第17話




 バーンガイア国の王都。

 バーンガイア城を見上げる位置にある酒場では、ある噂が広がっていた。


「聞いたか? ナーヴァ村でもジョウロが届いたってよ」


「前はレシバ村だっけか? で、どうだった?」


「あぁ、噂通り、水撒いただけでぐんぐん育ってたぞ」


「マジかよ、スゲぇな魔女のジョウロ」


 男達がそう話しているのは、ここ最近この国で起きている凶作に対して、魔女と呼ばれる存在が不思議なジョウロを作り、そのジョウロを使えば畑が蘇って作物が作れるようになる、と言うモノだった。

 普段であればそんな馬鹿な話があるか、と笑い話にされるだろうが、そのジョウロが存在し、村々で手渡されて使用されているという事実がある。

 そして、そのジョウロを使えば、枯れ果てるしかなかった作物が青々と蘇っているのだ。

 ジョウロの出所を調べると、辺境にある村の一つで、王都から一月ほど離れている場所。

 そこの村人が大量のジョウロをばら撒いており、『独占しない事』を条件に村々にジョウロを渡し、水を撒き終えたら、また別の村へとジョウロが渡される。


「しかし、どんな奴なんだ? その魔女って奴は」 


「さぁなぁ……辺境って話だし、気軽に行くって訳にもいかねぇからなぁ……」


 そう言いつつ、男達は運ばれてきた酒の肴に手を伸ばした。




 ところ変わって、王都より離れた村の一つ。

 そこでは、王城から送られてきた調査団によって、土壌再生の研究が行われていた。

 と言っても、大した成果は得られておらず、唯一『土壌に活力が無い』という事だけ判明していた。


 そんな時に、魔女のジョウロなる不思議な道具が齎された。

 これを使えば、土は活力を取り戻し、作物が復活する。

 当然、調査団もジョウロを調べたが、見た目は普通の材木で作られたジョウロで、どうしてそんな効果があるのか不明だった。



「分解する間でもない、これは魔道具の一種だ」


 そう言っているのは、調査団では下っ端も下っ端である若い研究員だった。

 裕福な家の出らしいが、本人は魔道具にしか興味が無く、家からも邪魔者扱いされている時に、この調査団の話が出て、当主によりこの調査団に捩じ込まれてきたという経歴の持ち主。


 調査団のトップがジョウロを前に唸っている所に、そんな事を言ったものだから、総スカンを喰らってしまい、水を撒く前の畑の土壌サンプルと、撒いた後の土壌サンプルを採取するように言い付けられてしまった。




「フンッ馬鹿共が、水を撒くだけで改善させるなど、魔道具以外に考えられんだろうが」


 文句を言いつつ、カサカサに乾いていた土を採取して瓶に入れる。

 元々、期待はしていなかったが、ここまで阿呆の集団だとは思わなかった。 

 この調査団、その実態は名ばかりで、教会から送り込まれた祈祷を行うメンバーの言いなりだ。

 その祈祷を行った畑は、僅かに活力が復活し、作物が何とか収穫出来る。

 ただ、その祈祷に掛かる費用は馬鹿にならない為に、殆どの村は教会が祈祷を行う際、殆どの作物を渡したり、場合によっては人を教会に送られる。

 送られるとは文字通りの事だ。

 人身売買は国法で禁じられているが、奉公という形で送るので売買には掛からない。

 送られた後の事は誰も知らないが、碌でも無い事になっているのは間違いないだろう。


 この村は、運良く国が費用を負担する事になったので、教会の被害はないが、それでも教会の連中が滞在する以上、もてなす為にかなりの無理をしている。

 そんな時に現れた魔女と、その魔女が作ったという不可思議なジョウロ。

 当然、教会は魔女とジョウロを悪として、使用しない様に言い始めたが、人ってのは楽な方へと流れていく。

 当然、高い金を要求しても効果の薄い祈祷と、無料で効果抜群の魔女のジョウロでは、勝負にすらならなかった。


「しかし、アレが魔道具だとして、魔術式はどうなっているんだ……やはり内側か?」


 興味は尽きない事だが、下手に分解する事も出来ない。

 今、あのジョウロを持っているのは調査団の上層部馬鹿共、その後は教会の奴等に渡される。

 多分、教会の連中にバラバラに壊されるだろうな。


「……調べてぇなぁ……」


 呟いても仕方無い。

 畑の土を採取し終わり、調査団の本部にそれを届けた後、休憩の為に近くの酒場に向かう。

 中で簡単な料理を注文し、椅子に座って周囲を見回す。


 どいつもこいつも笑っていやがる。

 少し前までは、表情暗く、僅かな食糧を分け合う様な生活をしていたのに、魔女のジョウロが現れてから、その食糧事情が改善された影響だろう。

 酒場も閉鎖されていたのが再開され、徐々に人の活気も戻って来ている。


 そんな中、一人の男がカウンターに荷物を置き、酒を注文しているのが見えたのだが、金を払う時にその荷物の口から僅かに中が見えた。

 男が店を出るのを確認し、俺も金を払って酒場を出る。

 そして、大急ぎで先程の男を探すと、丁度、乗合馬車に乗る為に準備をしている所だった。


「……その荷物の中身を譲って欲しい」


 男の肩を掴み、耳元で囁くように言う。

 そう、この男が持っていた荷物の中に入っていたのは、あの魔女のジョウロと同じ物と思われるジョウロだった。

 当然、詐欺かもしれないが、もし本物だったら、これ以上のチャンスは無い。


 男は最初渋っていたが、現在の調査団の状況と教会が行うであろう行為を説明し、どうしてもここで安全だと証明しなければならない事を力説。

 やっと、ジョウロを譲って貰える事になり、物陰で魔女のジョウロを手渡された。

 男曰く、このジョウロで撒く水は、土の中にある魔石の粉を分解して、土を復活させるらしい。

 ちょっと待て、土の中に魔石の粉?

 しかも、このジョウロでそれを無害化する?

 そんな報告は聞いていない。

 調査団に持ち込まれた際、このジョウロで水を撒けば畑が蘇る、と説明されただけだ。


 キナ臭い事この上ないが、恐らく情報が意図的に隠され、教会が言っている『悪の道具』らしさを出しているのだろう。

 このままでは、本当に悪にされて、もっと民が苦しむことになる。

 それを防ぐ為には、このジョウロの原理を解明しなければならない。



 この男は、その魔女がいる村の隣にある村の出で、ここには知り合いが来ているのでたまたま立ち寄っただけなのだという。

 早速、魔女のジョウロの効果を確かめたいが、魔石の粉と言うのが気になる。

 魔石の粉と言うのは、魔道具などで使用する魔粉の事だろうが、それが土中にあるというのが不思議だ。

 自身に割り当てられた部屋で、祈祷もジョウロの水も撒かれていない畑の土を調べる。


 結果だけ言えば、確かに土の中に魔粉が入っていた。

 土を井戸水に溶かし、魔石を引き寄せる魔法陣を使ってみた所、びっしりと小さな魔粉が張り付いていた。

 更に、祈祷を行った畑の土でもやった所、僅かに魔粉の量が減っていた。

 そして、魔女のジョウロによる水に晒した所、その魔粉が残らず蒸発するように消えてしまった。


 つまり、このジョウロは間違いなく魔粉を除去する事が出来る。

 しかも、人体に影響は無く、魔粉が蒸発する際にマナに変換して土壌を活性化させる、と言うのがこのジョウロの効果なのだ。


 当然、上層部にこの事は報告したが、『くだらん』『有り得ない』『そんな事が出来る物か』と口々に一蹴された。

 更には、『魔女のジョウロには洗脳効果があるのかもしれない』と教会の連中が言い始め、拘束されそうになった。

 拘束など冗談ではない。

 大急ぎで荷物をまとめ、調査団のいる村から脱出する。


 いい加減、調査団にも教会にも呆れ果てた。

 目の前で証拠を見せたにも関わらず、それよりも利権に拘るなど、ただのクズの集団だ。


 そんな奴等よりも、俺はこのジョウロを作った魔女に興味がある。

 魔粉をマナに戻すなど、常識では考えられない。

 コレから目指すは、魔女がいるという村だ。

 そして、この魔道具に使用されているであろう魔法陣を知るのだ!



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