第10話




 その日、俺達の世界観はガラリと変わった。

 いつもの通り、エドガーさんの商隊を護衛でハンナとジェシーを連れ、いつものようにいくつかの村を巡る。

 本当なら、俺達以外にも護衛を雇うはずだったが、少し前に警戒していた『黒血の牙』と言う盗賊団が壊滅した為、いつもの護衛である俺達だけとなったのだ。

 エドガーさんはこの国でもトップクラスの腕を持つ商人で、王都や大きな街とかに配下の店舗をいくつも持っているのだが、商人としての初心を忘れない為にこうして行商を続けているらしい。

 正直、この国は少し前から随分と苦しい状況に置かれ続けている。

 数年前から始まった凶作により、国力は疲弊し、隣国から高い金額で食糧を買い続けている為に、財政もボロボロ。

 だが、それでもこの国の国王は民の為に、国庫を開いて食糧を買い続けている。

 それに心打たれ、いくつもの商会が格安で食糧を買い集め、こうして行商となって国中を巡っている。


「ボス、手前からゴブリンが来るよ」


 ハンナが言うや否や、番えた矢を放つ。

 彼女の眼はかなり良く、見渡せるなら地平線近くまで見えるらしい。

 ゴブリンが来た事をエドガーさんに伝え、ジェシーを護衛に残して前に出る。

 戦闘に到着した頃にはゴブリンの数はだいぶ減り、5匹程度が残っていた。


「それじゃ、後は任せろっ!」


 背から剣を外し、ゴブリンに向かって突っ込む。

 別に美味しい所をいただこうと言う訳ではない。

 ハンナだって絶対に外さない訳ではなく、これ以上は商隊に被害が出る可能性があるのだ。

 なので、ハンナはギリギリまで待機し、もしもの時以外は待機になる。

 もう一つの理由としては、矢は地味に高いので、消耗したくないというのもあるのだが……



 剣を振るい、最後のゴブリンを斬り飛ばす。

 周囲には20匹近いゴブリンが倒れている。 

 しかし、増えやすい魔獣とはいえ、最近本当に増えたな……


「それじゃ、ハンナは矢の回収、ジェシーは集めたゴブリンを焼き払ってくれ」


「了解」


「フヒッ……分かった……」


 ハンナが突き刺さった矢の中でも再利用できそうなものを回収し、俺はゴブリンの討伐証明である右耳を切り落とし、体内の魔石を回収して積み上げていく。

 ゴブリン程度の魔石じゃかなり安いが、これでも魔道具の燃料にはなるので、ギルドはそれなりの値段で買い取りしてくれるのだ。

 そして、積み上がったゴブリンの死骸に、良く燃える様に油を掛け、ジェシーが火魔法で着火する。

 ゴブリンは数が多い上に、共食いすらする魔獣だ。

 死骸を放置してしまうと、他のゴブリンがその死骸を喰って、また増える原因になってしまうのだ。

 なので、余程の事が無い限り、倒したゴブリンの死骸はこうして燃やして処分するのが鉄則だ。

 偶にそれを無視して酷い目に合う初心者もいるらしいが。



 そして、いつものように様々な村を巡って、終盤の村に到着する。

 ここでは、炭を買い付ける予定なのだが、ここ数回はその炭の量も減っている。

 エドガーさんに少し離れる事を伝え、3人で村を歩く。

 何故、護衛対象から離れたのかと言えば、この村こそ『黒血の牙』を壊滅させた村らしいのだ。

 見た目、細くガリガリな村人が多いが、隠れた実力者でもいたのだろう。

 そんな中、パイクラビットの解体をしている村人が持っていたナイフに目を引かれた。

 その見た目はショートソードにも見えるのだが短い。

 だが、短剣と言うには長いし厚みがある。

 それを使って器用に解体しているのだ。


「ふむ、見事だな」


 思わず声が漏れる。

 パイクラビット自体、ゴブリン並に繁殖力は強いが、強さとしてはそれ程でもない。

 その為、こうして村人でも対処出来る事があるが、それでも戦えるような村人は少ない。

 少ない筈なのだが、俺の見間違いでなければ、家の軒先にいくつもの肉塊が吊るされており、その全てがパイクラビットに見える。

 つまり、この村人達は誰もがパイクラビットを狩れるのだ。


 その光景に唖然としながらも、村を歩く。

 堀の様に穴が掘られ、そこに組み上げられた吊るし台があるが、それ程巨大な獲物がいるのだろうか。


「ゲッ」


 先を歩いていたジェシーがそんな声と共に、杖を構えていた。

 声を掛ける前に、ソレが視界に入った。


 白いエンペラーベア。


 それが呑気に村の入り口付近で寝ている。

 エンペラーベア自体、珍しい魔獣なのだが、何より上位の冒険者がチームで対処する必要がある程に、強い事で有名と言う、災害クラスの魔獣だ。

 それの色違いともなると、変異種か特異種と言う更に強力な個体な可能性がある。

 相手は本当に寝ているようで、こちらに気が付いていない。


「俺が戻るまで牽制だけにしておけ。 もしもの時は避難玉を使え」


 ハンナとジェシーにそう指示を出し、俺自身はエドガーさんの所に走る。

 避難玉と言うのは、魔獣が非常に嫌う強烈な臭いを発する玉であり、冒険者であれば大抵は持っている物だ。

 それなりに高いが、命には代えられない。




 そして、エドガーさんにエンペラーベアが出た事を伝えて避難を、と言った所、一緒にいた小さな少女がそのエンペラーベアの事を『自分の連れ』だと言っていた。

 正直、冗談にしか聞こえないが、取り敢えず、全員で向かう。


 結果から言うなら、この少女がエンペラーベアの飼い主で間違いなかった。

 あのエンペラーベアに跨り、持っていた杖でその尻をペシペシ叩いて山に帰って行った。

 村長に聞くと、あの少女が盗賊団を壊滅させ、自分達を救ってくれた救世主なのだと言う。


 そんな少女からの依頼で、『ちょっとやそっとじゃ諦めん根性のある引退した冒険者』を探す事になっている。

 理由は不明だが、エドガーさんの所にいる屑二人をどうにかする為らしいが、一体どうするのか……

 取り合えず、知っている引退冒険者の内、該当する条件だと一人は直ぐに思い浮かんでいる。

 ハンナとジェシーも同じように、引退してしまった知り合いに声を掛ける予定らしい。

 別にこういったギルドを通さない直接の依頼は無視しても良いのだが、前払いでとんでもない報酬を貰ってしまった。

 それが、俺には素早さが上がるネックレス、ハンナには命中精度の上がる耳飾り、ジェシーには魔力の回復が早くなる指輪、と言う破格の報酬。

 どれか一つでも、王都の一等地に豪邸が建てられる程の金額になる。

 こういった魔道具の中でも破格の性能を持った物を『アーティファクト』と呼び、途轍もなく数が少ない。

 それをホイホイとくれたあの少女……


「ジェシー、見た目はお前と同じみたいだったが、知り合いとか、話に聞いてないか?」


「フヒッ……アーティファクトを持ってる様な子供持ちの魔術師なんて、聞いた事無い……」


 ジェシーが指輪を見ながら答えてくれる。

 ジェシーが言うには、アーティファクトの構造を解析出来れば、作り出す事が可能になるらしい。

 ただ、これ程のアーティファクトになると、その構造は複雑怪奇で解析するのも一苦労、しかも殆どが解析不能。

 しかも、そう言ったアーティファクトは大半が国所有だったり、国の研究機関が保管している為、一般人が手にするには、自身で手に入れる以外に方法が無いのが現状だ。


「つまり、ギルドにも所属していないか、所属していても明かしてないって事?」


「もしくは、別の国から逃げて来たという可能性だな」


 ハンナが少女から貰った矢を確認しながら言ったことに対し、俺自身の予想を話した。


 現在、隣の王国と帝国の紛争は、表面上は落ち着いているが、水面下では激化している。

 それの煽りを受け、いくつもの名家や貴族家が潰れたり、消えたりしている中にあの少女の家もあった。

 何らかの方法で持ち出したアーティファクトを使って、少女だけがこの地に辿り着き、エンペラーベアを偶然従える事に成功し、今に至る。

 いくつか無理はあるが、そう考えればしっくりくる。


「フヒッ……それより、人集めの依頼……どうするの?」


 ジェシーの言葉に対しての返答は決まっている。


「そりゃ、これだけの物を貰っちまったんだ……探すしかないだろ」


「私は冒険者じゃないけど、故郷にいる知り合いに声を掛ける予定」


「俺は……丁度良い知り合いがいるんだが、ソイツに声を掛けて、駄目なら別だな……」


 そうして、エドガーさんと共に、残りの村を回る事になった。



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