とやらにいたという事は、それなりに国への発言力はあるんじゃな?」
「いきなり呼ばれたから何なのかと思えば……確かにウチはそれなりの発言力はあるが、俺自身にはそこまで発言力は無いぞ?」
「それでも良い。 今回のこの件なのじゃが、早く手を打たねば国そのものが滅ぶのじゃ」
そう言いながら、ワシはこの病気の特徴をまとめた書類と、その対処法を書き留めた書類、更に大量の特効薬を詰めた瓶、そして、その特効薬を作る為の魔道具をバートに渡す。
この魔道具じゃが、見た目は四角い箱の上と下の横に口があり、水晶の様なパーツが片面に付いておる。
これに数種の薬草と小麦粉を投入口に入れた後、水晶部分にマナを注ぎ込む事で、特効薬へと変質させる効果を持たせたのじゃ。
本当なら、ワシが向かいたいのじゃが、どれだけ感染が広がっておるか分からぬ以上、ここを離れる訳にもいかぬ。
同じ様に家畜が死んで破裂するという奇病が周辺の村で起きていないか確認してもらう為、村の者達には連絡を取り合ってもらっておる最中なのじゃ。
しかし、こうなっては個人の手ではどうにもならん。
そこで、国の調査団という大役に参加しておったバートの出番と言う訳じゃ。
バートからこの国のお偉いさんへと報告してもらい、とにかく感染拡大を防いで特効薬で叩きまくる。
今は魔道具は一つしかないが、コレからどんどん『コピー』で増産する予定じゃ。
そして、増産した魔道具はエドガー殿に頼んでばら撒いてもらうのじゃ。
行商をしておるなら、恐らくそれなりに交友関係も広いじゃろうしの。
「余程の無能でなければ、今回の奇病に付いての危機感から必ず動くじゃろうが、もし動かぬようならすぐに戻るのじゃ」
コレが一番心配なのじゃ。
調査団は教会の言いなりになって、碌な物じゃなかったらしいしの。
もし、上も同じように教会の言いなりになっておる無能揃いじゃったら、今回の奇病に対しても動かんじゃろう。
教会の使う魔術にも興味はあるが、今回はそれを調べておる暇もない。
「しかし、俺は……」
「しかしもかかしも無いのじゃ! つべこべ言わず、さっさと行くのじゃ!」
乱暴かもしれんが、バートを蹴り出し、ワシは魔道具を増産する作業へと入るのじゃ。
その作業と共に、村人達からの報告も聞く。
そうしておると、エドガー殿が行商でやってきたので、とにかく作った魔道具を渡し、使い方を説明した後、手数料としてオークの魔石を20個ほど手渡したのじゃ。
そして、行商よりもこの魔道具で特効薬をばら撒く事を優先して欲しい事も伝え、特効薬を作るのはジェシーに一任する。
ただ、その際にイクス殿達が、前に補助用として作って渡した装備について何か言いたそうにしておったが、今は緊急事態なので苦情があったとしても後回しなのじゃ!
そして、エドガー殿達を送り出してから日数が経過し、続々と村人達からの報告を聞いていくのじゃ。
まず、この周辺には5ヵ所の村があり、それぞれは半ば独立して生活をしているような状態なのじゃ。
その5ヵ所の村の中でも、最大の村で牛が破裂して死ぬという奇病が発生していたという。
ただ、それは数ヶ月以上前の話で、その時は直ぐに終息したとの報告を受け、詳しい確認もされずに放置されておったらしい。
じゃが、ここの村人がその村へと行った所、とんでもない状況になっておったという。
実は、奇病は終息した訳では無く、奇病に感染した家畜や人が一時的に全滅していただけで、潜在感染者は多くいたのだ。
それに気が付かず、報告後に村で奇病が再発、ほぼ全員が感染しておった為に、報告する事も逃げる事も出来なくなってしまったのじゃ。
そんな所に、ここの村人が確認の為に訪れ、家畜は全滅、殆どの村人が死亡し、僅かに残った村人は小さな教会に逃げ込んでおったらしい。
当然、確認作業をする村人にはかなりの数の特効薬を渡しておったのじゃが、ここまで感染が広がっては、村を助けるのは不可能と判断して、逃げ込んでいた村人達に特効薬を飲ませ、生き残り全員を連れて村を放棄したのじゃという。
ちなみに、教会にいた筈の教会の人間達は、奇病が発生して村人達がどんどん死んでいる中、真っ先に逃げてしまったらしい。
取り敢えず、逃げてきた村人達は一時的に隔離し、全員診断スキルで診た後、今回の奇病以外にも持病持ちがおるので、治療してから村で迎え入れるのじゃ。
そして、村長には事の経緯を纏めて貰い、徴税官がおるという領主の所に護衛を連れて行ってもらうのじゃ。
当然、放棄した村の代表も決めて、一緒に行ってもらう。
ワシはワシで、その村を含め、全滅に近い被害を受けておった村々を焼き払いに向かう事になるのじゃ。
心を押し殺し、目の前で赤く燃え盛る、嘗ては村と呼ばれておった場所を眺める。
この後、焼け跡から遺骸を集め、村人達に引き渡す事になるのじゃが、大事な者達を失った嘆きが聞こえてくるようじゃ……
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